第4話 記憶の知識 ( レコード )
記憶の知識の基準では荒れた林道未満、廃道レベルのほぼわだちだけの道もどきが、背の低い灌木の森の中をうねうねと伸びていた。 川と離合をくり返しながらずっと下っていく感じだった。
今や上のキャンプ地で見かけた他の荷車は、馬っぽいの1~2頭にひかせる、せいぜい5から10馬力程度だろうから、登りでもそれでもなんとかなる程度の勾配未満におさまるようにするためだろう、道はけっこう曲がりくねっていた。 そこをエウドラが魔動の荷四輪をけっこうな速度で走らせていた。
揺れがひどいし、見通しもきかないが、この程度の悪路はなれたものらしかった。
魔潟の丘陵地帯と違い、羽虫はいる、というか口を開けたらとびこんでくるくらい多い。 虫嫌いにはここは緑の魔境だろうが、平気な僕は開放的な運転台からの見晴らしを堪能できていた。
魔潟の丘陵と大違い、植生が豊かだ。
エウドラも上機嫌で運転してるけどそんなにとばして大丈夫か。 しわくちゃ婆さん、高齢者運転、不安で目がはなせないよ。
しばらく走ると灌木の森は幹のある低木の森にかわり、少し高い木もちらほら出てきた。 他のキャンプ地に通じるとおぼしき道と合流をくり返して、昼頃には向こう岸まで近いとはいえない広い湖のほとりに出た。 青青した湖面、とおくには水鳥らしきもの群れがいくつもみえた。 すこし離れたところの湖岸に反対方向からきたとおぼしき荷車の列と人の賑わいがあり、何頭もの馬っぽいのが草をはんでいた。
「あれは待ち伏せでなく、からのオーブのキャラバン隊、からオーブを魔潟において満ちてきた魔力を魔畜する」
これは常識、警戒は普通でよいと教えてくれた。
そうか待ち伏せありか。 もしかして追撃もありうるのか、それで急いでいたのか。 それより、魔力を貯められるオーブと言うものがあるのか・・・。
「あっ、エウドラのはいのーもオーブつかってるの?」
「不要、しかし魔法不得意フェイクには便利」
オーブがあれば魔法不得意でも魔法が使えるらしいとわかった。
休憩して昼も酸味パン食がてら、そのオーブというものを何個かみせてくれた。 いちばんはこれ、といわれたのは目がバグるほど、真っ黒だった。 全く厚みがわからない、どの方向から見てもまるで空間にあいた穴、光の反射が皆無、手拳大で輪郭が曲線の黒体。 色鮮やかな七色のものらとは明らかにちがうすごみ。
「これは以前の機会、別の魔潟の奥で採取した天然もの、ユニークをきわめた逸品、至宝レベル。 これひとつで魔法塔の一柱を要求するに値する。 大国の大臣のひとりやふたりも転ばせる、でもこれ百個あってもラナイにはずっと届かない。 それとオーブは魔力の質も量も、魔法の効果もいろいろ、複雑で複雑。 残り魔力が減るにつれ透き通ってくるのは共通」とのことだった。
オーブが賄賂になるのか、それがある権力構造なら、信頼できない、理が通るとは限らない。 やはり目立つのはだめだ。 ところで魔法塔とはなんだろう、魔女や魔法使いの巣窟っぽいけど、その一柱ってな
んだろう。
オーブについてはバッテリーの魔力版といえなくもないか・・・
「バッテリー?、それなにか」
僕は意図せず、つぶやいていたようだ。それに食いついてきたエウドラ。
ここの科学技術のレベルを知らないし、どう子供ことばで説明したものか。
僕のしどろもどろを問い詰めるエウドラは碧眼ぎらぎらさせてでこわかった。
結局ありがちに、かみなりまほー、エウドラ言うところの魔法雷のソースになりうるかもに同意するところまでなんとか逃げ・・・こぎ着けた。
エウドラは認知症どころか見た目の年の功以上に間違いなく素晴らしく聡明だ。 僕の説明が簡易に理解できるものではないことをわかってくれているようだった。 背後にはこの世界のものならぬ未知の膨大な知識の糧があることに気がついているかのようだった。
エウドラの言う落とし子ってやはり転生者とかなり同義疑惑・・・他にも転
生者とかがいたりとか、いたとかして・・・。
僕は実際はどうなのかわからないが、そうも思えてきていた。
道沿いに湖の反対側にまわると小屋付きゲートがあり、旗をもった番人に止
められて、通行料に加え賄賂を強要された。
そこから先にはじつに雄大な景色がひろがっていた。
眼下、眼下だ、身のすくむ眼下の直下の果ての見えない広大な森までゆうに落差1000mを越えていた。 いや2000m近くあるかもしれなかった。 湖から直に落ちていく何段もの滝は途中で白い雲と化していて、その下は万年の雨しぶきだろう。その雲も流されていく、低く湖沼、湿原と森の緑に影を落としながら。
滝のえぐれたところの垂直ほどではないが、ゆるいところでも傾斜60度を越える険呑な岩肌だった。 そこにはヘアピンカーブすらなかった。 シグザグの繰り返しだった。 白っぽい岩盤の崖斜面の尾根すじを穿ち、谷すじに幾つもの橋を渡した幾条もの、細い道だった。
はるか下、のぼる途上だろう、幾つものキャラバン隊がまるで蟻の行列ようだった。 深い渓谷ぞいに高い尾根に登る急勾配の山岳鉄道スイッチバック、記憶の知識の南米はアンデス山脈のその光景に似て、それ以上にスケールが半端でなかった。
そうか、きづかずに随分な高地にいたのか。
そう思えば、頭上の雲をずいぶんと低く感じていた。
移動はここまでおおむね下りできたから、エウドラに拾われたところは標高3000m越えもありか。
転移で急減圧で高山病で倒れたら、しゃれにもならない。
そうならなくて良かった。
ここには酸素ボンベも車椅子もコカの葉も、ましてや脳の血管を広げて楽にしてくれるダイAモックスもありそうにないからね・・・
「羽翼もたぬ身にはたいした眺望だろ」
エウドラのどや声ふうは気にならなかった。
本当に同感だったから。
飛行機の窓越し、成層圏から見下ろすものとは全く別もの、ここでしか見られない、なまで眼視の風景はただただ圧倒的にすばらしかった。
エウドラのホームは見えないのかとたずねたら、霞の彼方、だが急ぐよりは用心が必要、ここからは慎重にゆっくりいくと言った。
おかしい、急ぐよりは用心が必要、慎重と、そう聞こえた、確かにそう聞こえたばかりだよね。 崖の未舗装の下りを、高齢者のくせして盛大に砂埃をあげてぶっとばした。 超満点のスリルで、いやちがう、誤訳かだまされたか、僕は激しい揺れに遠心力でふりおとされないかと超恐怖で、運転台の手摺りに全力でかじりついてた。 だって、フヒャ―って絶対似合わない黄色い声をあげて、魔法まかせで曲がりのつど平気で崖側に半輪脱輪空転までしてくるもん、エウドラをして僕をこんな目にあわせる魔法ってこわ―。
ジグザグの折り返しのところに転車台があった。 一台一台向きをかえて進むのだが、狭路も狭路で離合できない区間が多く、そう言うところでは転車台の向こうの待避線にいったんはいって、そこで反対方向から来る車列を待つ。
そうしてすれ違いをやりくりする仕組みだった。
そのつど信号手っぽいのからも一台一台通行料に加え賄賂を取られたり、からオーブの登り車列もおおかったので出発の指示待ち時間もけっこう長く、ようやく下までたどり着いたのは、夜間通行止めで登りゲートが閉じられたあとだった。
のーむやあらしでもへーさになりそうと言うと、「雨期のことなら、岩崩れ、落石があるので閉鎖」と、にべもない返事がかえってきた。
いっきに下るとさすがにちがった、濃密な空気は日がおちても温かくうまく感じた。 深く呼吸するとくらっときたが、怖い思いをしたからだのこわばりはとれなかった。 「はー、つかれた」 6歳にはいろいろありすぎの大降下だった。