第18話 決めたことなら
戻れた、いや戻されたのか・・
畏れおおいところから解放されて心底ほっとする。
ねんをいれて確かめる。
目には視覚、耳には聴覚、
鼻には嗅覚、舌には味覚、
そして皮膚には皮膚感覚。
僕は戻されていた。
エウドラがいる時空に戻されていた。
すっかり、苦痛の全くない健康、を超越したからだになって。
つけ込まれた槽の蘇生の霊薬と同等の薬効湧出の特異領域が体内にある?
異世界抗原物質を無毒化。
致死レベルの炎症を消炎。
・・・免疫暴走の終焉化。
これが足された理?
死の瀬戸際から生還するよう生ける霊薬に化けさせるとは、ぶっとびすぎな解法。
無謀な時空遡航に挑戦しなくても、確かに支障はなくなったのだけれど、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。
これでは僕は獲物。金の卵産む哀れなガチョウかニワトリ同然。
例え善意でも、なにしてくれましたか?
頼んでいませんでしたのね?
けれどクーリングオフができたら命と引き替え、僕はまだ落ちた葉っぱになりたくない・・・?
・・・落ちた葉っぱ?・・・葉っぱ立て??・・・ってなんだ、なんだっけ???・・・。
五感が元に戻ると言うことは、僕への入力も元に戻ると言うこと。
それにあわせ僕という構成は調整されて、現実の五感の物差しにあわざる記憶を含め、思いも解釈不能と化して行った。
魔族に特攻兵器に仕立てられたのかもしれない僕は、さらに変質した、いや、さらに再構成されて行った。
稀少貴重が定番の霊薬、それが満たされた槽からあがっても、薬効の減りを感じなかった。 薬効がからだのうちから涌いている感じがする・・・おかしい・・・なんの不具合、いや奇跡の体質? どうしてこうなった。
それは、実は・・・忘れた?、たぶん忘れた理由、この世では許されざる理由だろう。 考えると混乱してくる・・・
心当たりはあったとしても、すでに思い出せないでいる。 仮に時空遡航してもここに至った分岐がわかる気がしない。
それでも、霊薬体質の発現で死の寸前から、文字通りの起死回生。
一転、全快癒で、気分は最高!!!にハイエスト。
いやあ、僕のですね。体質ですよ、体質。そんな体質。
暗いところではかいた汗がほのかあに光る。
暗いところでは吐く息がほのかあに光る。
さすがにそれ以外の排泄物は光ってないと思いたいし、皮膚表に透明感以上の光はすけでてない。 えっ眼光は、そこはまあ許容範囲で。
エウドラは、動揺。 動揺しすぎか、ふらっともたれかかってきて、
「ラナイ、蘇生が間に合い、重畳、本当に嬉しく思うが、そばにいるだけでなんか・・・おとなの酔うはこういう気分?」
と、朱に染まった顔して潤む声でそう言う。
そして僕が息はくたびに、霊薬薫るってサテラ、くんくん、すーはー、すーはー。 「ラナイ、香ばしい、貴い、ぐふふ」と、ため口で6歳児に抱きつこうとする肉食侍女爵の脅威・・・
・・・と、はしゃいでいられたのは束の間だった。
勘違いだった。
大きな勘違いを含んでいた。
エウドラとサテラへの効き方で、6歳にすぎない僕の手足がとどくひどく狭い範囲が薬効100%とすると、その先1mほどで0まで漸減することが判明した。
僕がからだの代謝で霊薬を作り出しているのではなく、霊薬の効能と同等の場が僕に関連付けられた、ギフテッドのようなもので、僕の体液から霊薬を得ることはできない仕様だった。
それでも僕をとらえれば、貴重極める霊薬の槽につかる効果、それも常に新鮮な霊薬槽の独占と同等だから、秘匿しやすいぶん身の危険はより半端でない。
「敵はもちろん、知った味方も敵にかわりうるわ。 ラナイ、妾の廓で引きこもるがよい」
エウドラの言に、サテラも頷いている。
でもこの世界に重い傷病がないとはとても思えない。
霊薬を分配できずとも、そばに寄るだけで、僕の霊薬の場は万人の苦しみを癒やすだろう。
そして僕には出の世界で刻みこまれたとしか思えない倫理があった。 それがそのことを考えないではすまさない。
それをしない罪悪感・・・しない罪悪感・・・しないままの罪悪感・・・しないままの罪悪感。 しなければ、するまで苛まれ続けるだろう。
「しられようがかまわない、つよくなりたい、どうすればなれるの」
「えっ、本気なのラナイ」とエウドラ。
「はあ、正気なのラナイ」とサテラ。
「それはとくのためにするの?」とエウドラ。
「とくにならないそんな危なくてやっかいなことをどうしてしようするの?」とサテラ。
心理的な余裕がないと視野が狭くなると言う。
今の僕はどうだろう。
罪悪感にきづいたからには、それに追い立てられて、より心理的余裕は・・・ないな。
サテラの言うことはもっともだが、視野を実利の枷で狭くしても僕はそれを選べない。
いっぽう、エウドラは今の僕に感じるところがあるようだ。
「・・・それがラナイ・・・」
「・・・ごめんなさい」
「いいの、妾はそなたに決めたのだから」
「しっ、しかたがないですねえ、私の姫様とラナイが決めたことなら」