第14話 星姫エウドラが
星姫エウドラが星下プレイオネに願い出た異例の臨時の謁見はパルテノーペ城内の大広間で、大臣にその副官、高位爵位の高官らが立ち並ばせての政の形式で行われた。
献上品である至宝、黒体オーブとあわせ7色の珠玉オーブのエウドーラ―・コレクションには、駆けつけ息せきまだとまらぬものもいる宮廷人たちの目を釘付けにした。 それ以上に、星姫に手を引かれる僕をはかろうとする容赦ない眼差しがきつかった。
終わりに星下による総括があった。
その長さも異例、また内容も異例だった。
「救済院もひとまず引くをよしとなさい。
首尾良く、北風を吹かせてずいぶんときらわれてくれたようですから、エウドーラーも無礼を許すがよいわ。 先走りの疑いの咎もこれで相殺とします。
エウドーラーがラナイと名づけたは機転のきく子供です。 救護院に宝貨を献ずれば、そこの隻眼がその子細の一端でも教えてくれるでしょう。
エウドーラーはずいぶんとよきさきもの買いをしてくれました。 初恋のお相手が、よもや年下の落とし子とは。 ニュムペーは殿方と恋いにおち子をなすが定め。 ですが、胸もふくらまぬうちから、魔潟の瘴気のなかから男をつれ出て妾が前にあらわれた・・・運命の軌道はよみがたく、ですが、卿らも出し抜かれたと思うと、愉快です。
ラナイをエウドーラ―星姫配と認めます。 ラナイをヘリオナーペ宮付き、無役宮爵に叙爵します。 孫星もエウドーラーのが一番星かもしれません。 その邪魔は許しません。
しかし卿らには朗報もあります。 これを機会に、ほかのヒュアデスの姉妹とのお付き合いを、今日の今より妾の目にかなうものには許します。
姉妹のヘリオナーペ宮からの外出を解禁しました。 護衛士が同行しますが、つとめて出会いを競うがよいわ。
それから過日、接続領域経由で難解な魔信語通知がありました。 えー、渉外の解読によるとこうです。【 魔潟の落とし子を死害するもの、失われ星に責あるものと同じ、天上の昏きもの、名も因果も喰らう 】
ラナイ新宮爵との関連は不明。 随意に解されるがよい」
さきもの買いって、未払いのお代についてつっこまれたら、エウドラを星姫配の地位を質草に僕に売ったともとられかねない。 それトラップで僕の逃げ道が封鎖された?・・・星姫配で孫星つくれって、6歳児にそれ言うんだ。
あと魔信語の通知の件はなんだろう。 僕が魔族のひも付きと匂わせ随意にで牽制になるの? それとも何か別のたくらみ?
けれど魔潟の落とし子ってそれほどのものなのか。
何の力も目覚めてないのに、目覚めるあてすらわからないのに・・・魔潟でエウドラに拾われたばっかりにえらいことになった・・・現実をとてもうけとめきれない、いろいろ、いっぱい、いっぱいで、吐きそう・・・。
居並ぶ重鎮たちの視線がチクチク痛かった。 僕の胃もキリキ
リ痛かった。
終わった。 謁見が終わった。
僕、消耗、困憊。
その僕の手を引いて謁見の広間からの撤退をはかるエウドラ。
そこに何の用か知らないが面倒がよって来る。 サテラが止めにもはいれないので、高位の爵位もちたちだろう。
だがエウドラは、前を遮ろうとする誰にも目を合わせず、真っ正面に眼を飛ばし、無言でつっきていく。
ああエウドラ、キミはそんな表情もできるんだ。
そして、僕にはエウドラの無言の繰り返しがきこえていた。
『ラナイのまもりは妾がする、約束した』
ここにいたり、にわかに確信させられた。
僕が翻訳されたと思い込んでいたものはそうではなかった。
実は必ずしも声は必要なかった・・・
声に出されればもちろん、声に出されずとも明瞭な思いであれば、おそらく僕の脳の側頭葉、聴覚言語野に直接伝わっていた。
しかし、なさけなかった、なさけなかった。
今の今まで翻訳を確かめもせずにいたのが、なさけなかった。
何と言い張ろうと今はあまりに無力で、助けるはずが、エウドラに守られるだけの存在の僕が、ただただ、なさけなかった。
この世界では僕の気は確かか、時制は時間の流れは確かか、と問われても時に怪しげで即答できなくて、僕を取り巻く現実の状況も極端に振られやすい。
そうでもなければ、どうしてエウドラに出会い、どうしてわずか3日で最高権力者一族の配、危うすぎる配偶者に祭り上げられようか。
けれど配と決められ、エンタングルメントを極め、ほんとうに離れられない今になってきづかされた。
溺れるものは藁をもつかむ。
こまってつかんだのは、つかんだ手を離せないのは、僕の方だ。
異世界に溺れる僕の方だ。 魔潟で魔族に喰われ、出魔潟後もすでに一度は襲われている。
エウドラをつかんではなさないまま、異常な勢いで進行する状況に押しまくられ、事態に溺れている。
鈍すぎる僕。 僕が気づいた時には・・・もはや遅すぎる。
現実の流れに敏感にならなければ、もっと変化に敏感にならなければ。 僕の【翻訳】に望外な可能性があるかもしれないとわかっただけではたりない。
それではたりない。 そのままではとてもたりない。 力がたりない。 変える力がたりない。 しりぞける力がたりない。
僕の内底深く、遠く覚えのある声をきいた気がした。
”?るずドルビリ、でじ治、形変、復修”
逆声の悪夢文字が渦巻いていた。
いやだやいやだやいやだ・・・
謁見の大広間につうじるひかえの間には、大勢の付き人たちが主人待ちしていた。 その中に、護衛士アラトスとその従士リュイの姿もあった。
二人の出迎えにサテラが短く応えた。
「星下の御差配により、ラナイ様は宮爵、ヘリオナーペ付き無役宮爵を叙爵なされました。 エウドーラ―星姫配となられました。 そのように心得なさい・・・もとより、野良孤児の設定は無理だったのです」
アラトスは眉をひそめて無言でうなずき、リュイは眉あげ目をむき驚きの声を呑み込んだ。
「宮爵閣下はひどくお疲れです。 これよりヘリオナーペ宮のエウドーラー廓に直行します。 アラトス、運んでさしあげなさい」
「ラナイ、あなたひどい顔色、サテラのいうとおりにして」
9歳にあなたと呼ばれては、アラトスに背負われるを拒めなかった。
そして、背負われ揺られれば、6歳の体は意識が落ちそうになる。
けれどもしもこれが眠って逆に目が覚めて夢だったとわかったら、僕はまた全てをうしなう。
僕をあなたと呼んで心配してくれるエウドラもうしなう。 それは、いやだ。 そんななら、たとえ悪夢でも目が覚めるのはいやだ。
眠ったはずが目が覚めるのが怖かった。
ほんとうに怖かった。 眠るのが。