灰色の下から
書きたいものを書きました。
よしなにお願いします。
「此処は何処、私は誰」という文言がここまでしっくりくる状況があるだろうか?
頭上に浮かぶ距離感のおかしくなりそうなコンクリート色の雲と、自分の周囲、天井以外を隙無く囲む目測5メートルくらいの本物のコンクリート。それ位しか場所を判別できそうな情報がない。
ここが地上か、空中か、海上か、井の中かすらも判らない三畳くらいの穴の中に僕はいた。
無理に例えるなら、家に使われてそうな鉄筋コンクリートを井戸の建築に使った感じだろうか?
何故こんなところに?
問題は底である。いや、底にはいるが言いたいのはそこじゃなくて。
……狂うにはちと早すぎか。
気を取り直して。
現状の問題点としては、ここにいる理由が皆目見当もつかないどころか、自分のことすら解らない点である。
自分の身分が分かれば、ここにいる理由が分からずともある程度は予測できるのだろうが、如何せん、身に着けている服は無地のTシャツにジーパン、ポケットには1万1110円だけ入った数年ほど使ったであろうくたびれ始めた財布。それだけである。
これだけで身分を推理しろと言われて出来るのはシャーロックホームズか詐欺師くらいだろう。
では、お手上げかと、匙を投げるか問われれば、否である。
そう独り言ちり足元に転がる注射器と麻縄を拾い上げた僕は思考の海へ旅立った。
部屋の中は空
雇い主が夕餉の時間になっても上階から降りてこない。
そう思って声がけをするものの朝から返事はなく、職務としてはそれまででいいのに、今日は珍しくワンオペでベテランの先輩がいなかったからか、雇い主が大変なことになっているんじゃないかしら。と良心に従って、雇い主がいるであろうはずの部屋の鍵を開け部屋の中を見てしまった。
見なきゃよかった。部屋を開けて数時間経った今でもそう思う。
きっと最近上手くいっていたことのしっぺ返しが来たのだろうが、少々やりすぎだ。ガリガリ君が当たった次の日にダンプカーに当たるくらいやりすぎだ。
そういう星の下に生まれたから。なんて不思議な諦め方をしたくなってくる。
取り敢えず警察には連絡した。
流石に、雇い主が酔狂だと解っていたとしても、流石に、「最初にこの文章を見た人に対する遺書」と、私の声に返答するスピーカー付きAIを残すとは誰も思わないと、思いたい。金の無駄遣いが過ぎる。
雇い主が食事を断りだしたのが今日の朝からだから、詰まるところだいたい十一時間は雇い主が行方不明なのだ。
5W1HのWHOくらいしか解る気がしない。WHYに関しては考えたくもない。
推理作家とかならまだしも、私はただのしがない雇われ人なのだ。無理無理。
さて、どうやらなまじ山の中に屋敷があるからか警察が来るのに三十分程掛かるらしい。そんな立地のお陰で私の出勤は近くの小汚い小屋からで実家には数年ほど帰っていない。
……お茶でも飲もう。うん。
遺書はあるんだし、現場を残すことも大事だし、うん。予定してた多すぎる雇い主作の美術品の掃除はやめにして、アールグレイでも飲んでゆっくり警察を待つとしよう。
雇い主のおかげで美味しいお茶は淹れられるんだ。ありがたやありがたや。
キッチンに行こう。
お茶請けは……確か高めのクッキーがあっただろうからダージリンでも良いかもしれない。
赤の他人とわんちゃん
長閑という字があまり好きではなかった。
そんな状況も好きではないが主にこの字が気に入らなかった。長いに、閑古鳥の閑。
暇は人を殺すという言葉を信じてきた俺にとって長閑は敵だった。
警官になれば長閑なんてないと思っていた俺は、社会について全く分かっていなかったらしい。
警官は案外暇である。
ドラマみたいに右往左往しているのは警部とか本部にいるちょいと階級の高いそのあたりなのだ。
……暇だ。死んでしまう。
空が灰色だ、ドラマじゃこういう空だと事件が――
ジリリリリンジリリリ
フラグを立てれたと思いつつ、受話器を取ればどんぴしゃり。
「雇い主の部屋に遺書のような手紙が置いてあったので来てください」
踊りだしたくなる身体を頑張って抑えつつ、場所を聞けば山の中。
何だか楽しくなってきた。俺は同僚に交番を任せると少し速度が出るよう改造したモンスターエンジン搭載パトカーに飛び乗った
最近多い行方不明じじばば探しの数千倍は警察をやっている気分だ。毎回示し合わせたように隣の県まで河川敷を歩きやがって、老いると芸も記憶もなくなるらしい。
罪の無い民間人の何もなさを愚痴りつつ車を上機嫌にかっ飛ばすこと二十分ほど、途中同僚からまた行方不明者が出たと連絡が来たがこっちはそんな場合じゃない。
なんたら邸とでも名前の付いていそうな小屋付き一戸建てのドアをノッカーで叩くと、出てきたのはクッキーをハムスターの如く口に詰め燕尾服を着た背の高い女だった。
居直り強盗だろうか?
藍くらい深めの愛と軽い白
遺書
これを最初に見たものに三つ頼みがある。それを成してくれるのならば、凡夫が数百万だのと値をつける私の絵や私の持てる物全てを差し上げることにする。
一つ、この遺書に同封された私の所有する山の地図に印された場所にこの遺書を見た一週間後に向かってその場所に着いた瞬間その場にあるものが全て写る画角で写真を撮って欲しい。
二つ、私の死体が見つからなくても、その場所を私の墓とし、写真は現像したものをその中に入れて欲しい。
三つ、その場所は私の芸術である為決して掘り返すな。
エピローグ
後日談。
遺書を最初に見た訳ではなかったが、どうやら彼女はボディーガードが欲しかったようで、絵を数枚貰うことを条件に俺はそれを引き受けた。警官だってお金は欲しいのだ。
一週間後、合流した我々遺産目当て一行は地図の印の地点へ向かった。ドラマみたいなシチュエーションに憧れるならこの時点で何か気付くべきだったんだろう。
着いた我々が最初に見たものは草原の中不自然にぽっかりと空いた穴と、その手前のマンホールのような蓋であった。
そこで写真を撮ってさっさと退散すればよかったものの、律儀に全部見えるところを探そうと近づいたのが間違いだった。
5から6メートルほどの穴の底にはもうすでに干からびて服越しでも判るほど瘦せた雇い主とは似つかない成人男性が倒れていたのだから。
ドラマの見過ぎで現実にドラマが侵食してきたみたいだった。
今回の事件は死者二人逮捕者一人の少し大きめの事件となった。
逮捕者は眉雪の紳士だそうで、昔から死者の片方の執事のような立場の人だったらしい。罪状としちゃあ拉致監禁とそれによる殺人その他諸々ってとこか。
死者の遺書を残していない方、つまり俺たちが最初に見つけた死体、執事の誘拐してきた若者は、執事の言うところでは「旦那様の作品の一部」とのことだった。
聞いたところじゃあ、幼馴染との結婚前に連れ去られた上、ヤク打たれて幼馴染のことも思い出せない状態でお陀仏ってんだからいたたまれねぇな。
んで、今回の元凶は何処にいたのかっていうと、そこだった。
何処じゃなくて、底にいたんだよ。
底の下にもひとつ空間があってそこにすっぽり入ってたんだとさ。
どうやって入ったかといえば簡単で、見つけた時に見たマンホールみたいな蓋を開けると梯子があったらしくてそれが底の下の空間に繋がってたらしい。
勿論すっぽり入ってる訳だから出ることは出来ないわけで、まぁ言うなれば芸術的な無理心中だったってことだわな。
気になるであろう遺産は結局のところ国が管理することになったらしい。身寄りはいないし、あの女は相続を放棄してそこに落ち着いたんだってさ。
あの女が言うには「約束は果たしてない上に、あんな趣味の悪い絵なんてこっちから願い下げだし、金があったら仕事しなくなるだろうから、気に入ってる仕事をしない理由を作りたくないんでね」だと。
以前傭兵かなんかだったって言われても違和感ないくらいさっぱりしてるよな。
あぁ、俺か?俺はまぁ第一発見者だし聴取も長めにあったが、のらりくらりと切り抜けてなんとかまだ交番でじじばば相手にしてるよ。こういう処世術は持ち合わせてるんでね。
まぁ今回ので成長できたことは中途半端に事件に関わるくらいならない方がマシって解ったことかな。
灰色の空が夕焼け赤く染む
瞬きまばたき夜の藍
今日も交番では閑古鳥が鳴く。
初めて視点に変化を付けてみたのですがどうでしたでしょうか?
読み易かったですか?若しくは読み難かったですか?
まぁ前者であれば安堵ですし、後者であればご容赦を。
あぁ最後のですか?あれは趣味です、それ以上も以下もございません。
ただ、趣味。それだけです。
因みに自分はバッドやらハッピーやら付く終わり方は極端でどうにも好かないので。毎回、「誰も以前より幸せにならないものの不幸になる人は少なめ」 みたいな終わり方をしてしまうのですが、これって処方箋あるんでしょうか?
書きたいこと書いてるので別に無くてもいいんですけどね。
兎も角、ここまで読んでくれた優しい方々に感謝の念を送りつつ締めさせていただくとしましょう。
ではっ