脱出、そして帰還
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9
アメリアは牢に放り込まれた。戒められることはなかったが、虜囚の身であることに変
わりない。牢内には椅子一つ無く、冷たい床に横たわるしかなかった。
航宙艦を脱出して以来どれほどの月日が経ったことだろう。その間の道のりは苦難の連
続だった。正直心が折れそうだ。でもアメリアは歯を食いしばる。負けてなるものかと。
必ず平安への出口があるはずだ。暗がりの中でアメリアは決意を新たにした。
それから身をさいなむような時間が過ぎていった。昼夜の別が分からないので、体内時
計が狂ってくる。それが精神の変調を来しそうで、アメリアは悶え苦しんだ。
これ以上は耐えられないといった瀬戸際になって、突然牢の扉が開いた。二人の兵士が
入ってきてアメリアを荷物のように引きずり出す。それに抗う気力自体がアメリアには残
っていなかった。
それからアメリアはなすがまま連行されれていく。どこに連れていかれるのだろう。頭
の片隅でいぶかる。
やがてどよもす喚声が聞こえてきた。それもどんちゃん騒ぎといった騒々しさだ。しか
も音がどんどん大きくなってくる。そこへ連れていかれるのを明らかだった。それから数
分経ったあとである。アメリアは唐突に大きな広間へ出た。すると一斉に歓声が沸き上が
った。そんな彼らを見下ろしていたのがあのドクターを象った巨像である。完成したのだ。
顔はもちろん仮面を被った姿だ。
その足元では着飾った三つ目の男女が飲み食いに興じている真っ最中だった。その連中
がアメリアを目にした途端、耳目を集中させた。その目つきには何か禍々しいものがあっ
た。
その中をアメリアは引きずられていった。そして中央の一段高くなった台のところへ連
れていかれた。そこには鉄の環に繋がれた鎖が四本、錆びついた姿を見せていた。
兵士たちはアメリアを台の上に突き飛ばして腹ばいにさせると、四肢を鎖で固定した。
アメリアは何をされるのか分からず恐れおののいた。必死で顔をあげ、周囲の状況を窺う。
すると一人の男が兵士の代わりに傍によってきた。見覚えのある。ここに初めて来た時彼
女をさいなんだ男だ。
果たして男この前とおなじように腕を振り上げた。腕が鞭のようになってしなる。そし
てすかさずアメリアの背中に打ち下ろす。軍服の上からでもまるで素肌に打たれたような
激痛が走る。
最初は歯を食いしばってこらえていたアメリアも二、三度打たれるうちこらえ切れず悲
鳴をあげた。それでも攻撃は止まない。アメリアの声音に哀訴の響きが混じる。それを聞
いて観衆の間から興奮した叫びがあがった。彼女の悲痛さを面白がっているのだ。
彼女は見世物に堕していた。
やがて男は鞭打つのを止めた。アメリアは大きく息を吸ってあえいだ。そこへ誰かが近
づく気配がした。顔をあげるとドクター・ピウスツキだった。満面に笑みを浮かべ、愉快
でたまらないといった顔つきをしている。
「どうだね、辛いだろう、苦しいだろう」
ドクターは顔を近寄せるとそっと囁いた。
「君が一言『従う』と言えば、この拷問を終わらせてあげる」
ドクターは得意そうに言うとその場を離れ「やれ」と合図した。
男はまた鞭打ちを再開する。悲鳴がアメリアの口からほとばしる。何度打たれても慣れ
るということがない。
それがどれくらい続いただろうか。ついにアメリアの口から「従う」という絶叫が放た
れた。ドクターはむち打ちを止めるよう合図すると兵士に何事か命じた。そしてアメリア
のもとへ歩み寄った。その顔は喜悦に歪んでいる。
兵士はアメリアの鎖を外した。息も絶え絶えといった様子だ。ドコターは顔を近寄せた。
するとアメリアは突然身を起こし、ドクターの体にしがみついた。そして顔の仮面を引き
はがした。ドクターの二つ目が白日のもとに晒された。
その瞬間、静寂があたりを支配した。皆話すのも食べるのも止め、視線をドクターの顔
一点に集中させた。
そうやって一呼吸置いたあと、突然喧騒が爆発した。耳をつんざくような叫び声が沸き
上がる。怒号と悲鳴が交錯する。
そのときドクターは混乱の渦中から逃げ出そうとした。それを悟った三つ目の人々はは
っと我に返り、ドクターを捕らえようと固まりとなって押し寄せた。
たちまちドクターは取り押さえられた。罵声と怒声がどよもす。皆の視線がドクター一
点に集中したときである。
突然爆発音が立て続けに起こった。何事かと我に返った群衆の頭上であの巨像がぐらり
とかしいだ。そしてゆっくりと崩れ落ちていった。それが合図であったかのように巨像を
構成する部位が支えを失って次々と崩落していった。
しかし惨事はそれだけではなかった。巨像の崩壊に合わせて壁や床が次々と地割れを起
こしはじめたのだ。崩壊は極限まで至り、ついには宇宙空間が顔を覗かせた。カタストロ
フだった。その混乱の渦中でアメリアは気を失ってしまった。
10
何かが頭にぶつかってアメリアは目を覚ました。頭を振りつつ辺りを見回すと様々な大
きさの漂流物と人間の体が浮かんでいた。呼吸ができる不思議な宇宙空間で、それらはそ
れらは惨憺さを醸し出していた。
人間たちの中には三つ目もいれば二つ目もいた。生きているのも死んだのもいるようだ。
その様を見て、アメリアは地獄という言葉を連想した。
また頭に何かぶつかった。鬱陶しいと思いながら振り返る。すると小型の宇宙艇が浮か
んでいた。一人乗りの小型のやつだ。アメリアは思い立って開けっ放しの座席に乗り込ん
でみた。
見るとなじみ深い汎用型の宇宙艇だった。これなら動かせる。アメリアは動力スイッチ
を入れた。操作盤に光が灯る。さてどこに向かおう。
計器類を操作しているとセンサーが力場の大きなゆがみをとらえた。もしやと思いアメ
リアは艇をそちらに向かって飛ぶよう操縦した。場のゆがみは益々大きくなっていく。そ
れが臨界まで達したとき、視界がホワイトアウトした。眩しさに目を閉じる。
やがて光が収まって視界がクリアになった。辺りを見回したアメリアは驚愕の叫びをあ
げた。あの最初に不時着した惑星にいたのだ。証拠に近くに救命ポッドが転がっている。
何事も無かったといった風情だ。今までの出来事、あれは夢だったのか。
しかし鞭打たれた背中の痛みははっきりと感じられる。アメリアは空を見上げた。する
とこちらに向かって飛んでくる宇宙艇の姿が見えた。友軍のだ。アメリアは大きく手を振
った。悪夢は終わったのだ。
その時携帯端末が鳴った。通信が入る。アメリアは元気に即答した。