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懲役刑

今回は少し長めになりました。よろしかったら最後までお付き合いください。

 足を踏み入れると様子が一変したことに気づいた。もう岩肌は剥き出しになっておらず、

明らかに室内という感じのきっちり内装された空間が続いていた。しかし明かりは無く、

暗闇にアメリアの足音が陰気に響いていた。

 途中なんどか分かれ道に突き当たったが、軌条を頼りに進んでいった。どこまで続くの

だろうと倦み始めた頃、唐突に広い空間へ出た。

 探照灯の光は闇に吸い込まれ、様子はとんと分からない。足下に気をつけながら恐る恐

る足を運んでいると、突然額に固い物がぶち当たった。結構痛い。何にぶつかったのだろ

うかと額をさすりながら光を向けると、天井に黒々とした物体がうずくまっていた。光を

照らすと長細い形状をしているようだ。大きさは地上軍の単座戦闘機くらいだろうか。

 何かの機械のようだが、どんな用途のものだろう。触ってみると金属的な感じはせず、

硬化プラスチックのような軽めの堅さがあった。

 そのまま前方に進んでいくと、唐突に馴染みのものが目に入った。タラップだ。それが

上方に伸びている。

 アメリアはあがってみることにした。タラップも金属素材ではないらしく、甲高い足音

はしなかった。

 のぼりきると扉があり、アメリアが手を触れるとすっと開いた。中は暗い。思い切って

足を踏み入れると、突然光が灯った。それであたりの様子が手に取るように明らかになっ

た。その為この機械なんなのか判別できるようになった。これは一種の列車のような乗り

物なのだ。窓が仕切られた二人掛けの椅子がずらりと並んでいる。

 アメリアは疲れたので手近な椅子に腰を下ろした。すると後方の扉が突然開き、カート

が一人でにすーっと近づいてき、アメリアのところで止まった。

 カートの上には液体の満たされた透明なグラスと柔らかくひらっべたい白いものがあっ

た。両方からいい匂いがする。

 アメリアの腹が鳴った。アメリアはそれらに手を伸ばした。美味だった。携帯食と合成

水という味気ない食料に慣らされた胃がびっくりするほどだ。

 アメリアが食事を堪能していると何の前触れもなく列車が動き始めた。アメリアは慌て

て立ち上がり列車を降りようとしたが、扉はぴくりとも動かなかった。

 列車を止めなければ。そう思って運転席のある前方へ駆け出す。ドアに手を掛けた途端、

電気が激しい痛みを伴って全身を貫いた。飛び上がり、尻餅をついたアメリアはレイガン

を抜き、撃った。しかしドアには傷一つつけられなかった。

 こうなったら成り行きに任せるしかない。アメリアはレイガンをホルスターに収めると

手近の席に腰を下ろした。さて、どこに連れていかれるのか。アメリアは腕組みをして待

った。 

 やがて列車は減速し、停車する気配を見せた。アメリアはレイガンを抜き、身構えた。

程なくして列車は停まった。次に何が起きるのか。固唾を呑んで見守る矢先、突然天井か

らガスが吹き出してきた。吸うな、と思った時は遅く、手足に痺れが起き、レイガンを取

り落とした。そしてアメリアは意識を失っていた。 

 意識が覚醒したときアメリアはベッドの上に寝ていた。柔らかく寝心地のいいベッドだ。

アメリアは身を起こすとあたりを見回した。そこは部屋の中だった。ホテルのような調度

が設えられ、床も壁も白一色で統一されていた。

 さっきまで列車に乗っていたはずなのにいつの間にこんなところへ。いぶかるアメリア

は立ち上がると一つだけあるドアの方へ歩みだした。だがドアノブに手を掛ける前にドア

がさっと開いた。

 思わず後じさったアメリアの前に一人の男が立っていた。そのなりを見てアメリアは驚

愕した。<連合>の軍服を着ていたからだ。

 アメリアはレイガンに手をかけようとした。しかしホルスターは空だった。舌打ちした

アメリアに対し、男は乾いた笑い声をあげた。

「無駄だ。俺も武器は持ってない。それにここでやりあっても徒労に終わるだけだ。なぜ

なら俺たちは囚人同士なんだからな」

 アメリアは男を改めて見やった。男の顔には不精髭が浮かび、軍服の襟元には垢がにじ

んでいる。全体的に疲労困憊した様子がうかがえた。

「事態が飲み込めず困惑しているようだな。まあ無理もない。俺もここがどこなのか、何

のために囚われているのかといった基本的なことさえ分からないんだからな」

 そのとき、突然サイレンの音が鳴り響いた。何か人を急き立てるような癇に触る音だ。

「おっと作業の時間だ。初めに言っておくが何のための作業が考えないほうがいい。気が

変になるだけだ。ただ無心に手足を動かせ」

 男はそれだけ言うとアメリアに反問の糸口すら与えず部屋を出ていった。サイレンが鳴

り止んだ。するとそれが合図だったように突然無地の壁から四角い箱がにゅっとせり出し

てきた。大きさは一抱えぐらいだろうか。それはするすると床の上を滑りながらアメリア

の前にやってきた。

 アメリアは事態が飲み込めず漫然とたたずんでいた。どうしろというのだ。いぶかって

いるとまた壁から箱が出てきた。それはまたもや滑っていき、さっきの箱にこつんと当た

って止まった。

 それからも箱はどんどん現われた。やがては部屋の半分近くを占領するまでになった、

こうなると静観してはいられない。このままでは自分が大量の箱に押しつぶされてしまう。

しかしどう処理すればいい。さっき男が開けたドアに手をかけてみたが鍵がかかっている

のか開かない。

 アメリア藁をもすがる思いで辺りを見回した。するとはす向かいの壁の一角がちかちか

と赤く点灯していた。アメリアはもしやと思い、箱を一個持ち上げると丁度胸の高さにあ

るその壁に向かい箱を運んだ。

 壁に箱を押し付けると箱は吸い込まれるようにして壁の中に消えた。やはり。それから

アメリアは一心に箱を運んだ。一個の箱自体はそんなに重くないのだが、連続して運んで

いると腕がしんどくなってくる。

 アメリアはしばし休憩を取った。見たところ箱はだいぶ片付いたようだ。それでも箱は

休む間もなく増え続けていく。急き立てられているようで、体はともかく精神的には休息

する暇もない。

 結局ストレスを抱えたまま作業を再開することになった。そのときになってあの男の忠

告が親身に感じられるようになった。ということはあの男もこんな作業をしているのだろ

うか。一度だけでもこんなに大変なのに、何度も続けていたら確かに頭がおかしくなりそ

うだ、アメリアは頭をからっぽにして作業に没頭した。

 苦行は突然止んだ。壁から箱が現われなくなったのだ。残った箱を片付ける間中、また

出てくるのではと壁の方を窺っていたのだが、ついに全ての箱を処理したあとも何事もお

こらなかった。

 終ったのか? アメリアは放心したように突っ立っていた。やがて安堵感が全身を浸し

た。終わったのだ。アメリアは思わずへたり込んでしまった。しんどかった。軍でのどん

な訓練よりも。

 アメリアは深呼吸して笑みを浮かべた。腕をぐるぐると動かす。あとで筋肉痛になりそ

うだ。人心地がついて立ち上がった。見るとあの光っていた壁は拭われたように消えてい

た。

 一体あの作業になんの意味があったのだろうか。アメリアは元通りすっきりとなった部

屋を見回した。

 ふとその時あることに思い当たった。確か始まりのときはサイレンの音が鳴ったはずだ。

すると終わりのときもなんらかの合図があるに違いない。だがまだなんの合図もない。も

しかして。

 そう思った瞬間床から何か黒いものが飛び出してきた。それはアメリアの背面に貼り付

くと変形してシートになった。アメリアはシートに座った格好になった。しかしまるで吸

盤に吸い付かれたように身動きがとれなくなった。

 今度は何をやらせようというのか。アメリアは顔を引きつらせながら身構えた。すると

アメリアの目の前の床がすーっとせり出してきた。机だった。机の上には今では博物館で

しかお目にかかれない、デスクトップ型のパソコンが据えられていた。キーボードもつい

ている。しかしそこにはアルファベットではない、見たこのない記号が並んでいた。

 これでは入力しようがない。そう思っていたところまた別の床がせり出してきた。そこ

にあったのはこれまた骨董品の紙の本だった。

 アメリアは表紙を開いてみた。するとあのキーボードにあった記号がページ一面にびっ

しりと記されていた。つまりあれは文字なのだ。

 そこでアメリアは今度の作業についての見当がついた。おそらく仕事が済むまでこのシ

ートからは離れられないのだろう。

 やるしかないか。幸いこの手の事務作業は軍にいたころも何度かこなしたことがある。

アメリアはキーボードに手を置いた。

 しかしほどなくしてアメリアは自分の考えが甘かったことを悟った。作業が想像以上に

苦痛なのである。原因は文字にあった。普段なら文脈を理解したうえで打ち込めるのだが、

今度のは全く意味不明の記号ときている。それだけでなく、キーボード上の文字の配列も

さっぱり法則が掴めないので、一字一字探すことになる。じっと見つめていると文字がゲ

シュタルト崩壊を引き起こし、頭がぼーっとなってしまう。すると体中にビリリと電気が

走った。鞭打たれたように体がびくんとなる。さぼるなということか。

 そうやって苦心惨憺のあげく、やっと本一冊分、打ち込むことができた。作業が終わる

とアメリアはシートから解放された。パソコンも本も消える。アメリアは盛大にため息を

吐くとその場に座り込んだ。

 そのときこもるようなサイレンが鳴り渡った。作業は終わったのだ。アメリアは大きく

伸びをすると思わず寝そべってしまった。

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