招待状
いよいよ舞踏会の時期が近付いてきて、カレッジはどこもかしこも浮かれポンチで溢れかえっていた。
片想いの相手を誘っただとか、親にねだって新しいドレスを買ってもらうだとか、そんな会話ばかりが耳に入ってくる。
カレッジの生徒にはそれぞれ王城から招待状が届いており、それをお互いに交換するとペアの約束が正式に成立すると噂に聞いた。それが特別感を引き立てているのだろう。
いつもより騒がしいのが鬱陶しくて、あたしはカフェテラスを抜けてさっさと寮に戻ろうとした。
そこに、あの明るい栗色の髪が見えた。ここ最近はわざと避けていたアイツ。
「やっと見つけた!」
アグリース。息を切らして、招待状の封筒を抱えて、こっちに駆け寄ってくる。
アグリースは互いの鼓動が聞こえるんじゃないかってくらいに近付いて、あたしの鞄に封筒を突っ込むと、あたしの手を大きな両手で包むように掴んだ。それから、周りが振り向くような大声で言う。
「ディスティ、ボクと、ペアを組んでくれ!」
ペア? 舞踏会の?
意味が分からず一瞬ぽかんとしたあと、沸騰するかのように顔が熱くなった。何をほざきやがる、と激情に任せて怒鳴ろうとする手前で違和感を覚える。
この感情は本当に怒り? いや、違う気がする。
じゃあこの頬の熱はどういうもの? 分からない。
パクパクと口を開いたり閉じたりしているうちに、どんどん訳が分からなくなってきて、手を振り払うと、鞄の中から封筒を引き抜いて奴の足元に投げつけた。
「き、気持ち悪ぃこと言ってんじゃねえよ!!」
そう吐き捨てると、あたしはそのまま後退りして逃げ出した。
叩き返した封筒が、実は自分宛に届いた招待状だったことに気がついたのは部屋に戻った後のことだった。
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「ねえ、ディステル。今日の昼間のあれは流石に酷いと思うのよ」
夜中、同じ部屋で寝ている生徒、タリカがあたしに言ってきた。大人しい性格で、普段はあまり話しかけてこないのに、今晩だけはそうじゃなかった。
「あなたがそういう振る舞いが苦手なのは知っているけれど、もっと他にやりようはあったはずじゃない?」
「分かった、分かってる。もうしねえよ」
あたしとタリカは二段ベッドの上下に寝たまま、身動きはしなかった。ただ、言葉を交わすだけ。
「どうしてあんなことをしてしまったの? 理由を自覚するのは大切なことよ」
「…………だって、分かんなくなったから」
「何を?」
「あたしの気持ち。最初は──カッとなった。そう思ったけど何だか違くて、でも怒り以外の表し方が分かんねえ」
「アグリースのことはどう思う?」
「アイツは鬱陶しいよ。見てると心がざわざわして、イライラしてくる」
「じゃあ、彼と一緒にいるのは嫌?」
「…………怠い……けど、悪くねえ。ああ、悪くはねえな」
するとベッドの下からクスクスと笑い声が聞こえてきて、あたしは途端に不機嫌になる。タリカは声を潜めて言った。
「それ、彼のことは好きですっていうように私には聞こえるのだけれど」
そこから寝るまでの記憶は、あまり無い。