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汚れた包帯

「いち、に、さん、し……」


 カレッジの隅に誰も来ないような空き地があって、あたしはよくそこでダンスの練習をしていた。記憶にある母さんは酒場で踊り子をしていて、あたしはその美しい光景が目に焼き付いていた。


 あたしは別に、誰かに見せるという訳じゃない。

 ただ、何もかも忘れたくなって、呑み込まれるようにひたすら踊るだけ。


 何度も何度も、繰り返し、繰り返し。

 どこに伝わる動きでもない、その場限りの力強くて儚い踊り。


 息が切れても。

 骨が軋んでも。


 ずっと、ずっと。


 しばらくすると、脚の火傷の跡が酷く痛んできて、それでも続けていると限界を迎えてあたしは崩れ落ちる。

 息を詰めて堪えながら、使い回して薄汚れた包帯を巻き直す。


「ディステル」


 心臓が止まるかと思った。

 いや、多分三秒くらい止まった。


 振り返るとそこにはあのムカつくアイツ(アグリース)が、眉を下げて立っていた。


「覗き見かよ、趣味悪ぃな」

「ごめん」


 案外素直に謝られて拍子抜けする。アグリースはあたしに近寄ってきて、芝の上にしゃがみ込んだ。そして、あたしがびっくりして落とした包帯を躊躇うことなく手に取ると、そのまま丸めてしまった。


「返せよ!」

「こんなほつれて汚れているんじゃ肌にも良くないよ。新しいのを貰ってくるから」


 そう言って立ち去られてしまい、あたしはアイツを追いかけられなかった。踊り疲れてヘトヘトだったし、他の誰かにこんな脚を見られたくなかったから。


 アグリースはしばらくして戻ってくると、新品の包帯を取り出した。


「巻ける?」


 それを受け取って、あたしが自分で巻き始めると、アグリースは何か言いたげな顔をした。


「あんだよ」

「…………ボクが巻くよ」


 どうやらあたしがめちゃくちゃな巻き方をしているのが気に食わなかったらしい。渋々任せると、アグリースは手早く綺麗に、靴でも履かせるみたいに巻き上げた。


「上手ぇな」


 心の底からの感想を述べると、何故かアグリースは変な笑顔になった。ちょっと自慢げに胸を張る。


「兄さんが王城で医者をしてるんだ。それでボクも少しね。時間があるなら、巻き方を教えてあげるよ」

「いや別にいい」


 普段困ってる訳じゃないし。

 それを聞いたアグリースは肩を落とす。


「…………まあ、次からは医務室で包帯を貰いなよ。ちゃんと言えばみんな助けてくれるから。ここはそういう場所だよ」


 それから君の踊り、凄く良かったよ、と言って、アグリースはいなくなった。


 あたしはそのまま座り込んで、空を見上げてぼーっとしていた。

 空の高いところで騒いでいる雲雀を見つめながら、そういやアイツ、気取った貴族の癖に汚れた包帯とか醜い火傷痕には嫌そうな顔しなかったな、と思い出した。


「……やっぱ何考えてんだかよく分かんねえ」


──────────────────────


 その晩に夢を見た。


 それは小さな頃、城下町の最下層に住んでいた時の記憶。父さんも母さんもまだ生きていて、幸せとは言えなかったけど、一人ぼっちじゃなかった時間。


 ある日、どこからか迷い込んだ溶岩蛇(シャグナラ)と出くわして、襲われて両足を絞め上げられた。肉の焼ける臭いと骨まで溶けるような痛みに涙も流せずのたうち回る。


 誰も助けてくれやしない。

 それもそのはず、魔獣なんて騎士じゃないと倒せない。こんなところに騎士なんている訳がない。


 気がついたときには父さんに抱き締められていて、苦痛でぼやける視界の端に、溶岩蛇の死骸と、父さんの自慢の剣が熱でボロボロになっているのを見た。父さんは格好いい騎士なんだと思った。


 そこで意識は途切れて、もう一度目を覚ましたときには自宅のベッドの上で、隣には母さんがいた。貴重な薬草を潰して生々しい傷跡に塗り、優しく優しく真っ白な包帯を巻いてくれる。そんなものを買う余裕なんてなかっただろうに、惜しげもなく使ってくれた。


 流石に一回きりの手当てじゃ傷は綺麗に治らなくて、歩けるようになるまで時間がかかった。立っているだけでも少し痛くて、あまり長く歩いていると薄くなった皮膚が裂けてしまうようになった。


 だから父さんも母さんもあたしのことをもの凄く気にかけて、気にかけて…………。


 なのに二人とも、あたしを置いていっちゃった。

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