ディステル・バードック
長いばかりで重たい黒髪。睨めつけるような目つき。薄汚い包帯で飾った骨みたいな脚。
どれをとったって、あたしの見た目はご令嬢とは程遠い。中身だってそれとおんなじ。
なのに、なのにアイツは。
あの明るくて鬱陶しいアイツは、あたしによりによって「かわいい」なんてほざきやがった!
意味分かんねえ。有り得ない。気持ち悪い!
それであたしは、お花畑な坊ちゃんが幻滅するように、貴族にも分かる言葉で丁寧に丁寧に罵ってやったんだ。
そうしたらアイツ、次の日には性懲りもなくまた話しかけてきたんだよ!
「やあディスティ、今日はお暇? お茶でもどうかな」ってさ。
だからあたしはアイツが嫌いなんだ。
ああ、アイツもみんなみたいに、あたしを嫌ってくれたらいいのに!
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「ディステル・バードック! その醜い猫背を今すぐにおやめなさい!」
「…………へい」
「言葉遣いもですよ!!」
通りすがりの教師に叱られる。
だからさあ、そのやり方を教えてくれなきゃ分かんないんだって、と内心で悪態を吐く。
このウェールツディット連合王国に作られた、将来の人材を育てる為の場所、王立学院。いるのは所詮、貴族生まれか金持ちの子どもばかりだ。
あたしだって本当はこんなとこに来るはずじゃなかった。
貧しい育ちの母さんと下級貴族の父さんが駆け落ちして出来たあたし。家族は自分が守るとか言っておきながら、父さんは慣れない生活で早死にした。
それから数年後に流行り病で母さんも死んで、あたしは父さんの家に引き取られた。
初めて会った親族は、いかにも嫌な成り上がり貴族って感じの、金は有り余っても名誉に飢えてる人間たちの集まりだった。
拾われて恩を感じる従順な少女をあたしに期待していたんだろうけど、生憎そんなものは御伽話だ。
だって、自分の痩せこけた身体や、両脚の酷い火傷の痕を気味が悪いと言うような奴らにもひたすら我慢して愛想を振りまける、なんて人間はそれこそ気味悪いじゃんか。
結果として、あたしは『まともな礼儀を叩き込むため』にカレッジへ放り投げられた。
だけど、何も知らないカレッジの講師からしてみれば、あたしは頭が悪けりゃ態度も悪い、落ちこぼれの貴族令嬢。そんなことも分からないのか、なんで出来ないんだと言われる毎日。
そりゃ分かんないし、出来ないよ。
それを相手にうまく伝える方法すら知らないんだもん。
でもカレッジは良いところ。
気に入らないからってあたしを蔑んだり虐めたりするような奴はいない。遠巻きに、怯えたように見てるだけ。
まあ、アイツを除いてはだけど。
「ディスティ! 今日は良い天気だね」
アグリース・ボルドヴァル。
反吐が出るほど気の良い野郎。
なんであんたはあたしに構う?