「コミケでルーと」
「うううう……暑い……暑い……あと暑い……あと人が多い……。なにこれ、なんでこんなに人いるの……?」
夏のある日、俺は東京国際展示場にいた。
東京国際展示場というよりは東京ビッグサイトといったほうがわかりやすいだろうか、いわゆるコミックマーケットの会場のことだ。
ほら、夏と冬に催される、例のオタクの祭典。
なーんて、知識としては知っていても来るのは初めての俺だ。
入場前の列の長さも、厳しい暑さも、すべてが初体験。
ルーがコミケに行ってみたいけどひとりで行くのは心細いというのでついて来てやったのだが、いやはやこれは……。
「ふ……まだまだだなグイン。この程度の暑さ、あの煉獄の炎に比べれば……」
俺の隣ではルーが、平然とした顔で立っている。
「おまえは平気なの? マジで全然効いてないの?」
「ふっ、無論だ」
ズババッと中二病ポーズをとるルー。
黒いゴスロリ風のロングドレスにヒール、黒い日傘という超絶暑苦しい格好をしているくせにマジかよと思ったが、よく見ると額には汗の玉が浮いている。
「ふうーん……この程度、ね」
「な、なんだグイン。そんなに近づいて……」
強がりを見すかされたのが恥ずかしかったのだろうか、ルーは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「ま、いいけどさ。病は気から、なんて言うし、暑い寒いも気合い次第でなんとかなるっちゃなるんだろうし。でも、あまり無理はすんなよ? 倒れてからじゃ遅いんだからな?」
「う、うん……気をつける。あとその……つき合ってくれてありがとう」
ルーはもじもじと身を揺すると、口の中で礼を言った。
うんうん、そうしてると百点満点に可愛い女の子なんだがな。
□ □ □
入場開始と同時に、ドドドドドーッとばかりに人の群れがビッグサイト内に入って行く。
「走らないでくださーい! 絶対に押さないようにー! ごるああああー! そこ、走るなっつってんだろうがあああー!」
鬼気迫る表情で叫ぶ係員さん。
鬼気迫る表情で歩を進めるお客さん。
内部はさながら戦場のようだった。
──こちら東1ホールアルファよりブラボーへ、状況送れ!
──何、敵勢おおよそ200!? くっ、連邦め、数でごり押しで来たか!
──チャーリーどうした? 何? 西エントランスにゆりぴー嬢が現れただと? バカな……それは飢えた狼の群れにウサギを投げ込むようなものだぞ!? ええい、いざとなればあれの使用も許可する! 大丈夫だ、鉄板入りだから盾になる!
無線でわけのわからないやり取りをしている人もいたりして、なんというか無政府状態。
つうかなんだよあれって。鉄板入りで盾になる……?
「ひょおおー、すげえなこりゃあ。聞きしに勝るってやつだ」
「グイン、グイン。我らはこちらだ。さあ行くぞ」
「お、おう……」
辞典ぐらい分厚いパンフレットを片手に、ルーはせかせかと歩く。
行けども行けども人がいるのでそんなにスピードは出ないが、普段のルーからは考えられないようなスピードだ。
しかも表情にはじゃっかんながら焦りの色がある。
「な、なあ、こんなにしてまで欲しいものってなんなんだ?」
「『七星無限のアスガルド』のファンディスクとサー・オズワルドのねんどろ。ここでしか手に入らないものなのだ」
『七星無限のアスガルド』というのはルーが好きな耽美系(?)のダークファンタジーものアニメだ。
コミケというのは基本的にはアマチュアやプロが個人として出品物の売買を行う場所だが、中には企業がブースを開いている場所もあるらしい。
んで、今日そこでしか手に入らいないものがあるんだとか。
「どれか一品しか購入できないので、我がファンディスクで、グインがねんどろを手に入れてくれるとありがたい」
「ああ、なるほどね」
スーパーの卵の特売みたいなもんか、ひと家族2個まで、みたいな。
物はともかく、目的がわかったら気分的に落ち着いた。
ようし、ここはひとついつものノリで行くか。
「承知した。ルーよ、貴殿の背後は我に任せておけ。貴殿の片翼として、この剣を振るってみせよう。だがその前に、この有象無象どもをなんとかせねばな(任せろ、俺がねんどろを手に入れてやる。問題はこの人ごみだが)」
「ふっ……案ずるなグイン。勝利までの道標はすでに見えている(ほら、壁際にちょうど通れそうなルートがあるっ)」
嬉しそうに笑むルーとそんなやり取りをしつつ、俺は企業ブースのある西館へと向かった。
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