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「花火の下で」

「やあ、こんばんわ渚ちゃん」


「どうもこんばんは、お疲れ様です先輩……なんて、これでもう3回目ですよ」


 夏の夜、しかも私服で、みんなには内緒で。

 そういった縛りと背徳感が高揚感を与えているのだろう。

 渚ちゃんのテンションは、3回目となる今回も高め維持。

 いつにない微笑なんて浮かべて見せた。


「さて次は? カピバラ、ソフトクリームプラスおみやげ選びときて、予定通りなら花火鑑賞の予定なんだけど?」


「はい、もちろん最高の場所を予定しております」


 楽しかったナイトズーでの秘密デートも、今回が最後。

 俺たちが向かったのはアフリカ・サバンナゾーンだ。

 といってもキリンやらサイやらを見るわけではない。

 ちょっと離れたところから打ち上げ花火を見ようという計画だ。


「本来ならもっと東に寄った方がいいんですけど、さすがに家族に近づきすぎなので……」


「あー、うちもそうだな。ハートフルガーデンの観覧場にいるって」


 もうすぐ花火だから早く来なさいよ、とのちひろからの催促のラインに、ぺこりと謝罪のスタンプを送る。


「うちも同じ観覧場ですね。父がやきもきしてるそうです」


 妹の杏ちゃんへラインを返しているのだろうか、渚ちゃんもスマホをポチポチ操作している。


「渚ちゃんとこって、ご両親と杏ちゃんと渚ちゃんで4人だっけ。うちもそうだな、親父お袋とちひろ、おまけで俺」


「確率的にはあり得ないことですけど、隣り合わせになっていたりしたら面白いですね」


 たくさんの群衆の中で、まさかのお互いの家族が隣り合わせ。

 それはさすがにないだろうけど、想像する分には楽しかった。


 俺と渚ちゃんのつき合いがいつまで続くかはわからないけど、順調にいけば高校生になり、大学生になり、就職そして結婚ということになる。

 その時には当然向こうのお宅に挨拶に行かなければならないだろうし、その後は親族同士の顔合わせもあるだろうし、もしその時に互いに見覚えがあったりしたら……。


「うん、それは面白いな」


「ですよね」


 あり得ないことを想像しながら、俺たちは笑い合った。


「渚ちゃんとこはお父さん厳しいんだよね? 生活全般に関してもそうだし、男女のおつき合いにはなおさら厳しいんだよね? もし俺とのことがバレたりしたらどうなるのかな?」

 

「わたしは一週間の謹慎、先輩は八つ裂きというところですね」


「ひえっ……」


 俺は思わず呻いた。

 罰の落差激しいな、というか実の娘にはそりゃそこまで厳しくはあたれないだろうけど、八つ裂きて。

 リアルでその言葉使ってる人初めて見たわ。


「ふふ、冗談です。そこまでひどくはないですよ。たしかに厳しいし、容赦のない人ではありますが、話せばわかってくれる人でもあります。先輩が誠意を見せてくれれば……まあ、一回思い切りぶん投げられるぐらいで済むんじゃないでしょうか」


「……ぶん投げられるぐらいはするんだね」


「大丈夫です、その時はわたしが受け身のとり方を教えてさし上げますから」


「……ああ、そいつはありがたいね」


 肩をすくめて礼を言うと、渚ちゃんはくすくすと笑った。


「それじゃあ、わたしのことがバレたらどうなるんですかね? 先輩の家はご両親が優しい方のようですが……」


「うちはむしろ大歓迎さ。こんな息子とつき合ってくれてありがとうって、万歳三唱で迎えてくれるよ」


「ふふ、それは楽しそうですね。……でも、不思議ですね。ちひろさんのことと言い、山田花やまだはなさんのことと言い、先輩が女性にモテないようには見えないのですが……」


 渚ちゃんはいかにも不思議そうに言うが……。


「いやいやこの通りで、全然モテないよ。というかちひろは妹だし、ルーもただの友達だからね?」


「まあ、先輩としてはそういう認識なんでしょうが……」


 納得いかなそうに渚ちゃん。


「渚ちゃんは俺を過大評価しすぎだよ。この通りで俺は、特別頭も良くないし、特別運動も出来ないし、将来性も、なんの取り得もない男だよ」


「……そんなこと、ないですよ」


 ──ふと気が付くと、渚ちゃんが俺を見つめていた。

 まっすぐに、姿勢を伸ばして。

 琥珀のような神秘的な輝きを湛える瞳を、じっと俺に向けていた。


「先輩は、素晴らしい人だと思います。明るくて、柔らかくて。いつだって他人を思いやれる優しさがあって……」


「……」


「先輩の周りでいつも笑いが絶えないのは、みなさんが先輩の存在によって明るい気持ちになれるからだと思います」


「……」


「今だから言うんですけど……。この間、先輩はわたしに手紙をくれたじゃないですか。山田花さんとの関係について釈明しゃくめいし、そしてわたしに、気持ちを告げてくださった。先輩なりの言葉で、決して飾らず、直截ちょくさいに」


 ……なぜだろう、言葉が出ない。

 

「嬉しかったです。本当に、嬉しかったです。おおげさですけど、わたし、あの時、救われたような気がしたんです」


 胸を打つ心臓の音が、やけにうるさい。


「わたし、今まで、自分はひとりだって思ってました。学校でも、近所でも、わたしはみなさんに嫌われていて、誰にも必要とされていないんだって思ってました」


 渚ちゃんから、目が離せない。


「あの時、先輩はお爺さんの話をしてくれたじゃないですか。偏屈で、口うるさくて、厳しくて、きっとみんなの嫌われ者だったんじゃないかって。でも、違ったんだって。みんなが葬儀に来てくれて、お礼を述べて行ったんだって。実は感謝されていたんだって。失礼かもしれないですけど、あれでわたし、救われたんです」


 渚ちゃんの言葉もまた、徐々に熱を帯びていく。

 真剣そのものの瞳がわずかにうるみ、頬が紅潮していく。


「わたしも、先輩のお爺さんみたいになれるかもしれないって、今は嫌われていても、遠い将来、誰かに好かれ、感謝されるような日が来るかもしれないって。自分のやったことが間違いでないと、実感出来るような日が来るかもしれないって」 


 胸元でぎゅうと手を握りしめると、渚ちゃんは一瞬唇を噛んだ。

 噛んで、開いた。

 

「先輩、ありがとうございます。こんなわたしを選んでくれて、こんなわたしを好きになってくれて。わたしは、わたしは、先輩のことが──」


 ズドオオオォン。


 その瞬間、花火が打ち上がった。

 観覧していたお客さんが一斉に歓声を上げ、渚ちゃんの言葉をかき消した。


 渚ちゃんがいったい何を言おうとしたのかはわからない。

 だけど直前の様子から考えて、きっと大切なことだったはずだ。

 俺は聞き直そうとしたのだけど、渚ちゃんは動揺して顔を真っ赤にしていて、もう一度は言ってくれなかった。

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