表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

24:「16:40」☆

 九月になった。


 夏休みは、異世界での体験をノートに書く作業に追われて本当に大変だった。

 なんとか休みが終わる直前に書き終えて、胸を撫で下ろしたのを覚えている。


 ある日の放課後、すずはスマホを取り出して、ゲームを起動させた。そのゲームというのは、もちろん「もふリズ」。

 教室の中には、数人ほどしか残っていない。すずはゲームの音量を少しだけ上げた。


 ログインボーナスをもらって、ホーム画面へ。新しいガチャがあるようで、ぴかぴか光るマークがついていた。

 新しいガチャでは、新しいカードが手に入る。ゲームを楽しむには、このガチャのチェックは欠かせない。


「どんなキャラが追加されたのかな……って、え?」


 すずは目を丸くした。そこには、見たことのあるカードの絵。


「最高レア『桃色双子竜のやきいもコス』……?」


 異世界にいたゼンが見せてくれたものと全く同じイラストが、そこにはあった。


 どういうことなんだろう?

 なんで異世界で見たイラストが、今頃になってこの世界に現れたんだろう?

 あの世界は、私がいるこの世界と何か繋がっているとでもいうの?


 新しいフレンドさんの設定しているメインキャラが、その「桃色双子竜のやきいもコス」に変わっている。

 ゼンの自慢げな顔が、脳裏にちらついた。


「ぐ、偶然、だよね……」


 すずはドキドキする胸を押さえながら、アプリを閉じた。




 その数日後。夕方――十六時四十分頃。


 すずは教室で友達と雑談をしていた。すずに秘密の鍵について教えてくれた、あの情報通の友達だ。今日の彼女は、オススメの漫画を熱く語っている。

 楽しそうに語るその姿に、すずもなんだか楽しくなってきて、漫画についてもっと詳しく聞きたくなった――その時。


 グラグラ、と地面が揺れた。

 机や椅子が床を擦る音が響く。続いて、女子生徒の小さな悲鳴。


 すぐ傍の扉が揺れて、大きな音を立てた。

 情報通の友達は「ひゃあ!」と叫んで、机の下に潜り込む。すずはというと、椅子に座ったまま周りをきょろきょろ見るだけだった。


 机の下の潜っているのは、少数派だ。ほとんどの生徒はきょとんとして、すずと同じように、何も行動を起こそうとはしていない。


 自分は大丈夫、ここは安全だろう――みんな、そんな風に考えている。

 こういうのを、「正常性バイアス」が働いている状態、というのだと聞いたことがある。

 この心理状況に陥ると、避難行動ができないのだ。


 情報通の友達のように、さっと机の下に隠れる方が正しいと分かってはいるのだけど……。


「あ、おさまったね」


 その情報通の友達はけろっとした顔をして、机の下から出てきた。


 ここで、すずはふと考える。


 地震。

 サクも、今のすずと同じように自分の身を守ろうとしないまま、旧校舎の倒壊に巻き込まれたのだろうか。


「――地震、九月、やきいもコス……?」

「どうしたの、すずちゃん。それ、なんの呪文?」

「ううん、ちょっと、気になることが……」


 すずはスマホで先程の地震について調べた。どうやら隣の県の方が大きく揺れたらしい。


 なんとなく。本当になんとなく気になって、すずは隣県の高校のホームページを調べ始めた。


 ――まさか、ね。でも、もしかしたら。


 片っ端から調べていき、ある高校のホームページに辿り着く。すずはその高校の校舎の画像と、生徒の着用している制服の画像、ふたつを確認して息を呑んだ。


 これ、月明かりの下で見た、あの校舎……?

 こっちは、サク先輩たちが着ていた、あの制服に似てる……!


 すずは、制服の画像を拡大してみた。男女ともに袖のあたりに凝った模様がある。草の(つる)みたいな、特徴的なデザイン。


 やっぱり! これは、サク先輩たちの――……!


 どくん、と心臓が大きく跳ねた。


「すずちゃん? ちょっと、え?」


 困惑する情報通の友達を置いて、すずは駆け出した。


 ――実在した。サクたちの高校は、実在していた。


 九月の地震で旧校舎が倒壊した、とサクたちは言っていた。

 今は九月。そして、ついさっき起こった地震。

 それに、実装されたばかりの「桃色双子竜のやきいもコス」。


 サクたちの世界とすずの世界。何の関係もないなんて、考えられない……!


 走る。じっとなんてしていられなかった。


 どうしよう、嫌な予感がする!


 必死になりすぎて周囲への注意がおろそかになり、すずは廊下の曲がり角でどんっと誰かにぶつかってしまった。


「す、すみませ……」

「あれ、すずちゃん?」


 そこにいたのは、異世界へ行く鍵を渡してくれた、あの美人の先輩だった。

 すずは思わず先輩にすがりつく。


「せ、先輩! あの、私が異世界で会った人が、この世界にいるかもしれなくて! 今、大変な目に遭ってるかもしれなくて!」

「え? すずちゃん、落ち着いて。もっと分かるように教えて」


 すずは泣きだしたくなるのをなんとか堪えて、話し始める。


 これは、ただの願望にすぎないのかもしれない。でも、すずの頭に浮かんだひとつの可能性を一笑に付すなんて、できそうになかった。

 だって、人の命がかかっている。


 もちろん、すずの考えが本当に合っているかなんて分からない。けれど、一パーセントでもその可能性があるのなら、絶対に諦めるわけにはいかなかった。


 美人の先輩が、真剣な顔で頷いてくれる。


「分かった。じゃあ、今からその高校に行こうか。誰か、車を出してくれる人を捕まえるね」

「え……」

「すずちゃんの異世界体験ノート、読んだからね。みんなを助けに行きたいって気持ち、よく分かるよ」


 ぽんぽんと肩を叩かれて、すずの頬に涙が伝った。


「ありがとう、ございます!」




 二十代くらいの男の人が、車を出してくれることになった。


「俺も昔、あの鍵で異世界に行ったんだ。もし、あの異世界にいた人たちともう一度会えるっていうなら、俺だって必死になるよ。だから、協力させて」


 その男の人以外にも、数人の男女が集まっていた。みんな、異世界に行ったことがあるという。


 つまり、すずたちの大先輩、というわけだ。


「地震の被害、思ったより大きいかも。どこまで行けるか分からないけど、とりあえず行ってみよう」


 校門の前にとめてある大きな車に、すずは乗せてもらうことになった。大先輩たちはサクたちの高校の位置を調べ、カーナビに情報を入れる。


 低いエンジン音とともに、車が走りだした。


 ――サク先輩、みんな。今、あなたたちを救いに行くからね。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うわーーー! すごい展開! 繋がっていくのーー! [一言] これは、すごいです……!(語彙力のなさ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ