表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

23:「6:00」

「みんな、お疲れさま! 異世界への旅は楽しかったかな?」


 すずに秘密の鍵を渡してくれた美人の先輩が、にこりと笑う。


 校舎の端にある小さな物置部屋。そこには今、異世界から戻ってきた生徒が集まっていた。

 もう夜は明けて、時計の針は朝の六時を示している。


 異世界から戻り、ひとしきりすずは泣いていた。泣きすぎたせいで、少し頭が痛い。


 周りにいる生徒たちも、みんなどこか疲れたような表情をしていた。

 みんな異世界でいろんな経験をしてきたのだろう。


「じゃあ、鍵を回収するよ。三年後にまた、後輩たちが使わないといけないからね」


 美人の先輩がそう言って、ひとりひとりから鍵を受け取っていく。すずも黄色い石がはめ込まれた鍵を、先輩の手に乗せた。


「あ、そうそう。異世界でどんな体験をしたのか、記録に残しておきたいの。ノートでもルーズリーフでも何でも良いから、どんなことがあったのか書いてきてくれる?」


 すずの目の前の机に、ノートの束がどさりと置かれる。

 どうやらこのノート、過去に鍵を使って異世界に行った人たちが書き残したものらしい。


「この中のどれでも良いから参考にして、しっかり自分の体験をまとめてきてね。一冊くらいなら貸してあげるから、それをじっくり読んでみると良いよ。そして、できれば夏休み明けには完成させてほしいかな」


 部屋に集まった生徒たちの不満そうな声が聞こえる。

 すずはぼんやりとしたまま、ある一冊を手に取ってみた。


 それは、三年前にすずと同じ『生き残れ』という鍵で、異世界に行った女の子のノートだった。


「じゃあ、解散! みんな、本当にお疲れさまでした!」


 すずは先程手に取ったノートを胸に抱き、部屋を出た。ふわっと風が吹いて、すずの髪を揺らしていく。


 このノートには、どんなことが書いてあるのだろう。

 彼女は、どんな体験をしたのだろう。


 遠くの方まで広がる青い空に、すずは思いを馳せた。

 セミがジワジワとうるさく鳴いている。日差しが徐々に強くなってきているみたいだ。


 どこからか、甘い花の香りが漂ってくる。

 すずはその香りを吸い込み、また少し、泣いた。




 家に帰ったすずは、とにかく眠った。

 徹夜をした体はだるく、ベッドに横になるとすぐに意識が落ちた。


 そうして、夕方になって目が覚めた。

 すずは自分の部屋で、借りたノートをゆっくりと開く。三年前に『生き残れ』という鍵で異世界に行った女の子の手記。

 丸っこくて可愛い字が並んでいた。


「この子が行ったのは、学校じゃなくて村だったんだ……」


 怪しげな田舎の村。飾り付けられた祭壇。いけにえの少女。

 森の奥で行われる、謎の儀式。


「恐い……」


 すずがこんな世界に行ったら、すぐに命を落としているだろう。

 なんだか恐くてじっくりと読めそうにないので、ざっと流し読みをしてしまう。ぱらぱらとページをめくっていくと、すぐに最後の記述に辿り着いた。


 そこには、こう書いてある。


 ――異世界に行って良かった。


「こんな恐い思いをしたのに、どうして……?」


 すずの手が震えた。

 すずは「異世界に行って良かった」なんて、絶対言えない。


 どんなに恐い目に遭っても、辛い目に遭っても、自分の力で立ち上がることができる――そんな人間が異世界に行くべきだったのか。

 三年前に異世界に行った、このノートの少女のように強い人間が。


 すずみたいに弱い人間なんて、行くべきではなかった……?


「……ううん。サク先輩は、逢えて良かったって言ってくれたもの。マイナス思考は、止めよう」


 すずはふるふると首を振ると、新しいノートを取り出した。

 上手く書く自信なんてない。でも、サクがいたあの世界のことは、すずにしか書けない。


 ななみのこと、ゼンのこと、つばきのこと、コウのこと、みかのこと。

 あの世界で確かに生きていたみんなのことを。


 生きた、証を。


 すずはこのノートにしたためないといけない。


 使い慣れたシャーペンを握り、真っ白なページにペンを走らせる。

 とりあえず、はじめに大まかな流れみたいなものを書き記してみることにした。

 誰がどんな順番で消えていったのか……。


 一番最初は、ななみだった。

 だから、「ななみちゃんが消えました」と書こうとした。

 でも、ふとペンが止まる。


 ここでそんな風に書いてしまうと、本当にその存在が消えて、死後の世界に旅立ったみたいに思えてしまう。


 みんなは、どこか別の世界で元気にしていると信じたい。

 だから、すずはこう書くことにした。


 ――「ななみちゃんがログアウトしました」、と。


 こう書いておけば、彼女は今もどこかで生きていると思える。

 まるでゲームの世界みたいな表現ではあるけれど、今はこう書くのが精いっぱいだ。


 ん? ゲーム……?


「あ!」


 すずは制服のスカートを手に取り、ポケットの中を漁る。


「あった……」


 出てきたのは、英数字が走り書きされたノートの切れ端。

 ゼンがくれた、もふリズというゲームのフレンドIDだ。


 すずは急いでスマホを起動させ、もふリズのアイコンをタップする。可愛らしい竜のイラストが描かれた画面が現れた。

 ログインボーナスをもらって、ホーム画面へ移動する。聞き慣れたゲームの音楽が鳴った。


 画面の右端にあるメニューを押して、フレンドIDの入力画面を出す。

 ごくり、と喉が鳴った。


 ゼンが書いてくれた通りに、英数字を入力していく。指先が震えて、なかなか上手くいかない。

 やり直しを何回か繰り返した後、やっと正しく入力し終えた。


 ――お願い、届いて。


 祈るような気持ちで、すずは申請ボタンを押した。




 次の日の朝。


「あ、フレンド増えてる……!」


 すずはもふリズのゲーム画面に表示されたフレンドの数字を見て、小さく震えた。

 新しいフレンドさんは、メインキャラを桃色双子竜に設定している。

 スイカのコスチュームを着た桃色双子竜が水遊びを楽しんでいる、最高レアのカードの絵。


 ――俺、双子竜は集めてるんだよ。


 ゼンの言葉を思い出す。


 あの世界は、今すずがいるこの世界とは別物。だから、このフレンドさんはゼンではないと……そう思うけれど。


 でも、なんとなく、心が救われた気がした。

 まるで、ゼンがこの世界にいるみたいだ。ななみやつばき、コウやみかもいるのかもしれない。


 そして。

 サクもこの世界のどこかにいて、笑っている――そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スイカコス♪ ここで「もふリズ」が出てくるのですね。 [気になる点] 美人の先輩、あとでレポートを宿題で出すなんて、ずるい! 異世界の鍵の条件はちゃんと聞かないとだめですね(´⊙ω⊙`)…
[良い点] 出来事を振り返りながら、心に刻みつけようとしている すずちゃんがいじらしくて切ないです! この後の展開に期待……! [一言] ちゃんとレポート課題があるんですね。 夏休みの宿題で一気に現実…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ