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17:「3:30」

 すずの「ギフト」は、どうやら怪我を治すことしかできないらしい。怪我をしている人がいない時には、手のひらから光は生まれてこない。

 透明な人影にもまるで効果がなかったし、他の使い道は全く思いつかなかった。


「――ここにいても仕方ない。もうこの教室の電気もつかないみたいだし、ひとまず出よう」


 サクがすずの手を引いて、のろのろと歩きだした。みかが震える声でサクに問う。


「でも、どこに行くっていうの? どこにも安全な場所なんてないじゃない」

「コウが、『旧校舎』って言い残しただろ? とりあえず、そこに行ってみる」

「え……」


 みかは信じられない、と首を振る。


「サク、覚えてないの? 旧校舎って、真っ黒な闇に飲まれてたでしょ。あんな不気味なところに行くなんて……正気なの?」

「何もせず黙って消されるなんて、御免だろ。旧校舎は確かにおかしい。でも、だからこそ、何か手がかりがあるのかも」


 廊下を確認して、透明な人影がいないことにほっと胸を撫で下ろす。

 すずはサクに導かれて、暗い廊下へと足を踏みだした。みかは納得のいっていない様子だったけれど、諦めたように後をついてくる。


 旧校舎のところへ行くには、校舎内から一度外に出る必要がある。三人は壊した扉のところから出て、校舎の壁に沿って歩いていく。


「うわ、どうなってるんだよ、これ……」


 旧校舎の前で、サクが顔を引き攣らせた。みかに至っては顔を引き攣らせるどころか、ガチガチと歯を鳴らしている状態だ。

 すずはというと、闇に染められた不気味な建物を、ただ無感情に見つめていた。


 その建物は二階建てのようだった。黒い(もや)のようなものが、中から吹き出している。かろうじて壁や窓の形が確認できるけれど、時折真っ黒な布をかぶせたように、何も見えなくなる瞬間があった。


 まるで生きているかのようにうねり続けている不気味な闇に、ただ視線を奪われる。


 不思議なことに、すずはこの建物に恐怖を感じなかった。なんとなく、その闇の方が怯えている気がして、恐怖よりも憐憫の情をもよおしてしまう。

 恐がりで臆病者のすずだからこそ、その怯えを感じとったのかもしれない。


「すずちゃん、平気?」


 強張った表情のサクが、すずを振り返る。すずはこくりと頷いて、サクにそっと寄り添った。


「私は大丈夫です。サク先輩の方が顔色が悪いですよ」

「――すずちゃんは、本当にいざという時に強いね。尊敬する」


 サクがすずを優しく抱き締めてきた。急なことに、すずは驚いて固まる。

 けれど、すぐにサクの様子がいつもと違うことに気付いてしまった。


 サクの体はガタガタと震えており、ひとりでまともに立っていられないようだった。


 すずは慌ててサクの体を支え、落ち着かせようと背中を撫でる。


「大丈夫、大丈夫です。この旧校舎、そんなに悪い感じはしないですから」


 サクの震えが少しずつおさまっていく。こてり、とすずの肩にサクの額が当たった。

 首筋にサクの柔らかい髪が触れて、くすぐったくて笑ってしまう。

 すずの小さな笑いに釣られたのか、サクもふっと笑いを漏らした。


「――うん、落ち着いた。ありがとう、すずちゃん」

「いえ、私は何も」


 役に立てたことが嬉しくて、すずは口元を緩めてしまう。サクに助けてもらうばかりではなく、これからはこうやってすずもサクを助けていきたい。


 旧校舎の闇は、更に少し濃くなった。中には入るなと言わんばかりに、(もや)が大袈裟に吹き出してくる。

 どうしたら良いかと、サクとすずは頭を捻った。


「中に入って調べようかと思ってたけど、これは止めておいた方が良さそうだな」

「月の光も入らなさそうですし、危ないですよね……」

「それにここって、立ち入り禁止の場所だからね。確かに、危ない」


 どうやらこの旧校舎はとても古いものらしく、いつ倒壊するか分からないということで立ち入り禁止になっていたのだそう。

 とはいっても、簡単にロープを引っ張って「立ち入り禁止」と書かれた札をつけていただけのようだけれど。


 黒い闇のうねりの隙間から、ちらちらとそのロープと札が見える。


「うーん、でも、なんでコウが消える直前に『旧校舎』って言ったのかが気になるんだよな。絶対何かありそうなんだけど。――俺だけでも、中に入ろうか」

「え、駄目です! 中がどうなっているか分からないのに、そんな危険なこと」

「大丈夫。俺、中の構造はよく知ってるから」


 すずが目を瞬かせると、サクはバツが悪そうな顔をした。


「立ち入り禁止の旧校舎って、人がいないから好きだったんだよ。そりゃ、壁は時々ギシギシいってたし、床とか抜けてるところもあったけど。その、居心地が良くて、さ」


 人の目を盗んでは旧校舎で遊んでいた、とサクが白状する。すずは申し訳なさそうな顔で俯いたサクの手を、少し強めに握った。


「――過去にやってしまったことに対しては、何も言えないですけど。でも、これからはそういう危ないことは絶対にしないでくださいね? 心配になりますから」

「うん」


 すずの言葉に、サクが素直に頷いた。それがなんだか少し可愛く思えて、胸の奥がきゅんとなる。


 中に入るのはやっぱり危険だということで、旧校舎の周囲を確認するだけにした。幸い、透明な人影は校庭にとどまっているだけで、こちらに来る気配はない。

 校庭とは少し距離があるので、気付かれなければ大丈夫だろう。


 不意に(もや)が薄くなって、旧校舎の中がわずかに見えた。

 なんだか物置のような、ごちゃごちゃとした空間がそこにある。きっと不要なものを押し込んだに違いない。乱雑な印象を受ける物の置き方だった。


 ぐるっと一周してみたけれど、特に新しい発見はないまま、元の場所に戻ってくる。


「ああ、何も分からないな。どうしろっていうんだよ……」


 サクが頭を抱えて、大きくため息をつく。すずも眉を下げて、しょんぼりとしてしまう。

 ここで何か手がかりが見つかれば良かったのに。

 精神的にずっと緊張した状態が続くと、やっぱり辛い。


 そんな中、少し離れたところにいたみかが、急にしゃがみ込んだ。具合が悪いのか、青ざめた顔ではあはあと浅い呼吸を繰り返している。


「みか先輩! 大丈夫ですか?」


 すずの呼び掛けに、みかは苦しそうな表情をしながらも静かに頷いた。


「サク、すずちゃん。少し思い出したことがあるの。聞いてくれる?」


 みかが乾いた唇から短い息を吐き出しながら言う。サクとすずは顔を見合わせた後、同時に頷いた。


「私……私ね。旧校舎の中にいた」

「――は?」

「だから、私、放課後……旧校舎の中にいたのよ」


 みかが胸のあたりの服をぎゅっと掴み、少しずつ語る。


 この夜の学校で気が付く直前の記憶。

 それは、旧校舎の中にいたというもの。


 立ち入り禁止ではあるけれど、この旧校舎に侵入する生徒は珍しくなかったのだとか。


 その放課後の旧校舎に、みかはいた。ななみやゼン、つばきやコウ――そして、サクも。


 この夜の校舎に閉じ込められた生徒が、あの時みんな旧校舎の中にいたのだと――みかは、そう告げた。

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