16:「3:00」☆
限界突破したサクが、ようやく落ち着いた頃。
「さて、話を整理してみましょうか!」
みかがぱちんと手を打って、みんなを見回した。
「私が思い出せるのは、普通に学校にいたことくらい。確か、授業は全部終わって、放課後になっていたと思う。家に帰った記憶はないかな」
みかの言葉に大柄なコウがうんうんと同意を示す。サクも顎に手を当てて、しばらく考え込んでいたけれど、ゆっくりとひとつ頷いた。
「俺も、そんな感じだな。放課後になった頃までは記憶がある。英語の小テストがひどくて、また居残りかってうんざりしたのは覚えてるから」
「あの小テスト? あれ、楽勝だったでしょう? 受験生だっていうのに情けない」
「うるさいな。俺は英語苦手なんだよ」
みかとサクがまた軽い言い争いを始めた。すずはその様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
すずの励ましのせいで、サクが真っ赤になって瞳まで潤ませて震えるとは予想外だった。どうしようかと本気で心配したので、通常の状態に戻ってくれて安心した。
もう、大丈夫そう。
「うーん、学校で何かをしようと思っていた気はするのよね。すぐに帰ろうとはしてなかったのよ。でも、どこで何をしようとしていたのかは全然思い出せない」
「俺も。その放課後から、急にこの夜の学校に閉じ込められたって感じ。ああ、そうだ。気が付いた時、どこにいた?」
「私は保健室。コウは会議室だったよね」
「そうか。俺は三年の教室だったな。……で、すずちゃんは音楽室だよね」
サクが振り返ってにこりと微笑んだ。すずはこくりと頷いてみせる。
「みんなバラバラね。何か法則性とかあるのかもしれないけど……四人だけじゃ情報が足りないよ」
「そうだよな……」
教室の中に、束の間の静寂が訪れる。
教室を照らす明かりが、その静寂を笑うかのように瞬いていた。小さく震えているような光を見ながら、すずはふと疑問を覚えた。
「そういえば、八月なのに学校の授業があるんですね。補習とかですか?」
何気なく口にしたすずの疑問に、みかとサクはもちろん、コウまで変な顔をした。
「何を言ってるの? 今は九月でしょ、ねえサク?」
「うん、もう新学期も始まってる」
「え?」
すずはきょとんとしてしまった。それから、じわじわと羞恥心が湧いてくる。
――ここは異世界。すずのいた世界とは日付も時間も違って当然だ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、間違えてしまって! そうですよね、九月ですよね!」
「そんな慌てなくても良いよ、すずちゃん。俺も日付間違えること、よくあるし! 短い間にいろいろあったから、感覚もおかしくなるよね!」
サクのフォローが身にしみる。すずは全身が火照っているような気がして、汗をかいてしまった。
「そうですよね! この一晩の間に、いろいろありすぎですよね! ほら、さっきの地震にも驚いてしまいましたし!」
「地震……」
サクがぽつりと呟くと、さっと顔を青くした。すずはサクの急な変化に首を傾げる。
ふと、みかやコウを見てみると、そのふたりも揃って青い顔をしていた。
「ど、どうしたんですか……?」
教室の空気が一気に冷え込んでしまったような気がして、すずは焦った。そういえば、地震の後、この三人は異様に青ざめた顔をしていたように思う。
震度3か4くらいで、そんな大した被害もなかったのに。
「――いや、大丈夫。何でもない」
サクが青い顔のまま、力なく笑った。
――その時。
「あっ!」
みかが短く声をあげ、震える指で扉の方を指す。そこには、透明な人影がゆらゆらと揺れながら立っていた。
その数が、ひとり、ふたりと増えていく。
予想もしていない展開に、四人とも固まった。
その人影はこちらの存在をはっきりと把握しているかのように、迷いなく近付いてくる。
今までと違って、その動きが速い。
サクがすずを庇うように抱き込んだ。
ばちん。
何かが弾けるような音がしたかと思うと、視界が真っ暗になる。
教室の電気が消えたのだと、一拍遅れて理解した。急なことに目が慣れず、何も見えない状態が続く。
ようやく目が慣れてきて、周りを見ることができるようになった頃。
「コウ!」
みかの絶叫に近い声が飛ぶ。
コウの足が、透明な人影に掴まれていた。
コウは透明な手を振り切ろうと、足を必死に動かしている。でも、人影がさらに集まってきて、コウを取り囲んでいく。
コウのお腹のあたりに、真っ赤な色が滲み始めた。と同時に、その大きな体がぐらりと倒れ込む。
「すずちゃん、癒しの力、使える?」
サクがまっすぐにすずを見つめてきた。すずはこくりと頷いて立ち上がる。
「俺も、一緒に行くから」
サクはそう言って、すずの手を引く。透明な人影はコウしか見えないようで、みかやサク、すずには気が付いていないみたいだ。
コウに近付くと、その顔が苦悶に満ちているのがよく分かった。眉間に刻まれた皺は深く、今にも気絶してしまいそう。
すずはコウのお腹に手をかざす。黄色い光がすぐに溢れ出してきた。
痛々しい赤の染みがさっと消え、その傷跡もみるみるうちに塞がれていく。
でも、このままだとコウも消されてしまう。何か、コウを助けられる手段を新しく考えないといけない。
すずは手のひらの光を、試しに透明な人影に向けてみた。
透明な人影が元はこの世界にいた人間だというのなら、癒されることで何か変化が生まれるかもしれない。
けれど、残念ながらその予測は外れ、何も起こらないまま光は霧散してしまった。
コウの瞳が虚ろになり、灰色に染まっていく。
「コウ!」
サクがコウの肩を掴んだ。コウはびくりと体を揺らし、カサカサの唇を震わせて、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「放課後、旧校舎……」
「え、何だ、どういうことだ?」
「必ず、助け」
言葉の途中で、コウの体がさらさらと消えていった。
あまりに急なことに、言葉を失う。
――また。また、間に合わなかった。
透明な人影たちは、コウと一緒にその姿を消していた。これも、今まで通り。
真っ暗になってしまった教室に、月の光が涼やかに入り込む。
静かな教室に残ったのは、すずとサクとみかの三人のみ。
呆然と佇む三人の影は、ただただ冷たく床に伸びていた。
コウくんがログアウトしました。




