表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/29

15:「2:30」☆

 地震が起きたおかげで、廊下にいた透明な人影もいなくなっていた。どうして地震で人影が消えたのか、その原理は全く分からないけれど。

 まあ、ここは素直に助かったと喜ぶべきだろう。


「この辺りも人影がうようよしてたのに……綺麗に消えてるわね」


 みかが青ざめたままの顔で、震える声を出した。

 まっすぐに伸びる薄暗い廊下は、静けさに包まれている。歩きだすと足音が妙に遠くまで響いて、不気味に反響した。


 すずの手はサクにしっかりと握られている。一度遠慮しようと身を引いたのだけれど、そこは強引に手を取られてしまった。

 少し痛いくらいの強さで繋がれた手。もう、逃がしてはもらえなさそうだ。


「校舎内から、人影が消えた……?」


 サクが周囲を見回しながら、ぽつりと零す。その横顔はなぜか蒼白になっていた。


 月明かりだけしかないから、そう見えるのだろうか。

 それとも、何か恐ろしいことでも思いついたのか。


 四人は明るい教室まで、また戻ってくる。そこから校庭を覗いてみると、ゆらゆら揺れる人影の姿が見えた。

 どうやら校舎内の人影が消えただけで、外にはまだまだいるらしい。


 しかも、職員室で見た時と比べると、更に数が増えているような気がする。


「――あのさ」


 サクが蒼白な顔で口を開いた。明るい電気の下だとその青ざめた表情がよく分かり、すずは心配になってしまう。きゅっと繋いだ手に力を込めると、サクはちらりとすずを見て、少しだけ頬を緩めた。


「みか、コウ。ちょっと確認したいんだけどさ」

「なに?」

「俺たち、気が付いたらここにいたよな? その前……どこで、何してた?」

「え?」


 みかとコウはわけが分からないという顔をして、眉間に皺を寄せた。


「そうね……普通に学校にいた気がするけど」

「俺も、学校にいた気がするんだけどさ……気付いたらいきなり夜になってて。で、その直前の記憶が曖昧なんだ。思い出そうとしても、上手く思い出せない」

「そう言われてみると、私も思い出せない」


 みかが顔色(がんしょく)を失い、かたかたと震え始める。コウも同じように思い出せないのか、血の気が引いた顔をしていた。

 サクが唇を湿らせ、真剣な声音で言う。


「たぶん、何かがあったはずなんだ。この学校に閉じ込められる、原因となる何かが。――すずちゃんは、何か思い出せることはある?」


 ふっとみんなの視線がすずに集まってきた。背筋に冷たいものが走る。

 正直に言うべきか否か。でも、何と言ったら良いのだろう。


「あ、私は……」


 心臓が嫌な音を立てる。


 この世界がすずのために準備された歪な世界かもしれない、なんて。

 すず以外の人間は、透明な人影に消されるだけの存在なのかもしれない、なんて。


 みんながそうやって消された後に、すずだけこの世界から逃げることになるだろう、なんて。


 サクたちの世界を壊したのは、他でもないすずかもしれないのに……そんなこと。


 ――言えない。言えるわけがない。


 この場にいる誰よりも真っ青になって、すずはガタガタと震える。すずの急な変化にサクが驚いて、すずの肩に手を添えてきた。


「すずちゃん。思い出せないなら、無理しなくて良いよ。落ち着いて……大丈夫だから」


 気遣うように、そっとサクがすずを抱き締めてくれる。サクはぽんぽんとリズム良くすずの背中を叩き、「大丈夫、大丈夫だよ」と何度も囁いた。

 温かな体温に、すずの緊張が少しずつほぐれていく。


 この優しい人がいる世界を、どうやったら守れるのかな。

 これ以上誰も消えることなく、また、消えてしまった人も元に戻したい。

 「ギフト」で、なんとかできたら良いのに――。


 すずはサクにしがみつく。


 守りたい、と思った。

 「守ってあげる」と言ってくれたサクを、すずが守ってあげたい、と。


 臆病者で、弱虫なすずだけど。

 この世界では特別なようだから。


 何か――何かきっと、できることがあるはずだ。


「す、すずちゃん……?」


 サクの困惑した声が聞こえ、すずは顔を上げる。間近にサクの真っ赤な顔があった。

 さっきまで青い顔をしていたのに、一体どうしたというのだろう。

 首を傾げてじっとサクの顔を見つめていると、サクがふいっと目を逸らした。


「そんな可愛い顔で見つめられると、俺……」

「サク先輩?」

「うわ、ちょっと待って。ああ、心臓がうるさい! もう、すずちゃんが可愛すぎて、俺、おかしくなりそう!」


 サクの胸に手を当ててみると、確かに鼓動が速かった。

 生きている、ということが指先からまっすぐに伝わってくる。今はそのことがすごく嬉しくて、すずは思わず微笑んだ。


「その微笑み、反則!」


 サクはそう叫ぶと、片手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。でも、もう片方の手はすずの手をしっかりと握っていた。


 なぜ急にサクがこんな風に取り乱したのかは謎だけど、すずの中では少し気持ちの整理ができた気がする。


 すずは、すずにできることを精一杯やるだけだ。

 いつまでも後ろ向きなままでは、守れるものも守れなくなる。

 もう、逃げない。


 決意も新たに前向きになったすずの肩を、みかがぽんと叩いた。


「ね、すずちゃんって魔性の女なの? サクが照れすぎて変になってる」

「魔性、ですか?」

「あれ、自覚なし? サクにしがみついて、上目遣いでじっと見つめて。その上、胸に手まで当てて、頬を染めて、微笑んで。……サク、こう見えて女慣れなんてしてないからね。限界突破しそうになってる」

「ええっ?」


 しがみついたのと、サクの胸に手を当てたのは覚えがある。でも、その他は全く覚えがない。

 すずはおろおろとしながら、みかに助けを求めた。


「みか先輩、私、どうしたら……」

「いや、知らないけども」


 あっさり見捨てられた。


 すずは狼狽しつつも、サクと目線を合わせるために、ひとまず座る。

 すると、サクがほんの少し顔から手を退かした。

 すずとサクの視線が絡む。


「あの、サク先輩。なんか、ごめんなさい……」

「謝らないで。すずちゃんは何も悪くないんだから。――それより、その、幻滅してない?」

「何にですか?」

「俺に」


 情けないサクの言葉に、みかが耐えきれずに噴き出した。

 サクはむっとして、笑うみかをじろりと睨む。


 教室の空気はいつの間にか緩んでおり、四人は落ち着きを取り戻しつつあった。

 恐怖心がなくなったわけではないし、状況が好転したわけでもないけれど。


 まあ、仕切り直し、といったところだ。


 改めてすずはサクの手を握り、微笑んでみせる。


「幻滅なんてしませんよ。なんでそんなこと言うんですか」

「だって、俺、こんな照れて、かっこ悪い……」

「かっこ悪くなんかないです。サク先輩はすごく優しくて、頼りになって、かっこ良いです! 私、サク先輩のこと、とっても素敵だと思います!」


 すずの精いっぱいの励ましの言葉に、サクはとうとう限界突破した。




挿絵(By みてみん)

挿絵入れるの、緊張するけど結構楽しいです♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あの、限界突破したサクも可愛いんですけど……! 照れた顔がとってもキュートです♪ 挿絵本当に素敵ですね。小説とダブルで楽しませて頂いてます。 [一言] カッコつけたいい所だけ見せてくれるよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ