15:「2:30」☆
地震が起きたおかげで、廊下にいた透明な人影もいなくなっていた。どうして地震で人影が消えたのか、その原理は全く分からないけれど。
まあ、ここは素直に助かったと喜ぶべきだろう。
「この辺りも人影がうようよしてたのに……綺麗に消えてるわね」
みかが青ざめたままの顔で、震える声を出した。
まっすぐに伸びる薄暗い廊下は、静けさに包まれている。歩きだすと足音が妙に遠くまで響いて、不気味に反響した。
すずの手はサクにしっかりと握られている。一度遠慮しようと身を引いたのだけれど、そこは強引に手を取られてしまった。
少し痛いくらいの強さで繋がれた手。もう、逃がしてはもらえなさそうだ。
「校舎内から、人影が消えた……?」
サクが周囲を見回しながら、ぽつりと零す。その横顔はなぜか蒼白になっていた。
月明かりだけしかないから、そう見えるのだろうか。
それとも、何か恐ろしいことでも思いついたのか。
四人は明るい教室まで、また戻ってくる。そこから校庭を覗いてみると、ゆらゆら揺れる人影の姿が見えた。
どうやら校舎内の人影が消えただけで、外にはまだまだいるらしい。
しかも、職員室で見た時と比べると、更に数が増えているような気がする。
「――あのさ」
サクが蒼白な顔で口を開いた。明るい電気の下だとその青ざめた表情がよく分かり、すずは心配になってしまう。きゅっと繋いだ手に力を込めると、サクはちらりとすずを見て、少しだけ頬を緩めた。
「みか、コウ。ちょっと確認したいんだけどさ」
「なに?」
「俺たち、気が付いたらここにいたよな? その前……どこで、何してた?」
「え?」
みかとコウはわけが分からないという顔をして、眉間に皺を寄せた。
「そうね……普通に学校にいた気がするけど」
「俺も、学校にいた気がするんだけどさ……気付いたらいきなり夜になってて。で、その直前の記憶が曖昧なんだ。思い出そうとしても、上手く思い出せない」
「そう言われてみると、私も思い出せない」
みかが顔色を失い、かたかたと震え始める。コウも同じように思い出せないのか、血の気が引いた顔をしていた。
サクが唇を湿らせ、真剣な声音で言う。
「たぶん、何かがあったはずなんだ。この学校に閉じ込められる、原因となる何かが。――すずちゃんは、何か思い出せることはある?」
ふっとみんなの視線がすずに集まってきた。背筋に冷たいものが走る。
正直に言うべきか否か。でも、何と言ったら良いのだろう。
「あ、私は……」
心臓が嫌な音を立てる。
この世界がすずのために準備された歪な世界かもしれない、なんて。
すず以外の人間は、透明な人影に消されるだけの存在なのかもしれない、なんて。
みんながそうやって消された後に、すずだけこの世界から逃げることになるだろう、なんて。
サクたちの世界を壊したのは、他でもないすずかもしれないのに……そんなこと。
――言えない。言えるわけがない。
この場にいる誰よりも真っ青になって、すずはガタガタと震える。すずの急な変化にサクが驚いて、すずの肩に手を添えてきた。
「すずちゃん。思い出せないなら、無理しなくて良いよ。落ち着いて……大丈夫だから」
気遣うように、そっとサクがすずを抱き締めてくれる。サクはぽんぽんとリズム良くすずの背中を叩き、「大丈夫、大丈夫だよ」と何度も囁いた。
温かな体温に、すずの緊張が少しずつほぐれていく。
この優しい人がいる世界を、どうやったら守れるのかな。
これ以上誰も消えることなく、また、消えてしまった人も元に戻したい。
「ギフト」で、なんとかできたら良いのに――。
すずはサクにしがみつく。
守りたい、と思った。
「守ってあげる」と言ってくれたサクを、すずが守ってあげたい、と。
臆病者で、弱虫なすずだけど。
この世界では特別なようだから。
何か――何かきっと、できることがあるはずだ。
「す、すずちゃん……?」
サクの困惑した声が聞こえ、すずは顔を上げる。間近にサクの真っ赤な顔があった。
さっきまで青い顔をしていたのに、一体どうしたというのだろう。
首を傾げてじっとサクの顔を見つめていると、サクがふいっと目を逸らした。
「そんな可愛い顔で見つめられると、俺……」
「サク先輩?」
「うわ、ちょっと待って。ああ、心臓がうるさい! もう、すずちゃんが可愛すぎて、俺、おかしくなりそう!」
サクの胸に手を当ててみると、確かに鼓動が速かった。
生きている、ということが指先からまっすぐに伝わってくる。今はそのことがすごく嬉しくて、すずは思わず微笑んだ。
「その微笑み、反則!」
サクはそう叫ぶと、片手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。でも、もう片方の手はすずの手をしっかりと握っていた。
なぜ急にサクがこんな風に取り乱したのかは謎だけど、すずの中では少し気持ちの整理ができた気がする。
すずは、すずにできることを精一杯やるだけだ。
いつまでも後ろ向きなままでは、守れるものも守れなくなる。
もう、逃げない。
決意も新たに前向きになったすずの肩を、みかがぽんと叩いた。
「ね、すずちゃんって魔性の女なの? サクが照れすぎて変になってる」
「魔性、ですか?」
「あれ、自覚なし? サクにしがみついて、上目遣いでじっと見つめて。その上、胸に手まで当てて、頬を染めて、微笑んで。……サク、こう見えて女慣れなんてしてないからね。限界突破しそうになってる」
「ええっ?」
しがみついたのと、サクの胸に手を当てたのは覚えがある。でも、その他は全く覚えがない。
すずはおろおろとしながら、みかに助けを求めた。
「みか先輩、私、どうしたら……」
「いや、知らないけども」
あっさり見捨てられた。
すずは狼狽しつつも、サクと目線を合わせるために、ひとまず座る。
すると、サクがほんの少し顔から手を退かした。
すずとサクの視線が絡む。
「あの、サク先輩。なんか、ごめんなさい……」
「謝らないで。すずちゃんは何も悪くないんだから。――それより、その、幻滅してない?」
「何にですか?」
「俺に」
情けないサクの言葉に、みかが耐えきれずに噴き出した。
サクはむっとして、笑うみかをじろりと睨む。
教室の空気はいつの間にか緩んでおり、四人は落ち着きを取り戻しつつあった。
恐怖心がなくなったわけではないし、状況が好転したわけでもないけれど。
まあ、仕切り直し、といったところだ。
改めてすずはサクの手を握り、微笑んでみせる。
「幻滅なんてしませんよ。なんでそんなこと言うんですか」
「だって、俺、こんな照れて、かっこ悪い……」
「かっこ悪くなんかないです。サク先輩はすごく優しくて、頼りになって、かっこ良いです! 私、サク先輩のこと、とっても素敵だと思います!」
すずの精いっぱいの励ましの言葉に、サクはとうとう限界突破した。
挿絵入れるの、緊張するけど結構楽しいです♪




