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12:「1:00」☆

 考えてみれば、出逢ってすぐの時からこんな風に手を繋いでもらっていた気がする。

 その後も、ことあるごとにサクはすずの手を引いて歩いてくれた。


 人見知りで、臆病で、意気地なしのすずを。

 小心者で、弱虫で、恐がりなすずなんかを。


 いつもサクは微笑みながら、優しく、導いてくれる。


 適度な距離を置いておこうという当初の考えは、もうさっぱりと打ち砕かれてしまっていた。

 すずはサクの手をぎゅっと握り、サクのすぐ傍を歩く。


「すずちゃん、疲れてない? 結構歩きっぱなしだし、足とかだるくない?」

「えっと、平気です。ありがとうございます、サク先輩」

「そっか。それなら良かった」


 サクが嬉しそうな表情を浮かべ、すずを見つめてくる。

 月明かりだけが頼りのこの薄暗い校舎内は、本来ならもっと不気味に見えそうなものだけれど。

 この甘いサクのおかげで、恐さが全く感じられなくなっていた。


 四人は夜の学校の廊下を、つばきを探して進み続ける。


「あと見てないのは、職員室と校長室くらい? そこにもいなかったらどうする?」

「また最初から探し直す。たぶん、つばきも移動し続けているんだ。そのうち鉢合わせする時も来るだろ」


 そう言いつつ、職員室の扉をサクが慎重に開ける。

 すると、中から何か書類のようなものが落ちる音がした。


 四人は一斉に身構える。


「――って、つばき?」


 青白く光が反射する職員室の隅に、ポニーテールの少女の姿が見えた。ぼんやりとした表情で窓際に立ち、じっと外を眺めている。

 みかが早足でつばきに近付き、その体をぎゅっと抱き締めた。


「良かった、無事で。心配したのよ」

「――みか先輩?」


 小さく細いつばきの声。その声はすぐに、くすくすと歌うような笑い声に変わった。


「ふふ、先輩。ここからなら、よく校庭が見えますよ。あの怪しい人影、今もどんどん増えているんです。――それに、気付いてますか? ほら、旧校舎。まるで、この世の終わりみたい……」


 職員室の窓からは、校庭と旧校舎がよく見えた。中でも目を引くのは、どす黒い染まった闇に包まれた旧校舎。今にも襲いかかってきそうなほどの圧迫感がある。


「ひっ」


 みかが青ざめて後ずさった。ガツンと職員用の机にぶつかり、本やプリントが床に落ちていく。

 つばきは外を眺め、くすくすと笑っていた。


「あの人影、私たちを探しているんですよ。私たちを捕まえて、この世界から消すために。……ねえ、もう良いじゃないですか。私、もう疲れちゃいました」


 静かな微笑みを浮かべたつばきは、妖艶で、儚げに見えた。


 すずは隣にいるサクの手をぎゅっと握る。すると、サクはすずをそっと抱き寄せてくれた。

 黒に塗り潰された旧校舎が目に入らないように、サク自身の体を盾にして。


 でも、旧校舎や人影よりも、なぜか微笑むつばきの方が恐いなと思う。何もかもを諦めて、どこか自分の世界に閉じこもってしまったかのような態度。助かりたい、生き残りたいという思いを失くしたその表情……。


 すずはつばきから目を逸らし、サクにしがみつく。ガタガタとみっともないくらいに体が震えた。


「あ、ほら、お迎えですよ」


 つばきがうっとりした声で言った。

 すずは恐る恐るつばきの方へと視線を戻す。


 まっすぐ伸ばしたつばきの白い指先。そこには、透明な人影の姿。

 ゆらりゆらりと揺れるその人影は、三つある。


「つ、つばき! 逃げて!」


 みかが切羽詰まった声で叫ぶ。そのみかは腰が抜けてしまっているようで、床の上に座ったままおろおろとしている。

 つばきは目の前で怯えているみかに、何の温度も感じられない視線を投げかけた。


 透明な人影は、誘われるようにつばきを取り囲む。ゆらりと揺れた人影の手が、つばきの肩と腰に触れた。


 駄目!

 このままじゃ、消される!


「つばき先輩!」


 すずはサクの手を離し、つばきの元へと駆け寄った。

 後ろからサクが「すずちゃん!」と声を掛けてくる。でも、すずにはその声に応える余裕なんてなかった。


 とにかく、透明な人影からつばきを取り戻さないと。すずは透明な手を払おうと試みる。

 けれど、透明な手はやはりすずの手を擦り抜けてしまうみたいだ。引き剥がそうとしても、無駄だった。


 がくり、と不意につばきの体から力が抜ける。顔色がみるみる悪くなっていき、瞳からは光が失せた。

 虚ろな瞳が、徐々に灰色に染まっていく。


 ななみやゼンの時と同じだ。このままでは、つばきまで本当に消えてしまう。

 どうにかして助けないと、とすずは唇を噛む。


 どうしたら良い?

 何か、できることは?


 その時、つばきから小さな声が漏れた。


「――痛いよ。なんで……? 止めて、引っぱらないで……」


 つばきの灰色の瞳から、涙が零れ落ちた。長い睫毛が濡れて、きらりと光る。

 と同時に、つばきの両腕と太腿のあたりが赤く染まっていく。


 ――すずちゃんの力は、変な力なんかじゃないよ。それは、癒しの力だよ。


 ふと、サクの言葉を思い出す。

 すずは咄嗟につばきの腕に手をかざした。


 お願い、「ギフト」。

 癒しの力だっていうのなら、今、その力を貸して!


 すずは必死に祈った。


 その祈りが天に届いたのか、ふわり、と手のひらから黄色い光が湧いてくる。その光は、つばきの両腕と太腿のあたりを優しく覆った。

 つばきの傷がみるみる塞がっていき、跡形もなく消える。すずの手のひらから生まれた光は、つばきを癒し終わった途端、ふっと霧散していった。


 それは、ほんの数十秒ほどのこと。

 誰かが、息を呑む音がした。


 良かった。治せた。

 サクが言った通り、すずの「ギフト」は癒しの力だったみたいだ。


 痛みと苦しみから解き放たれたつばきの顔は、今までで一番穏やかに見えた。

 ほっとしたすずだったけれど、ふと顔を上げて目を瞠った。透明な人影は、まだつばきのことを諦めてなんかいない。


 既に二つの人影がつばきの体を絡めとっているというのに、さらにもうひとりが近付いてこようとしている。


「――え?」


 すずはその近付いてくる透明な人影を見て、雷に打たれたような気がした。その人影は他の人影よりもシルエットがくっきりとしている。


 すずは呆然とした。

 この人、見たことがある。


 眼鏡をかけた気難しそうな少年。ゲームが好きで、その話になると楽しそうな顔をしていた。

 すずにフレンドIDを教えてくれて、友達になってくれようとした、あの人だ――!


 つばきもすずと同時にその人影が誰なのかを悟ったようだった。よどんだ灰色の瞳が、その人影を捕らえる。


「ゼン……」


 つばきの手が、透明なゼンの方へと伸ばされた。透明になったゼンは何も言わず、揺らめく手でそれに応える。


「ゼン、助けて」


 つばきの掠れた声が、職員室に響いた。ゼンの透明な手がつばきを掴み、そのままどこかへ引きずっていこうとする。


 そして、次の瞬間。


 つばきの体が、さらさらと細かい砂のようになって消えていく。

 透明なゼンも、一度大きく揺らめいた後、つばきと一緒に消えていった。




挿絵(By みてみん)

つばき先輩がログアウトしました。

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