第610話『シャドーブレイク』
お待たせしました。
第610話の執筆が完了しました。
宜しくお願い致します。
《ノルン視点》
なぜだろう。私の役割は終わっているのに、もう存在価値などどこにもないのに、心の底が火山のように煮えたぎっている。
本来、私はゼウスによって滅ぼされる予定だった。だけどカレンさんの機転によって生かされた。これは私の未来予測になかった事態だ。
延命した私だが、その後は?
私の任務は終わった。世界一重苦しい立場から解放された。そして帰る場所も消えた。
私には何もない?
じゃあ、この影の国で余生を過ごせばいい。
未来は彼らに託したし、もういいじゃない。未来予測によると、私がいなくてもゼウスは一万年後に倒されるらしい。
なら私はもう必要ない。あとはここでゆっくりしよう。私はもう疲れてしまった。
ユリウス王にお願いしよう。
今後は女神ではなく、この国の民となって、王の役に立つと。
『確かにノルン殿は我々にはない力を持つだろう。ならば我々にとってもノルン殿をここに置くメリットはある』
ユリウス王はまんざらでもなさそうだったが、条件が3つあるらしい。
『条件……ですか?』
『ああ、まず1つ目の条件だが――』
それは――
『もう死んでも構わないなどと思わないこと』
『ああ、確かにそうですね。この国に尽くすと決めた以上は勝手に死ぬわけにはいきませんからね』
『それはそうだが、そうではなくてだな……まあいい。次へ行こう。二つ目、ここで暮らす以上はこの国のルールに従ってもらう』
『それはもちろんですわ』
『ルールを破れば厳しい罰則が待っている』
『それはどんな?』
『それは――』
ゴクリと固唾を飲む。
『一週間、この宮殿の清掃をやってもらう』
『……え? それだけですか?』
『ああ。まあどのルールを破ったかによって罰則の内容も重さも変わるが、基本的には清掃となる』
いや何で清掃? 悪いことしちゃった小学生かよ。
『最後に三つ、地上の人間を大切に思うなら、助けに行ってやれ。もう自分の心に嘘をつくな』
『…………え?』
何を言ってるんだろうか? 私は嘘をついていない。いや確かに地上の人間を大切には思っているが、私が助けるまでもなく目的は達成する。未来予測がそう結論づいている。
『えっと、あの……私嘘はついてませんよ』
――あれ、何だろう。
『いや、嘘だ』
――何か変だ。
『いえいえ、そんなことは――』
――熱い。
『じゃあなぜ、ノルン殿は今、泣いているのだ?』
『え――』
頬を伝う違和感の正体にようやく気づいた。どうやら私はエラーで涙を流していたらしい。
『あれ、なぜ泣いているのでしょう? 何かのバグですかね』
これは間違いなくバグだ。ちっとも悲しくもないのに泣くなんてどうかしている。
『いいやバグではない。ノルン殿は今、悲しんでいるのだ』
『悲しんでいる……?』
どういうことだ。私は全然悲しくなんてない。悲しいはずはない。だって、だって私は女神だから、人並みの欲をかいてはいけないの。
間違っても、本当は皆さんを助けたいなんて思ってはいけないの。
『だめ……だめ……私は……わたしは……』
拭っても拭ってもきりがないほど溢れる涙に対応しきれない。これは深刻なバグだ。早くなんとかしないと。
『ノルン殿、なぜ貴女が泣いているのか教えてやろう。本当は貴女は仲間を助けに行きたいのではないか? だが、女神という立場があるから本音を出すことはできない。だから苦しんで泣いている。違うか?』
ユリウスは完璧な観察眼を以て私の心を暴いた。いや違う、違う違う、違う違う違う、私は、私は――
『……』
自分の心に嘘はつけない。本当は――でも認めてはいけない。私は人間にはなれない。
でも、あの日々は――とても楽しかった。だけど、それはそれ。私は女神としての矜持を守る。
『……いいえ、これはバグです。この身体も長年酷使し続けてきましたから、不調の一つや二つあっても不自然ではないです』
私はそう言って冷静に涙を拭った。そのタイミングで涙も引っ込んだ。いや引っ込めた。
また涙が溢れないように涙腺を止めておこう。やり方は知らないけど、気合と根性だけでやるしかない。
今回は不覚だったけど、もう二度と人前で涙は見せない。
『すみません、お見苦しいところを』
そう言うと、ユリウスさんはどこか悲しそうな顔をした。
『いや、大丈夫だ』
ユリウスさんはそう言った後、先ほど私が渡した小さな赤い箱を手に持ち、突起ボタンを押した。
そういえば、彼ずっと半裸でしたね。早く服を着たかったんでしょうね。
『おおっ、本当に勢いよく出てくるな』
ユリウスさんの目の前にドサドサと衣類が積み上がり、せっかく片付けた部屋も半分以上が衣類に侵食された。ゴミ山かよ。下手したらまたダンジョン化する勢いだ。
『さて、私の服はどれだ?』
如何せんユリウスさん(女性)の服が多いので、どこに自分の服があるか分からない。
『同じ私とはいえ、女性の衣類に手を触れるのは抵抗がある。シズカ、代わりに私の服を取り出してくれないか?』
『承知致しました!』
『助かる』
命令通りシズカさんが代わりにユリウスさんの衣類を取り出した。しかも男性用の下着もあるのに躊躇なく触れている。さては普段からシズカさんに洗濯させてるな。
『今回はノルン様が収納して下さったから良かったですが、脱いだ衣類は洗濯カゴに入れて下さいって何度も言ってるじゃないですか、分かってますか王様?』
『す、すまない……分かってはいるんだ……でもなぜか脱いだ後は何も考えられなくてな、ついその辺に置いてしまうんだ』
バツが悪そうに頭をかくユリウスさん。
『多忙なのは承知していますが、それにしても限度というものがあります。せめて自分で服を取り出せるくらいはやって下さらないと』
『はい、すみませんでした……』
王の威厳はどこへやら、まるで母親に怒られる息子のようだ。
『ノルン様、すみません。お見苦しいところを……』
シズカさんは申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
『いいえ、私もお見苦しいところをお見せしてしまったので、これでおあいこです』
『いえいえ、そんな滅相もございません!』
さらに深々と頭を下げるシズカさん。
いえいえこちらのほうが、と言いたいところだが、このままでは、あおいさんのようにネガティブ謝罪合戦となってしまうので、ここで打ち止めした方が良さそうだ。
『ん?』
私は後ろを振り返った。
『どうかされましたか?』
『……いえ、何でもありません』
全く、仕方がないですわね。
『改めてユリウスさん、いえユリウス王』
『ん?』
『条件を全て飲みます。今後とも宜しくお願いします』
『ああ、よろしく頼むぞ』
こうして私はこの大都市シャドーの住民兼ユリウス王の従者として置かせてもらうこととなった。
『早速だが、ノルン殿に頼みがある』
『何でしょう?』
記念すべき第1回目の命令。どんな頼みでも全部叶えてみせますわ。もしできなければ全裸で逆立ちして、この国を一周してやってもいいですわよ! オーッホッホッホ!
『地上の人間達を助けてやってほしい』
『……え?』
グッバイ、私の尊厳。
第610話を見て下さり、ありがとうございます。
皆様がこの話を見て楽しめたのなら幸いです(^^)
次回も宜しくお願い致します。




