EPISODE3『精霊と妖精③』
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いよいよ最奥の部屋が開かれた。
奥には大きいモニターが二つ壁に張り付いており、その下にはキーボードとよく分からないボタンが並んでいた。
それ以外は質素な部屋だった。廊下や他のフロアでさえ、多少サイバー感はあったものの、この部屋だけはかなりシンプルに白で染まっている。
真ん中には小さい机が置いてあり、そこに紅茶のカップが湯気を出している。
一人の白衣を纏った女がいた。先ほどの凛々しい声の女性だろうか。ボスや幹部というよりは研究員という感じの風貌だ。
長く赤い髪は束ねられていて、メガネも装着している。
『君が橋本ルカだな』
どうやらルカの素性は知られているらしい。彼女自身は目の前の白衣の女を存じていないが。
『そうだけど、あなたは?』
『私の名はモーガン。このアジトのボスだよ』
『何で私をここに連れてきたの?』
『君が真の妖精としての素質があるからだよ』
『真の妖精……?』
聞き慣れない言葉だったが、不思議と血が滾る魔法の呪文のようでもあった。
だが、その感覚だけでは理解が深まるわけがない。モーガンは用意してきたように、部屋を暗くし、モニターに資料を映し出す。
資料には文字がビッシリと埋め尽くされているが、視覚的に分かりやすく理解できるように図もいくつか載せてある。
『真の妖精とは、選ばれた者だ。他の妖精とは異なり、力を引き出しやすい体質。つまり戦闘に特化した存在だ』
『それが私……?』
モーガンは頷いた。
『妖精とは現代で言う精霊のことだ。大昔は妖精と人間の争いが絶えなかった。多くの命を失われた。終結後は共存を望み、互いの遺恨を残さないように妖精は精霊と名を変え、恨みを次世代の子に押し付けることを禁止とした。そのおかげでそれ以降の時代の種族間の戦争が起こることはなかった。それはいい。だがその代わり妖精という概念が消え去った。それは我々妖精の誇りを失うことと同義なのだ』
世界が平和を手にした代償。それは決して小さいものではなかった。とはいえ後に勃発した戦争で落としたであろう命を亡くさずに済んだのは大きな功績と言える。憤るモーガンもそれ自体を否定するわけではない。ただ精霊などという名に変えるという屈辱に耐えられないだけだ。
『だから、我々は今一度妖精という概念を世界に刻みつける。そのために現国王であるオベイロンを倒す。手段は問わない。平和を壊しても構わない』
たとえ罪のない国民を犠牲にしても、国を攻め落とす気のようだ。
『それはつまり多くの人の命を落としてもいいってこと?』
半洗脳状態のルカでも、そこだけは聞き流せない。返答次第ではルカはここで剣を抜くことになるだろう。
『ああ、それも必要な犠牲さ』
――刹那、憤るルカは剣を抜いた。
ただ殺意はなく、モーガンを止める為だけに宙を描く剣筋。それは首元まで迫ったが――
『え……!?』
刃は彼女の柔肌に当たらなかった。いや、元より首を飛ばすつもりはなかったが、剣にどれだけの力を込めても動かなくなったのだ。ルカの意思は剣から外れた。
『ケルちゃん!』
黄昏のケルベロス。それが今ルカが持つ剣の名だ。このように呼べば多少なりとも返事はするはずだ。
『……』
しかし返事がなかった。まるでただの剣のように、人の手によってなるがままに動かされている。
『ケルちゃん返事して!』
返事の催促を行うも、無機物として黙するのみ。
『どうなってるの……?』
『無駄だよ。君の剣……黄昏のケルベロス? の意識は眠ってもらった。私が指示するか倒れるかするまではこのままだよ』
『そんな……!』
『しかしこの剣、まさか本当に意思があるとはね。最初見た時は驚いたけど、妖精の術に弱くて助かった』
黄昏のケルベロスの意思が眠ったままだとしても剣としての機能は健在だが、それ以外の能力は封印されている。
『この力は古代の妖精の力。意識を奪ったのは眠りの妖精、私への攻撃を阻止したのは守りの妖精』
『なに、それ……?』
『聞いたことなどないだろう。我々真の妖精しか使えないのだから』
『早くケルちゃんの意識を戻して』
『君も真の妖精になればいい』
『どうしたらいいの?』
モーガンはニヤリと口角を上げた。
『教えてあげよう。でもそれには条件がある』
『なに?』
ルカは嫌な予感を覚えつつ、モーガンの囁きに耳を傾けた。
『オベイロンを裏切れ。我々妖精軍に降れ』
案の定、彼女にとって都合の悪い内容だった。
『嫌――』
『嫌だとは言わせない! 従わなければ君の愛しの剣は一生このままだよ!』
明確に剣を人質に取ってきたモーガン。
『そんな……!』
成すすべなく、泣きそうな顔でへたり込むルカ。
(なんでこんなことになったの……ディーンさん、私どうしたらいいの?)
――答えてよ。
かつての頼れる大人の幻影が、彼女を見下ろす。彼女にしか視認できないそれは此処には存在せず、ただ彼女の行く末を見るだけ。
――何か言ってよ。私を助けてよ。
『……うぅ』
とうとう涙を流してしまう彼女に、モーガンは本気で同情してるような表情で肩を置く。
『大丈夫だ。君は救われる。今は喋らない剣も元通りだ。私だって可憐な君の顔を涙で歪ませるのは本意じゃない。ただ君には協力してほしいだけなんだ』
『……』
静かに涙を流しながら、モーガンの話を耳に入れる。
『約束するよ。私達に協力さえしてくれれば、剣を戻すだけじゃなくて君の望みも叶えてあげる』
甘い言葉を付け足すモーガン。その声色はまるで天使のような女神のような優しく包み込んでくる。
そこにいるシルフもそうだが、もしかしたらこの組織は悪い人の集まりではないのかもしれない。むしろ善人しかいない。彼女達はただ譲れない思いがあって、それを叶えたいだけなのかもしれない。
――橋本ルカはそう思ってしまった。戦争による犠牲を許容し、黄昏のケルベロスを人質に取った彼女にも関わらず。
『分かった。モーガンさんに協力するよ』
泣べそをかいていた少女とは思えない、凛々しい顔で決意を顕にする。
モーガンはまるで我が子の成長を見るように、感極まった涙を流しながらルカを抱きしめる。
『ありがとう……!』
モーガンは堪らず感謝の言葉を口にする。
端から見れば感動のシーンだろう。彼女の裏の思惑さえ知らなければ。
――こうして彼女は術中にハマっていく。
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