第542話『泣きそう。色々な意味で』
本当ならゆっくりと観光したかったが、ノルン様が、
橋本ルカさん、ルカ・ヴァルキリーさんへ
侵略者の対処お疲れ様でした。身体は休めましたでしょうか? こちらでスイーツを用意したので、帰ってきたら、ぜひご馳走させて下さい。待ってます。
オーガスト・ディーンさんへ。
色々あって大変だったでしょうが、早く帰って仕事しろカス。
と、それぞれにメッセージを送っていた。
……あんのクソ女神の元へなんて帰りたくない。俺はこのままオベイロンの家で暮らして、クラウディアさんとキャッキャウフフな人生を送るんだい!
……なんて言えるほど、俺の度胸は座っちゃいない。ここに滞在し続ければ、いずれここにノルン様の魔の手が迫り、強制送還はもちろん、ノルン様の兵器である“シュヴァルツシルトトマトブラッドバーニングラインヴァイズ”を食わせられるだろう。死ぬ。今度こそ間違いなく死ぬ。
観念して帰るしかないようだ。社畜万歳。
シャイに関しては、俺が起きた後に約束通り話してくれたが、どうやら一万年後の未来で死んだ後に、様々な世界の住民に転生し、やがて、別の世界線のゴールドちゃん、そしてこの精霊世界の宇宙人の奴隷に転生していたらしい。
今のシャイの身体の持ち主は既に天に召されているので、魂だけ出て行って、死体は精霊達があとで丁寧に葬儀してくれるそうだ。
魂だけとなったシャイは、一緒に俺達についてくることとなった。
――そして、ついにその時がやってきた。
オベイロン邸の前に異次元ゲートが現れた。中を見ると宇宙空間のような景色が見える。くぐれば別の世界線に行くことができる。
このゲートは突然現れたものではなく、ある女神が事前にオベイロンの許可を取ってセットしたものだ。
ルカちゃん、カヴァちゃん、シャイ、そして俺の4人は、これからこのゲートに入って帰還するのだ。
そのお見送りをする為に、オベイロンを含めた精霊一同が並んでいる。
『侵略者の件では本当に世話になった。心から感謝する』
オベイロンは王という身分でありながら、頭を下げて感謝の意を伝える。
『礼はいいよ。それよりも生き残った宇宙人達……特にブリュンヒルデは大人しくしてるのか?』
現在は収監されているので、彼らの様子を全く把握していない。
『ああ、意外にも我々の指示に従ってくれている。何でも敗者の人生は勝者の物だと語っていてな、賠償としてまず宇宙船に積まれた食料や資材を全て差し出すとのことだった』
勝利すれば全てを奪うが、敗北すれば全てを差し出すか。なるほど、ブリュンヒルデらしい言い分だ。
侵略者なんてろくでもないが、あいつにはあいつなりの強い信念があるってことか。
『宇宙の食材に資材か。未知の領域だな』
どんな物か地味に気になる。
『ああ、こちらで実用性や危険性の有無も試してから使うことになるだろうな』
宇宙人には合うけど、精霊には合わない食料もあるかもしれないしな。こればかりは流通するまで時間がかかってしまうのも仕方がない。
『さて、そろそろ時間か』
『ああ、ノルン様が早く戻れカスって言ってるから早く帰らなきゃ』
『そ、そうなのか……大変だな』
苦笑いするオベイロン。同情してくれるなら退職代行頼まれてくれないだろうか。
『じゃあね、オベイロンさん』
ルカちゃんは手を振って、別れのジェスチャーを披露した。
『ルカ、もう一人の……カヴァも元気でな』
いつの間にかあだ名で呼ばれていたカヴァちゃんも、コクリと頷いた。
『シャイと言ったな。初めての観光なのに、ろくにもてなすこもできず、申し訳ない』
『いいや、気にするな王様。私は元々観光に来たわけではなく、偶然この世界線に来ただけだ』
『もし、また来てくれれば、その時は最高級のもてなしをさせてほしい』
『ああ、楽しみにしてるよ』
全員と話し終わったところで、4人はいよいよゲートに足を踏み入れようとする。
『じゃあな!』
別れの時が来た。見送ってくれる精霊達に俺を含めた4人はそれぞれ手を振る。
『どうか元気でな! 何かあったら我々精霊軍も助けに行くからな!』
精霊達の声も聞こえる。『お元気で!』と別れの言葉を精一杯放っている。
人によっては深く関わった者もいることだろう。その分別れが辛くてしんみりしてしまう。
特にルカちゃんは涙を流している。元々精霊界が嫌で抜け出してきたにも関わらず、今は別れを惜しんでいるのだ。当初の彼女からは到底想像できない姿だ。もしも過去の彼女が今の彼女の事を説明しても、1ミリも信頼しないだろう。
完全にゲートの中に入った。精霊達の声は聞こえない。ここには俺達のみ。
ゲートの内装は宇宙空間のデザインを採用しているが、酸素は普通に取り込める。
『オベイロン達ともっと話したかったけど、やっと帰れるな』
またしても別世界に来てしまった! なんて展開はもうゴメンだぞ? いい加減帰らせてくれ。
『うん……そうだね……』
涙の痕を残したルカちゃんは笑顔でそう言った。別れを惜しみながらも帰りたいという気持ちは強いようだ。
マーリンやあおいちゃん、パーシヴァルやバレスも家で待ってる。仲の良い同級生も学校にいる。
離れてたのはここ数日の時間なのに何故か数ヶ月くらい家を空けてたような感覚だ。
『ねえルカちゃん、カヴァちゃん』
『ん?』
『何でしょうか……?』
俺は一瞬言葉を喉に留めたが、迷った末、口を出した。
『精霊界は楽しかった?』
ルカちゃんの過去を考えると、こんな事を聞いていいのか迷ったが、きっと大丈夫だ。あの世界にはルカちゃんを苦しめる者はもういないのだから。
『うん、楽しかった』
満面の笑みでそう言った。もはや多くは語らない。
『そっか、それは良かった』
本当に良かった。
『また来ようね』
『うん!』
この笑顔が、俺の心の虚無に色をつけた。いつまでも目に留めたくなるような綺麗な色だ。
また彼女の笑顔が見たい。その為にも――いや、もう言うまでもない。
家に帰ろう。




