第538話『それぞれの信念』
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全宇宙最強の戦闘能力を誇る彼女の名は、ブリュンヒルデ・ワルキューレ。スレンダーな美女であり、生まれてから敗北の味を知ることなく、天下無双の道を歩んできた。
そんな彼女は今、異世界の元勇者であるダストを、おもちゃで遊ぶように倒してしまった。
部屋の隅に寄りかかったまま返事のない彼を、ただ見つめている。
『……』
ブリュンヒルデは勝利の確信を得ているものの、そこに歓喜の心は一切ない。
これは作業だ。害虫駆除のように侵入者を叩き潰すだけの簡単な業務だ。そこにちょっとした遊び心を加えただけ。まあ、それでもあまり面白くはなかったようだが。
『これまでか』
動かなくなった相手を放置し、そのまま踵を返した。
次は最後の侵入者であるシャイを狙う。
シャイは敵わないと分かっていても、抵抗をやめずに剣を取る。
3歩ほど歩いたところで、ブリュンヒルデは異変を察知し、足を止めた。
『ん?』
僅かな物音が後ろから聞こえた。それは部下の仕業ではなく、自然から発せられた音でもない。
となると、おそらく彼だ。先程ブリュンヒルデが倒した男だ。倒れているのに何故? という疑問を持つ時間すら今は惜しい。
振り向くのは簡単だ。ちょっと様子を見ればいいのだから。だが、おそらくそんな時間すらない。ブリュンヒルデは直感的にそう思い、反射的に身体を宙に浮かせた。
これは魔法でも何でもなく、ただ床を強く蹴っただけで、まるで空を飛ぶように宙を舞うことができるのだ。
ブリュンヒルデの視点で下を見てみると、そこには、倒したはずの彼が剣を水平に振っていた。
立ち上がれない程の傷は既に癒えており、それどころか、この数秒の間にこの場に残った宇宙人軍は幹部とブリュンヒルデのみとなっていた。
『いつの間に……!』
(私に速攻で倒されたのは演技だったのか……! いや、違う。奴は別人だ。だが、その割には息遣いや仕草、共に相違がない。本人であって、本人ではない。つまりは多重人格者か。なるほど、あの回復力……肉体が同期であっても、知識量が違うということか)
2割程残っていた部下達は彼の一太刀によって、ほとんどが死屍累々の仲間入りを果たし、僅かに残った幹部達もそれに近い重症を負った。
『この私を出し抜くとは……!』
ブリュンヒルデが着地すると、すぐに床を蹴り、彼の元へ走り出す。
彼に向けて拳を振りかざすと、空気ごと遥か彼方に押し出す勢いで突き出す。
拳によって歪められた空気が竜巻となり、彼に襲いかかる。
しかし、その竜巻は彼に触れた瞬間、何事もなかったかのようにかき消された。
『なに……?』
何が起きたのか理解できなかった。
特別彼が何かをしたという動作は無かった。ただ竜巻の拳圧に触れただけで、この結果である。
今までなら考えられないような超常現象だ。彼女の攻撃を避けた者はいても、攻撃そのものをかき消した者など今まで存在しなかった。
にも関わらず、ブリュンヒルデは僅かに笑い、彼に攻撃を続ける。
『はあああああああああああああ!!!!!』
雄叫びと共に繰り出される拳と足。そのどれもがビルや戦闘機を一発で破壊できるレベルの強さだ。一発でも当たればただでは済まない。
しかし、彼はそれに触れても尚、傷一つつかない。それこそまるで魔法のように。
(先ほどの透明な壁が張ってあるわけじゃなさそうだ。確かにあの男に私の拳が当たっている。だが、どれも手応えがない)
『くっ……!』
ブリュンヒルデは一旦下がる。
(一体どういうトリックを使った?)
『――トリックではない』
距離を取ったはずの彼がブリュンヒルデの心を読み、耳元で囁いた。
『!?』
ブリュンヒルデは反射的に距離を取ると、またしても後ろに彼がいる。どうやら、一瞬にして回り込まれたようだ。
(速い!)
ブリュンヒルデは咄嗟に足蹴りをかましたが、彼は片腕で難なく防御した。
『硬いな……貴様……!』
『当然だ。俺は勇者だからな』
『勇者……? よく分からんが、貴様をこの私すら脅かす強者と認定するぞ!』
自分の脅威が現れたと言っている本人が、最も感情を昂らせている。
彼女は今までライバルと呼べる者がいなかった。今まで出会った競合相手が弱すぎるからだ。自分の星はもちろん、他の星の戦士も、自分を楽しませてくれる者はいなかった。
だが、今彼女の目の前に自分とほぼ同等あるいはそれ以上の実力を持った者が現れた。
『これほど長く戦闘を行ったのは生まれて初めてだ』
この時点で既に彼女の連続戦闘時間は更新し続けている。
『それは良かったな』
『ああ、貴様のおかげだ。この星を侵略しにきて良かった! 貴様に出会えたのだからな!』
その発言に彼は眉をひそめた。
『良いわけねえだろ! そのせいでどれだけの人達が脅かされたと思っている!』
怒りを乗せた声で彼は言った。
『なるほど、貴様は平和主義者か。その価値観は否定しない。だが守りたい物があるなら守るだけの力をつけなければならない。それができないのなら大人しく征服を受け入れるしかあるまい!』
『それでも弱い者を恐怖に陥れていい理由にはならない! お前達のやっていることはただの傲慢だ!』
『傲慢こそが生物としての資源だ! 敵から新しい物を奪わなければ、我々は進化しない。先へは進めぬのだ!』
『奪うという手段が極端なんだ! それ以外の方法を見つけろよ!』
『平和主義を我々に押し付けるな! 戦って奪ってこそ我々の魂は熱く燃えるのだ!』
互いに己の信念を熱く語る。どちらも一歩も引かない。
『話にならないな。交渉できればと思ったが、やはり戦うしかないか』
『ああ、存分に戦おう。もっともっと私を楽しませろ!』
ブリュンヒルデは無邪気な子どものような笑顔で、戦闘を再開する。
そして、すぐさま走り出したと思ったら、またしても拳を振り上げる。
『少々本気を出す……死ぬなよ?』
先ほどの突風パンチよりも遥かに強い力を込めた拳が、この空間を震え上がらせる。
一方で、すっかり蚊帳の外であるシャイは、ただ眺めることしかできない。
『まさか、震えているのか? あの女の拳一つで、この宇宙船が……いや大地が!』
この星そのものが揺れていた。彼女の力がこの世の理すら脅かしているのだ。
『オーガスト・ディーン! さすがにそれはマズイ! 逃げろ!』
語彙力はないがシンプルなアドバイス。しかし、彼はそれを耳に入れているにも関わらず、その場から一歩も動かず、表情も変えない。
『おい! 何をやっている!』
立ち去ろうとしない彼に、いくら逃げろと言葉をかけても同じ状況だ。彼には逃げる必要がないのだ。
『シャイ』
『な、何だ?』
『俺を信じろ』
『……分かった』
心の底から信じたかは怪しいが、シャイは彼の言葉を受け入れ、これ以上言葉を放つことはなかった。
彼はブリュンヒルデが拳を放つ時を見る。ただそれだけ。
ブリュンヒルデは彼の意図を知らないまま、異常な攻撃力を纏う拳を突き出した。
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