???『どうやら自分はゴールドちゃんになったらしい』
またしても不思議な事が起きました。
でも、今回は……?
目覚めると、自分は金髪美少女になっていた。
ここはどこだ?
魔王城だ。なので、自分……じゃない、アタシはコックとして、みんなに料理を振る舞うんだ。愛する妹達も一緒にな。これがアタシの日常だ。
『みんなーご飯できたぞー!』
心は入れ替わったままだが、料理の知識と経験は身体が覚えてたので、普通に料理を振る舞うことができた。
『ご飯だご飯ー!』
子どものようにはしゃぐまーちゃん。
『いつもありがとうございます』
あおいちゃんはいつも通りの行動にお礼を言ってくれた。
『ゴールドさん達には頭が上がりません。いつも美味しい料理をありがとうございます。あと無防備にパンツ見せてくれてありがとうございます』
まーたパンツ見てるよこの人……あっ。
アタシは、ゴールドちゃんらしく恥じらいの表情を見せながら、スカートを押さえた。
『や、やめろ! は、恥ずかしいだろ!』
何故だか自分自身も若干恥じらいを覚えている。ゴールドちゃんになってる影響だろうか。
――ここには全員が揃っている。
赤髪ちゃんに、あおいちゃんに、シルバーとブロンズ。そしてまーちゃんだ。あとは――
『せーの、いただきます!』
みんなで夕食を平らげた。我ながらめっちゃうめえ!
それからアタシは食器を片付けて、明日のメニューの確認、買い出しの予定を組む等の会議を行った。いつも夕食の片付けの後にはアタシ達三人でこうして話し合うのが日常になっている。
次に風呂だ。一日の汗をここで洗い流す。日によってはシルバーやブロンズ、あおいちゃんと一緒に入ることもある。稀に赤髪ちゃんもついていこうとするが、視線があまりにも露骨なので、同じ時間での浴槽を禁止されている。
『そんな殺生な〜』とか言ってたが、そりゃそうだろ。着替えの瞬間をガン見するだけでは飽き足らず、カメラに収めようとまでしやがって。挙句の果てには『お身体洗いましょうか〜』とか言って、柔肌に触れようとしてくる。もう色々とダメだこの人……。ただあおいちゃんだけはそれを望んでいるらしく、彼女だけはこっそり狂人姉と一緒に入っているだとか何とか。
さて、汗を流した後は自分の部屋で睡眠だ。身体を休める為に眠って体力回復だ!
『じゃ、寝るか』
まさに就寝しようとしたところに、コンコンとノックする音が聞こえた。
『誰だ?』
扉を開けると、寝巻き姿のブロンズがいた。
『ブロンズ? どうしたんだ?』
『眠れないの……だから一緒に寝てもいい?』
上目遣いで、とんでもないお願いをしてきた。
可愛い……か、可愛すぎるーーーーー!!!!!
『も、もちろんだ! 入ってくれ!』
『ありがと♡』
ブロンズはそのままアタシの部屋に入った。
アタシは早速、ベッドのスペースをどうするか考えていたが、ブロンズはベッドに近づくことなく、そのまま立ち尽くした。
『ん、どうした?』
『…………』
どうも表情が固い。さっきまであんなに可愛い表情をしていたのに。いや、可愛いのは元からだが。
『ねえ』
ブロンズは、突然いつもより低めの声のトーンで話し始めた。体調でも悪いのだろうか?
『何だ? どうしたんだ?』
すると――
『あなただれ?』
『え――』
何を言ってるんだ? 冗談かドッキリか? 最初はそう思ったが、
言われてみれば、自分は誰だ?
アタシの名前はゴールド。じゃない、自分は……自分は……。
『あれ?』
あれ、あれあれあれあれあれあれあれあれ?
『そう、自分でもよく分からないのね』
ああ、分からない。
『あなたはどこから来たの?』
それも分からない。気がついたらここにいた。
『気づいたらここにいた……ふぅん』
疑ってるのか?
『それはないわ。だって知ってるでしょ。私が心を読む魔法を使えることくらい』
ああ、そうだった。そうだったな。……そうだっけ?
ん、というか魔法って……ファンタジーか何か?
『何を言ってるの? この世界には魔法という概念があるのよ。あなたもしかして……異世界から来たの?』
異世界……そうか、自分は異世界から……でも何で……?
『それも分からないのね』
『あ、あぁ……』
思い出せない。何も。自分は誰だ?
『…………』
分からない。
『じゃあ逆に覚えてる事はある?』
覚えてる事……自分は……。
『多分、アタシ逃げてきたんだと思う』
『逃げてきた?』
『ああ』
現実は厳しかった。何をやっても評価されないし、恋人も友達もできなかった。まるで理不尽な何かに圧力をかけられているような。
だから嫌になって異世界に来た……?
でも、そもそもどうやって来たんだ?
異世界ものはめちゃくちゃ流行ってるし、自分のような何の取り柄のない人間がチート能力を所有する主人公になるのが定番になってたりするが……。
よくよく考えたら凡人の私が何の脈絡もなく異世界に行くことなんてありえるのか?
女神という存在に会ったわけじゃない。もちろん突然異世界に飛ばされた作品もあるにはある。だけど、これは――この感覚は――
『あぁ、そっか。これ夢なんだ』
自分の頬をつねってみた。うーん、痛いような痛くないような……変なの。
『ふふ』
『やっと笑ったわね』
『え?』
『だってあなた、ずっと笑ってなかったから』
そうなの?
『うん』
そっか。自分全然笑ってなかったんだ。
『ねえ、ブロンズちゃん』
『なに?』
『夢から覚める前に、この世界からいなくなる前に、ブロンズちゃんとお話したいんだけど、いい?』
『いいけど、全部思い出したの?』
『うん』
『いいわよ、とことん話してあげるわ。明日ちょうど当番休みだし』
『ありがとう』
『どういたしまして』
それから自分達はいっぱい会話した。自分の生まれた時から今までのこと、ブロンズちゃんの壮絶な過去や今の話、そして――
あぁ、もう時間みたい。意識がはっきりしなくなってきた。おそらくここで眠れば現実に戻ってしまうんだろう。確証はないけどなんとなく分かる。
『そう、残念ね。まだまだあなたと話したかったけど』
『ご……め』
ごめんね。
『元の世界に戻って大丈夫そ?』
うーん、分からない。まだ辛いかも。
『そう……ならせめて、あなたに多くの幸せが来るように祈ってあげるわ』
彼女は少し寂しそうな顔をしながら、自分の手を握る。
『わ……』
忘れない。
『え?』
自分は君の事を忘れない。自分のような人間に話しかけてくれた、優しい君のことを――
夢は覚めたら忘れやすい。記憶から無くなりやすい。でも、この記憶だけは、
いつまでも覚えていたい。
『うん、私の事忘れないでね。約束よ』
彼女はそう言って、自分の事を抱きしめてくれた。もう意識は途切れそうだが、彼女のぬくもりは身体全体に伝わってくる。涙が出そうなくらい。
『約束……だ………………』
『じゃあね。どうか元気で! いつかまた会いましょ!』
うん………………いつか………………必ず…………………。
自分の意識は完全に途切れた。
同時に夢から覚めた。外は労働の朝を告げるように明るい空を演出している。
『はぁ……何かとても暖かい夢を見ていたような……』
ふと、自分の手に視線を当てる。
“私の事忘れないでね”
“約束よ”
涙が溢れそうだ。
いや、うん思い出した。彼女のことを、夢の中で過ごした僅かだけど、キラキラした輝かしい時間を。
自分はいつも通り朝の支度を済ませて、
『じゃあ行ってくるね。ブロンズちゃん』
君から勇気を貰った。だから今日も明日も元気に過ごせそうだ。
嘘のような時間だった。でも夢のような時間だった。
夢はたとえ夢でも、叶えられたら嬉しいね。




