第409話『オーガスト・ディーンVSフー⑦』
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炎を象徴するようなオレンジ色の肌に水魔法を纏った刃を入れると、内側に侵入した水が炎は消火し、俺の肌は元通りとなってしまった。
すると、身体は人間であることを思い出したように赤い液体を放出する。衣服が赤く滲んでくると、自分は刺傷したのだとより実感させられる。
以前の俺なら、慌てふためくことすらできずに意識朦朧とし、赤い液体のドリンクバーと化していたところだが、今の俺は違う。他人の財産ではあるが、数多の魔法や戦闘の経験が俺の頭の中に刻まれている。
こういう時の対処法なんていくらでも思いつく。
『それだけか?』
『え?』
重傷であるはずの俺は汗1つかかず、余裕な笑みを浮かべた。まあ痛いことは痛いのだが、だからといって今の俺にはこれが人生最大の危機だとは微塵も思わない。せいぜいただ転んで血が出たくらいの、そんなありふれた事故くらいにしか思っていない。
『どういうこと? ナイフが刺さってるのに何でそんなピンピンしている?』
フーちゃんは相変わらず無表情ではあるが、その声色には驚きと焦りが混ざっていた。
おかしい、確かに彼は刺されて血も出ている。なのになぜこんなに余裕の表情を浮かべているんだ? なんて思っているのだろう。
それもそうだ。とんでもない化物でもない限り、刺されて出血しているのなら、それは命に関わるレベルの大怪我だ。仮にこの後治癒魔法で治せる算段があるのだとしても、刺された時点でとてつもない激痛が走り、顔を歪めるなり、初めて転んで血を見た幼子のように叫ぶなりするはずだ。
そう思うだろう。俺だって“ダストの記憶”という膨大な経験が無ければ間違いなくそうなっていた。何なら刺されたという事実に耐えられずショック死している可能性すらあると思う。
『しかし、さすがに出血量が気になるな。だんだん痛くなってきたし、少し気持ち悪い』
俺はその不快感を治癒魔法で解決した。
大きな傷を一瞬で完全に修復することがどれほど困難で、偉大なことか、俺は知っている。しかし、今の俺からすれば、たかがその程度の事だ。一体何を驚いているのだ?
そう思ってしまうくらいには、俺もだんだん化物になっていっているということだ。
だが、不思議な事に俺自身は全く違和感を覚えない。むしろ最初から何でこんな簡単な事ができなかったのか。まるで今まで息を吸うことを忘れていたような気分だ。
しかし同時に、あぁ――俺はもう“どこにでもいる普通の高校生”じゃなくなったんだな。そう思う気持ちも心の片隅で引っかかっている。
『うーむ、いまいち何かが足りないな。俺はまだまだ色んな魔法を覚えていたはずだ。しかしレパートリーがこれだけとは……』
もっともっと使える魔法があるはずなのだが、どうもまだ頭からすっぽり抜け落ちたままだ。まあでも時間が経つにつれてどんどん思い出しているようだから、気長に待てばいつかは――。
『まあ、今は問題ないか』
今フーちゃんを倒すには十分だ。たった今ちょうど決着をつけるにはうってつけの戦術を思い出したところだ。まあ、戦術というよりただのゴリ押しに近いが。
『フーちゃん、悪いけど今すぐ勝敗はっきりさせちゃうよ』
俺は右手の手のひらを天井に向けて伸ばした。
『まさか……!?』
嫌な予感を覚えたフーちゃんは時魔法を使って同様の手口で俺の懐に入り、もう一度短剣を突き立てて邪魔をする。
『ん?』
さっきから防壁魔法を維持し続けなかったせいで、また柔肌への短剣の侵入をあっさり許してしまったが、問題ない。めっちゃ痛いけど。
『うーん、さすがに痛い!!!』
俺は刺さった短剣を抜いて、治癒魔法で血を止めた。
『こうなったら……』
フーちゃんは“氷の槍”を作り、俺に向けて投擲した。
『それはさすがに死ねる』
俺は防壁魔法を発動し、氷の槍を弾いた。
『フーちゃん、悪いけどもう決着つくよ』
城の上、バトルフィールドの天井すぐ下に光を集めた。それは俺が手を伸ばして魔力を送り続けることで巨大な光の玉を作ることができるのだ。これにはどんなに頑丈な城でも跡形も無く吹っ飛ばせるだけの力がある。
作戦もへったくれもない、ただ力のみで蹂躙するという脳筋プレイだが、防御が硬すぎてどうしようもできない時は、こうするしかないと記憶に残されている。
『これはまずい』
この戦術を知っているのか、表情には出さないが、言動に焦りが含まれていたような気がした。
彼女は対策として“氷の槍”や“氷の剣”を大量に生成して次々と俺に投げつけている。しかし、焦燥感に駆られている彼女の射撃精度は著しく低く、防壁に弾かれるまでもなく、床に転げ回る。
時魔法で時を止めて、ここから遠くへ逃げればこの絶望からは逃れられるが、今はルール上、このバトルフィールドの中で試合を行っている。もしこのバトルフィールドからいなくなれば、それは敗北を意味する。しかし、破滅の弾はこのフィールド全てを飲み込むほど攻撃範囲が広い。何をしようと彼女に逃げられる術はないのだ。
『……』
フーちゃんは言葉も発さず、ただ目の当たりにする脅威にとうとう心が折れたのか膝をついてしまった。
もはやその反応だけで勝敗は決したようなものだが、なぜだろう。彼女が本当に勝負を諦めたとは思えなかった。
試す側だった彼女の立場は逆転し、今度はフーちゃんがこの危機を乗り越える試練に挑んでいた。
『フーちゃん……』
どうするつもりだ? 今からでも策を考えているのか? だとしたら早急に光の玉を落とすしかない。
『光魔法“破滅弾”』
――破滅の弾が降臨された。
ゴゴゴゴゴと近づくにつれ、城は上から徐々に破壊されていく。
こうなってしまえば、どうすることもできないはずだが、彼女はありったけの氷を出して、全て破滅の弾へ進軍させる。
だが、それも無駄な足掻きだ。破滅の弾は魔法だろうと何だろうと全てを破壊する。衝突すら許されず、紙をシュレッダーにかけるようにただ分解されるだけだ。
『私は、諦めない』
どんな絶望が来ようとも、一度膝をつこうとも、彼女の心は完全に折れることはなかった。
『放つ、放つ、放つ』
氷塊をひらすら撃つ、撃つ、撃つ。彼女の魔力が切れない、あるいは破滅の弾が完全にこの空間を飲み込まない限り、フーちゃんは、後の時の女神フーはその腕を下ろすことはなかった。
――そして、そう都合よく奇跡など起きず。
氷の城が粉々になったと同時に彼女の意識は眠りの底に堕ちていった。氷の破片を背に――。
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