ルーム・9
ルーム・9
「えっと、その、はい………。いや、反省してます………。」
未知花による、三十分ほどの説教のあと、(これはかなり短い方に入る。前に帰ってきたときより、期間を空けてなかったからと思われる)啓一さんは、正座をし、肩をすくめてそう言った。左頬には、真っ赤な未知花の手形が、まだ、くっきりと残っている。
「はあ………まったく。酔いも醒めたわ………。毎回毎回、何度〈帰ってくるなら事前に連絡しろ〉って言えばわかってくれるのか………。」
そう言って、未知花は右手で頭を抱えて、はあ、と大きなため息をついた。と、啓一さんが、
「いや、やっぱりサプライズにしたほうが楽しいかなって思っ 」
ドスッと未知花の蹴りが言葉を遮る。フェイタリティ。
「だっから! それをやめい! と、何回も言ってるでしょ! こっちだって、心の準備が………」
そう言うと、未知花は、くたんと、啓一さんの前で膝を付き、互いの額と額をあてがって、先ほどとは打って変わって、か細い声で言う。
「どんだけ心配したと思ってんの………? 私だって、そりゃ、笑顔で迎えたいから、せめて、帰ってくる時だけは連絡してって言ってるのに………。泣いちゃうじゃん。笑顔、見せられないじゃん………。すごく嬉しいのに。笑顔、見せられないじゃん………。」
徐々に嗚咽が漏れる。パタパタと、涙が頬をついと伝って、床に落ちる。
「………ごめん。俺が悪いわ。毎度、こんなんでごめん………。」
ギュッと未知花を抱きしめる。
「ごめんで済むかよ、ばかぁ………。」
ゆっくりと、優しく、啓一さんを抱きしめ返す。
「………ごめん………。」
重なった、二人の情景。
それは、とても愛おしく、美しい姿。
でも、とても歪な美しさ。
自己犠牲を持って行動し、愛する相手を赦す。それに甘えて、同じことを繰り返し、赦しを乞う共依存関係。
好ましいかどうかは、私に判断はできない。口も挟めない。でも、私はこれを、美しいと思ってしまう。機人だからなのか? 歪な関係は、戦場での人間と、兵器としての機人のそれと同じだ。予め、そう作られた機人なのだから。人に使役されるのは当然だ。愛だのという感情や関係がなくても、構図は同じだ。
でも………。それでも………。兵器だった頃の私が感じるそれとは、違う感情が、これを、美しいと感じさせている。勿論、歪なのはわかっているのだけれども………。
私はずっと、黙って二人を眺めていた。と、その視線に、やっと気づいたらしく、急に、未知花は、あわあわと表情を変えて、照れから顔を真赤にして、どーんと啓一さんを突き飛ばした。
素っ頓狂な声を上げて、啓一さんがひっくり返る。
未知花は、バッと私を見て、目を白黒させるやら、手をバタバタ振り出すやら、パニックに陥った小動物のように可愛らしく慌てて、
「あああっ! いや、そのだね! この、いや、そのだね!」
「はあ………?」
と、私は小首をかしげて返す。(少しばかりニヤけそうになったけど、ここはわからないふりをするターンだ。)
「えっと、その………」
二の句が告げられないようなので、私が言う。
「ええ、ええ。見てましたよ、一部始終。イチャコラ、イチャコラ毎度、ごちそうさまです。(南無と、拝みながら。)」
「うわあああああああっ! 恥ずっ! いやこれ! いや、これはそのだね? いや、ちょ、なんで私も毎度これ、こんな姿、恥ずかしい姿、男女のあれこれ見られるんだヒナちゃんに? 学習能力のなさが伝染った! ケーイチのせいだこれ! そうだこれ!」
「いや、俺のせいじゃないし。別に、照れんでも。家族だし。あとミチカを愛しているのは別に恥ずかしいことじゃないし。」
「何、ナチュラルに恥ずかしいこと言ってんのさー!」と、更に顔を赤面させて、パニックになる未知花。それを、どうどうと、なだめて、いつの間にか未知花より優位に立っている啓一さん。そして、それを眺める私。
ああ、毎度のことだけど、これが私の家族。
小さくとも、素敵な我が家の日常。
ずっと続けばいいなと思う日常。
でも、私は………。
甘えてばかりは、いられないな。だから………。
半歩でも、進まないと。更に、決意を固くした。
………
我が家の主、御堂啓一さんが帰ってきて、歓待をしたいところなのだけれども、時間も時間であるし、未知花も照れから、あわあわしているし、今日のところは、ひとまずお開きということで、話はついた。
啓一さんは、早々にお風呂に入っていたので、未知花が「しゃ、シャワー浴びてくるわ! いや、あっつい。変な汗かいたわ………。これもそれも、ケーイチが悪い。恥ずかしいところ、ヒナちゃんに見られるし。はあー………たまったもんじゃねえわー………。」
などといい、適当に寝巻きをひっつかむと、そそくさとお風呂場へ向かっていった。
まあ、口ではそう言っているが、顔に浮かぶ隠しきれない照れと、トトトトトっと、文字通り、弾むような足運びは、再会の喜びにあふれていた。可愛い人だ。本当に。
それを見て、啓一さんが言う。
「うむー………あそこまで、照れ隠しの強がりをしなくてもいいのになあ………。ってか、既に、泣いてる姿、ヒナちゃんに見られてるし。今更、なあ………?」
「いや、泣かせたのは、ミチカの言う通り、事前に帰ってくることを連絡しなかったケーイチさんのせいですよ。そこは反省していただかないと。」
「う………うむ………そうやね………。反省するっす………」
しゅんと肩をすくめて、反省の意を示した。やっとわかってくれたようだ。この人は、実感が伴うまで時間がかかる。話せばわかってくれる人なのだが、まあ、そこは、自由人といわれる故でもある。
憎めない人なのだが、まあ、こういうところが、わかってないというか、まあ、なんとも………。なんで、未知花は、この人と一緒に生きようと思ったんだろう? それも、私の短い生の中での大きな謎の一つだ。
「っでー。ヒナちゃん。なんか届いてたよ。」
そう言うと、啓一さんは、ソファをまさぐって、私宛の郵便物を渡す。………テーブルに置こう? 多分それ、私にとってすごく重要なものなので。
受け取った郵便物は、角二サイズの大型封筒。透明窓には、私の名前。封筒の右下には、ロゴの入った期待通りの送り名が印字されていた。
封筒を開ける。中には、A4サイズの書類の束。そして、添えられた手書きの手紙。ざっと、目を通す。………?………いや、話が急だけど、いいのだろうか? というか、そこまで私、要望も要求もしてなかったので意外………というか、どうしたものか………。でも、これはこれで、アリではあるし………。
と、「んあー? なにそれ? 通販カタログ?」未知花が、髪をくしくしとバスタオルで拭きながら覗き込んできた。続けて、「んあ?〈私立日向学園高等部特別編入案内状〉? って、え? 郵便屋さん、間違えたんじゃないのこれ?」
その言葉に、私は、どう答えたものやらと考えたのだけれども、ええい、ままよ!その時が来たのだ! 波に乗るしかないと、姿勢を正して、未知花に言った。
「いえ。私宛です。突然で申し訳ないんですが………」少し、躊躇した。が、言わなきゃ。勢いが大事。これは未知花から学んだことでもあるし。
「私、学校に通うことになりそうです。てか、通います。今、決めました。色々、知りたいこと、変えたいことが、ここでできそうなんです。」 突然の私の宣言に、未知花も啓一さんも、唖然としている。
ふぁさり、と、未知花の手から、バスタオルが落ちた。