ルーム・7
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酔いつぶれた未知花をおぶって、帰路につく。まあ、毎度のことなので、伊勢京太郎さんも、椎名も苦笑いだ。軽く会釈をして、別れる。むにゃむにゃと、背中で何事か寝言を言っている未知花の体温が、温く、心地よい。
こういうときは、体の殆どを生体組織に換装しているとはいえ、導電性高分子ポリマー製のソフトアクチュエータを未だに体に組み込んでいる私の体がとても役に立つ。退役時に、リミッター制限がかけられたとは言え、成人男性のトップアスリートレベルの力は出せる。
私の生体筋肉と、この人工筋肉は、製造時に、既に両者を編み込まれて生産されたため、分離が難しく、かといって、生体筋肉に完全換装するにはコストがかかる。
なので、未だにこれを維持している。維持自体には、制御部分への給電でなんとかなるし、まあ、戦闘時のように酷使しないのならば、耐用年数も長いし。
それでも、いつかは、生体筋肉よりは先に寿命が来てしまうので、どう対処するかが問題だ。この問題は今のところ、棚上げ状態だ。まあ、これも、人間のエゴの所業ではある。
少し話はそれるのだけど、現在、市井にて、最初からメイドロボとして世に出されたシリーズは、筋繊維ではなく、筋膜部分にそのアクチュエータを装備しているので、交換時のコストがとても低く、簡便でもある。そのあたりは、メンテナンスのコスト低減のためなのだろう。いろいろと、軍事目的と、民生品では、かける費用も、コンセプトも違うものだ。
民間企業のほうが、商売というリターンを最重視するため、そのあたりの工夫と言うか、長期維持ができる設計というものができている。軍にとっては、私達の体は、戦場で傷つき、そのたびに換装をするものだから、あまり、既存構成部品の長期維持と言った発想もなかったようだけれども、湯水の如くにお金を使えたという当時の状況がそうさせたきらいもあると思う。
国家の軍事研究施設とて、今では、民間に払い下げしないとならないくらい、お金も潤沢ではないみたいだけれども、それでも、戦闘機人は、未だに前線で活躍している。
兵器としての高コスト化や、機人権の提唱運動などの世相の流れにより、戦闘機人の生産自体は、既に、縮小の一途を辿っているので、今、存在する戦闘機人はとても貴重な存在だ。人型のボディの生産には、数量規制も行われつつあるようだし。
故に、重宝されるし、まだまだ現役の兵器として存在している。日本以外では、機人権というものが認められていないので、その運用の仕方は様々だけれども、基本的には、軍と、研究所の〈所有物〉なので、払い下げや、私のように厄介払いをされない限りは、戦地で軍務に服している。
基本的に、私達は兵器だ。そういう存在として生み出されたのだから。故に、戦闘機人の中には、払い下げられた後も、自らの意思で戦地に復帰した者も少なくはない。銃後の日常生活に馴染めなかったというのもあるのだろうけれども、やはりそれが本来の私達のあり方ではあるのだろうなあとは思う。
かと言って、日常生活を営むことで、性格が変化し、戦地に復帰するのをためらう者もでてきたし、何が私達、戦闘機人として生み出された存在として、正解なのかはわからない。
一度、椎名達が、軍のダミー会社経由で、再び戦地に兵器として買い戻されそうになった時があった。
そのときには、未知花を中心とする〈叫ぶ機人の会〉などの機人権提唱団体と伊勢京太郎さんと椎名を巻き込んだドラスティックな方法によって、軍の思惑を暴き、世相を動かして、望まない戦線復帰を回避させることに成功したのは、戦地ではなく、日常生活に、自分の居場所を見いだし始めた戦闘機人にとっては僥倖だったと思う。実際、それから椎名を筆頭に、無駄にフランクな性格というか、物腰が柔らかくなった機人が多いし。
そんな未知花と伊勢京太郎さんと椎名による行動が実を結んでから、もう三年も経つ。今では、戦闘機人もメイドロボとしての機人も、同じように扱われることが多くなったように思える。まあ、外見上の違いはわからないし。
ーーー人間との違いすらも。
でも、やはり、椎名達が払い下げをされてきた時から既にあったのだけれども、戦闘機人、つまり〈殺人兵器〉として、ある人は恐れ、忌み嫌い、風当たりが強い部分もまだあることは否めない。日本的に言うならば、〈穢れ〉という意識なのだろうか?
実際、刈羽市のような特別自治体以外では、なかなか受け入れられないのが現状だし、伊勢京太郎さんが始めた機人身元保証会社も、地域によっては、なかなか運用が難しいという事実がそれを物語っている。
まあ、差別といえば差別なのであるが、機人権というものがなければそんなものはそもそも存在しなかったし、表立って差別であると抵抗できるのは良いことなのかもしれない。実際、表面的には、嫌がらせのようなものは大分なくなったし。
でも、人間の内心では、未だに私達、戦闘機人に対する忌避感というのはあるのだろうし、それをどう折り合いをつけていくか? が、目下の問題だと、未知花はよく言っている。
「ひゃん!」
と、思わず声を上げてしまった。だって、未知花が、私の耳を舐めたから。
「ちょ、何するんですか。」
「いやいや、なんか酔いも冷めてきたし、ちょっと驚かそうと思って。ふふふふふふ。ヒナちゃんは耳が弱い。性感帯だな。ひゃひゃひゃひゃ。」
「性感帯って………セクハラですよ。まだお酒が抜けてないんじゃあないですか? 」
「いやいやいやいや。お酒抜けまくりっすよ。シラフのフ!」
「じゃあ一人で歩けますね。降りてください。」
「あ、いや、まだフラフラすっかなー? あれー、ふわふわしてるぞー。歩くの無理だなー無理無理ー。」
「………仕方ないですね………。」はあ、と、ため息を一つ。
もう家までは目と鼻の先なのだけれども、このまま未知花をおぶって行くことにした。
そういえば、メイドロボとして民間企業によって作られた機人は、こういった人間のサポートをするために作られたのだと、ふと思った。
炊事洗濯買い物日常生活のあらゆるハウスメイドとしての機人。
彼女たちは、私達とはまた違う存在だ。技術の根底にある部分は、同じ幹から発生、発展していったものだけれども、その枝葉末節としての広がり方は、私達、戦闘機人とメイドロボとしての機人では全く違う。彼女らは彼女らで、私達におけるアマテラスのように、それぞれのメーカーによるデータサーバーが存在するし、私達と経験を共有するということもない。
それに、決定的な違いは、民生のメイドロボとしての機人には、生体脳を使っている機人が一体も居ないということだ。私や椎名のような、生体脳ベースの機人は、まれな存在なのだ。戦闘機人の中でも、大まかにイーブンナンバーズは機械電脳、オッドナンバーズは生体脳と分かれて開発されているけれども、それでも、生体脳ベースの機人はイーブンナンバーズよりは少ない。
これには多分に、他の人工臓器、四肢より、生体脳の培養に時間がかかるというのがあると言われているし、おそらくはそうなのだろうけれども………。
では何故? 機械電脳より開発やスペアの確保・生産に時間がかかり、負傷からの部品交換・復帰において、効率の悪い生体脳を使っているのだろうか?
ふと、そんな疑問が芽生えた。
私は私自身のこと、機人という存在について、何も知らないに等しい。気にもしなかったというのもあるのだけれども、こうして、精神疾患を発症して、銃後の日常で暮らす内に、そういった事を考える契機になったのだろうか? では、何故、今まで疑問を持ったことがなかったのだろうか? それが機人ゆえの、プログラミングされた人格による思考の偏り、制限?
………
と、考え事をしている間に、もう、家の前だ。エレベータの呼び出しボタンを押し、暫し待つ。
生体脳だろうが、機械電脳だろうが、私が選んだわけでもないし、それは研究者、開発者の勝手と目論見とエゴによるものだ。私が考えても仕方がない。
ああ、でも、園山邦夫先生に紹介された、真希いろはさんは、魔術工学の面から、私達戦闘機人の開発黎明期に関わっていたとのことだし………。
やはり会うべきだ。つつがなく進んでいれば今日、明日にでも、その端緒が訪れるはずだ。