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機人さんと心療内科  作者: がらんどう
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ルーム・3



     ルーム・3



 うつ病に罹患した当初から一年ほどは、何もする気力がなかったけれども、治療を開始して三年経った今では、多少は寛解し、何かしら気力がでてきてはいる。かといって、その気力に、体力がついてくるわけではないというところが、とてももどかしいのだけれども。

 とりあえず、私の唯一と言ってもいい趣味として、料理という趣味がある。ホストファミリーである御堂未知花に、おんぶにだっこというのも気が引ける、というのもあったのだけれども、炊事、洗濯、掃除くらいは、うつ病とはいえ、やろうと思いたち、そのなかでも、何故だかわからないが、料理が趣味になったのだった。

 何かしら自分に特技ができれば自信に繋がる。継続ができれば更に自身がつく。そしてそれが今の自分を肯定し、なおかつ先に進む事ができる。そうすることが、うつ病を克服するということに繋がると、私は考えている。

 私の主治医の園山邦夫先生は、そういうことは言わず、私に無理をさせないように気を遣って、他愛もない話をしてくれているのだけれども、私はその他愛もない会話に救われて、今こうして自分自身を取り戻す行動をしている。

 園山邦夫先生が言うには、あくまで自分は、薬理学的に精神疾患を治療するスタンスでいるから、カウンセリングには疎いと謙遜していたけれども、それでも、私にとってはとてもよい先生だと思う。

 そういえば、園山邦夫先生から、認知療法を主とするカウンセラーを紹介された。名前は、真希いろは先生というそうで、機人のメンタルヘルスを研究している方でもあるそうだ。


「もし、君がいいというのなら紹介状を書くよ。正直、僕には機人の細かい機微はわからないというのが現状でね………。いやはやお恥ずかしい話だけれども。」

 今日の診察で、園山邦夫先生はそう言って頭を掻いた。私は、反論し、

「いいえ、そんなことは。先生は、私という機人に対して真摯に向き合ってくれていることが伝わりますよ。それでここまで回復できたのですし。」

 と言った。園山邦夫先生は続けて言う。

「その、マキ・イロハ先生なんだけれどもね、実は機人の開発段階の研究に携わっていた方なんだ。魔術工学という分野からのアプローチでね。」

 その言葉に私は目を丸くした。思わず、息を呑んだ。園山邦夫先生が紹介してくれようとしている真希いろは先生は、私達機人がこの世に作り出されるに至る研究に、一枚噛んでいたそうだ。今は、心理カウンセラーとして 日本で開業しているそうだ。

    私達機人を作り出した研究に携わっていた研究者   真希いろは   

 興味が湧いたのは事実だった。

 実際どうしたものか? 機人、私自身を知る端緒になることは間違いないだろうが、少し怖い気もする。何故、怖いと思うかはわからないけれども………。でも、虎穴にいらずんば   

    ?

    。

    ………、

「ちょっ! ヒナちゃん! 焦げてる焦げてる! 」

 未知花の声で、私は、はっと我に返り、七輪に乗せた秋刀魚に視線を戻した。しまった、焦がしてしまった。椎名を真似て、こだわりを持って七輪で焼いたのが裏目に出てしまった。こうした、〈勘〉といった人間の感覚を最大限利用する調理器具を使うには。私はまだ注意力散漫なようだ。

 私は慌てて、秋刀魚を七輪から皿に移した。しかし、時すでに遅し、焦げは、かなりのものだった。何しろ、脂が滴って、炎が上がっていたことにすら気づかないほど考え込んでいたからだった。


 結局、今日のメインディッシュである秋刀魚は悲しくも消し炭になってしまった。

 消し炭になった秋刀魚。はたと、思考が引き込まれる。


     ◇


 ーーーフラッシュバックする、レーザー兵器で灰になった少年兵。

 私が殺した少年兵。

 動悸がする。

 冷や汗をかく。

 呼吸が乱れる。

 私はピルケースからエチゾラム錠を取り出し、水とともに飲み干した。PTSDというやつだ。罪悪感が私を苛ませる。戦場の光景が、今も私を苦しませる。

 機関銃と自動小銃の鳴り響く音。レーザー兵器の励起音。

 空気を震わす激しい爆発音。

 不等間隔の明滅。

 少年兵の頭蓋をとらえた私の銃弾。

 吸い込まれるように、頭蓋に導かれたかのような銃弾。

 花弁のように散った少年兵の脳漿。

 モノトーンの地平や壁にべったりと。

 鮮明な赤。赤、赤、赤。


     ◇


 私のした所業は消えることはないのだ。たとえ、それが強制されたことだとしても、だ。椎名や他の機人は、そういった事柄から、どう自分を肯定し、受入れ、今を生きているのだろうか?

 私は気になって仕方がなかった。でもなかなか聞く勇気が出ない。

 椎名や他の機人たちにだって、そういった罪悪感や、かつての戦闘機械としての自分に対する忌避感があるのはわかっていた。私のようにうつ病とPTSDというわかりやすい精神疾患が出ずとも、そういったことに思いを馳せない機人は存在しないと思う。

 これは私達機人の間で、アマテラスの末端に構築しているローカルネットワークにアクセスすればわかることで、匿名の機人が、自分自身の内省を吐露している情報を散見することがあるからだ。

 機人の間でのSNSでは、そういった書き込みが見て取られる。誰もが戦場の、自身の作り出された殺戮兵器としての出自に苛まされる。それが大きいか小さいかの違いなのだ。私のように過敏に大きく反応してしまう機人は、こうしてうつ病やPTSDに罹患するというだけなのだ。


 と、未知花が心配そうにこちらを見ているのに気づいた。未知花の視線に対し、いや、私は大丈夫だと受け答える。未知花は、「そっか。」とだけ言い、それ以上、何も聞かなかった。 

 未知花はとても優しい。こういった、いい距離感を常に維持してくれている。心配はすれども、過剰にこちらの感情を根掘り葉掘り聞くといったことはしない。とてもありがたいことだ。機人の私にここまでしてくれるというのはなんとも感謝するしかない。

 と、未知花が、口を開く。

「ヒナちゃんさー、今さっき、夕飯をどうするか考えたんだけどさー、あれよ、キョウタロウさんとシイナさんのところへご相伴預かりに行こうか? 」

「えっ!? 何故にですか? 」

 いきなりだな、未知花。いつものことだけれども。

「いや、さっき別件で電話してたらさあ、なんかシイナさんが秋刀魚を買いすぎたみたいで余ってるみたいなんだよねー。鮮度が落ちるのも何だし、どうせならみんなで食べよーってことで。いやー神様って居るもんだね―。」

「………というかそれ、推測ですが、ミチカがゴリ推したんじゃないですか………?」

「むう! 失礼な! いや、多少のアレはゴニョゴニョ………。」

「………はあ。左様で。」

 じっとりとした目をしながら、私は、ため息混じりに言った。

 全く、未知花というのは変わった人だ。そして面白い。この人と暮らしてきたお陰で、大分私のうつ病やPTSDも和らいできた気がする。戦場の過酷な体験から気を紛らわす何かとでもいうのだろうか? そういうものが私にとって、病気を克服あるいは付き合っていくことに関して、重要なファクターだと思う。

 私は、「仕方ないですね。ではイセさんのお家にお相伴預かりに行きましょうか。」

 そう言って、未知花と一緒に、伊勢京太郎さんと椎名の家に向かった。



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