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機人さんと心療内科  作者: がらんどう
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ルーム・2



     ルーム・2



 いつの間にか眠っていた。

 少し横になっていただけなのだけども。とはいえ睡眠薬も無しで眠れたのは僥倖だろうか? いや、生活リズムが狂う一因になるわけだから、あまり良くはないだろう。

 睡眠薬を処方してもらっているのは、不眠症も併発しているからなのだけれども、寝た気がしないのが悩みだ。これは気絶に近い感覚だと思う。

 機人の私がこう言っても人間には伝わらないのかもしれないし、共感もされないのかもしれないけれども、少なくとも、私の体はほぼ一〇〇%生体組織に換装されている。チタン製の骨格でさえ、生体組織、つまりカルシウムにより形成された脊椎動物の骨に換装されている。

 違うのは、生体脳に埋め込まれたCPUチップや、補助人工筋肉としてのソフトアクチュエータ、それらを維持、駆動、補佐、情報を処理するために使われる種々のバッテリ、そして、ささやかな外部機器接続端子くらいだ。

 私達機人は、動力エネルギーをバッテリに蓄積した電気エネルギーから得ることができる。いや、それが元来の仕様なのだけども、私のように、生体組織比率が高い機人は、普通の人間のように食物からエネルギーを得て活動エネルギーを得るほうが普通で効率が高い。そもそも、生体脳自体、ATPが必要なわけであるし、電気エネルギーだけでは、存在を維持できないのであるが。とはいえ、それは数錠のサプリメントで済む。

 Cロット以前の機人はその逆で、直接充電ケーブルを自身の体とコンセントにつなげて給電したり、非接触給電デバイス・ポイントから電気エネルギーを補充するほうが高効率だったそうだ。それは、体を構成する生体組織の比率の違いによることが大きいのだけども。

 私のような素体の大部分を、生体組織に換装されたタイプは、やはり、それを維持するには、ごくごく普通の人間と同じ食生活と、生活リズムを維持することが一番高効率なのだけれども、今の私にはそれも難しい。

 だいぶ寛解してきたとはいえ、まだまだ私の抑うつ状態は続いている。食欲減退もあるし、不眠症もある。これを補うために、睡眠薬や、抗うつ剤を使っているのだけれども、それでもどうにもならない時もある。そういう時はやはり機人としての機械の側面を利用する他無い。

 眠れない時は、生体脳に組み込んだCPUチップを強制スリープ状態にすればいい。食欲がわかない時は、無理やり、電気エネルギーを取り込めば良い。生体組織への栄養供給は、サプリメントで補えば良いし。

 ごくごく簡単なことなのだけれども、今の私にはそれも難しい。なぜならば、私の体は、私一人のものではない。私は、〈人工臓器ホルダー〉なのだ。商品である生体組織に、無理をさせることは商品価値を目減りさせることになる。ただでさえ、うつ病で、人工臓器ホルダーとしての価値が低くなっているというのに。


 〈人工臓器ホルダー〉と言うのは文字通り、生体組織をベースにした人工臓器を保持しているということなのだけれども、これは、単に、私の体を構成しているものが人工臓器で、それを所持しているからホルダーと呼ばれているという意味ではない。

 私の体の生体組織部分は、すべからく、〈保険〉がかけられているのだ。〈生体組織保険〉と言う保険が私の体にはかけられている。この保険は、簡単にいえば、被保険者が自己や病気などによって、生体組織の移植が必要となった場合に、すぐさま、その移植用の生体組織として、その体を提供すると言った保険商品だ。

 つまるところ、私を構成する生体組織というのは保険金がかけられていて、まあ、質草に入れられている状態だと言えば伝わるだろうか?


    私の体は私一人のものではないのだ。


 生体医療が発達した今の時代においても、生体組織を一から培養し、求める生体組織を作るには、相応の時間がかかる。ある程度即応できる機械義肢は、一部の好事家を除けば、あまり好まれず、生体組織に換装するまでのつなぎ程度にしか使われないのが現状だ。

 それ故に、はじめからある程度の臓器や、四肢類といった雛形を作っておいて、なおかつ動態維持することを考えた場合、私達機人という存在がうってつけの存在として選ばれたのだ。

 正直なところ、精密機械組織で構成された機人は、生体組織で構成された機人より、維持費がかかる。精密機械組織は、メンテナンス費と頻度が生体組織と比べてかなりかかるのだ。それが、機械義肢が敬遠される理由の一つでもあるのだろう。


 だから、私のような、払い下げられた、人を超えたオーバースペックな能力を必要としなくなった機人の体の殆どは、生体組織に換装されることが多くなった。そして、払い下げられる際に、私達機人の生体組織を保険商品として売る。その一部が、軍や政府の利ざやとして幾分か徴収され、残りは、私達機人の元に入るという仕組みだ。

 誰が仕組んだかわからないけれども、よくもまあ、うまい商売を考えたものだ。と、未知花は折に触れてはボヤく。アルコールが入っている時は、特に、特に、と・く・に! めんどくさい。

 ………それはそれは本当に、めんどくさい。おまけに未知花は、絡み酒と泣き上戸のミックスだ。介抱に困る。毎度、私は愚痴聞き役から慰め役を務めている。………めんどくさい。


 ーーー話が逸れた。とは言え、この生体組織保険によって、私は保険料を収入として得ることができている。とはいえ、それだけで生活していけるだけのものでもないのだけれども。

 だからこそ、機人は、一般的には人間社会に溶け込んで、ごくごく普通の仕事に従事することが多い。払下げが始まった最初期の機人は、払い下げられた元、例えば市役所などの自治体の仕事をするといったことが多かった。が、機人にも、向き不向きがあるし、人間の雇用機会を奪うと言った世論などもあり、なかなかそういったことも難しくなってきた。

 血税を使ってけしからんとかなんとかそのような声によって。

 まだ、機人権が提唱される前のことだから、仕方ないのだけれども、人間の手前勝手な理論によって、私達機人の、それも、日常生活の場に払い下げられた機人にとっては、働き口を自分で探さなければならないという状態に陥っていた。

 精密機械組織が素体の大半を占める機人は、一時的には電気エネルギーを供給するだけでなんとかなったものの、精密機械組織は、定期的なメンテナンスが必要で、結構な金額がかかる。そのため、機人は、その精密機械組織を人工臓器に換装して、メンテナンス費がかからないようにされたのだけれども、それはそれで、普通の人間のように、食事なり、栄養素を摂るなりして、生体組織を維持しなければならない。先に述べた、生体組織保険も何もしないで暮らせるだけの額が入るわけでもないし。

 結局、最初から生体組織が素体の大半を占める私のような機人も、払い下げられた公的機関以外の、市井の働き口を探さなければならないという事態になった。まあそこでも雇用機会が云々など色々文句は絶えなかったのだけれども。私達だって、自己の生存を図らないとならないのだ。

 そんな色々と難儀な問題が起こり始めた中、出てきたのが、〈機人権〉を提唱し始めた団体である。そういった団体が様々な政治活動や機人支援活動をしてくれたおかげで、今の機人の社会的地位がある。その中でも、〈叫ぶ機人の会〉といった、ふざけた名前の割にはしっかりとした、そして比較的大きな団体があるのだけれども、その中部地区統括マネージャーである御堂未知花が、かくいう私のホストファミリーなのだった。


     ◆


 と、カチャリと玄関の鍵が解錠される音がした、無駄に一度逆方向にねじって一呼吸置き、その回転方向が違うことに気づき、ため息を付きながら、正しい解錠方向にキーシリンダーをひねる。毎度のことだ。御堂未知花はいつもこんな感じなのだ。

 多分、覚える気がない。

「ただいまー。」

「おかえりなさい。ミチカ。」

 私がそう言い終わるやいなや、未知花はパンプスを脱ぎつつ、間髪入れず話し出す。

「もー、今日さあ、市役所で面倒なクレーマーにあってさあ、もう大変だったよ。障害年金とかそういうのの受給資格がないって言ってるのに退かなくてさあ………そりゃあこっちだって障害福祉課としてはなんとかしたいのは山々だけど、なんかヤの字のタカリっぽい人たちでさあ………こんどシイナさんに来てもらって追い払ってもらおうかな………。」

 そう言うと、未知花は買い物袋を椅子に置き、結っていた髪を解き、ブラウスの胸元を少し開け、ジャケットを脱ぎ、ソファに体を沈めた。いなや、ぐてんと私に寄りかかり、頭を肩に預けた。

 しばらくの間、そうやって未知花とぼーっとしていた。

「そういえば」私は言った。「シイナのことですけど、もうシイナも体の殆どを生体組織に換装したのではなかったでしたっけ?チタン製の骨格も、ソフトアクチュエータも、もう組み込まれていないのでは?」

「うん?」未知花が体を起こす。「うん。たしかにそうなんだけどさあ、実は前に、シイナさんと、今日来た輩は会ったことがあるんだよねえ。んで、その時も相手はいちゃもんつけてきたんだけど、シイナさんがこう………ねえ? 制圧したってわけ。武力を持って。」

 そう言って、未知花は、シュッシュッとボクシングのフリッカースタイルのように腕をふるう。

「ああ、なるほど。その時の印象を使った示威力を期待してるわけですね。」

「そうそう。ああ、まあでもシイナさんは、今はもうウチの市役所とは関係ないしなあ。〈クレイドル〉が身元を引き受けているというか、まあ、キョウタロウさんの奥さんだもんねえ。」


 〈クレイドル〉というのは、うつ病患者であり、未知花の勤める刈羽市市役所障害福祉課で、初めて〈自立支援医療(機人貸与)〉を利用した人間、〈伊勢京太郎〉が創立した〈機人身元保証会社〉だ。

 〈自立支援医療(機人貸与)〉制度というのは、うつ病患者が、機人の身元引受人になる引き換えに、機人が身の回りの世話をするメイドになり、なおかつ、その身元保証によって、機人が、ごくごく普通の人間の仕事を探して、就職できるようにするといった制度だった。と、言っても、このケースーーー機人の椎名と人間の伊勢京太郎のケースーーーにおいてのみ着眼され、御堂未知花が立案し、実行までこぎつけた制度なのだけれども。

 機人の椎名と人間の伊勢京太郎の二人は、この刈羽市だけでなく、日本国、いや全世界からみて注目されている二人でもある。機人権の提唱をし、活動して来た〈叫ぶ機人の会〉の中部地区統括マネージャーの未知花の手引もあったけれども、二人は、機人をより人間の日常生活に溶けこませることにあたって尽力し、機人と人間の新しい可能性を見せ続けている二人なのだ。

 そして今はなんと、人類初の、機人と人間の結婚まで成し遂げたということで、今後も動向が注目されている二人なのだ。まあ、結婚と言っても宣言だけで、法的なものはないのだけども、今後は法改正に向けて活動していくそうだ。そして椎名は私の先輩であるCロットオッドナンバー7という、例の、機人にとってエポックメイキングなロット・ナンバーズであった特異な存在なのだった。その特異性故に達成できたのかは定かではないけれども、やはり、特別ななにかは感じる。

 しかしよくもまあ、こんなところまでこぎつけたものだ。しかし、これも人間のエゴではあるのだろうなあ因果の帳尻合わせというものか? 

 と、そんなことを考えていると、未知花が、

「ああー兎に角疲れたー。ヒナちゃん料理作って―」

 と、駄々っ子のように言うので、私は、やれやれと、料理を作り始めた。

 ………未知花。私、一応、病人なんですけれども。



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