ルーム・10
ルーム・10
「おー、おー。似合ってる、似合ってる。どこから見てもJKだ。やべえ、可愛すぎて吐きそう。写メ撮ろ? いえーい。」
パシャ。パシャパシャパシャ。角度を変えて何度も撮る。何枚撮るんだろう未知花。でも、うん。未知花なりの、強がり………かな? なんて、私は思った。優しい人だから。寂しい顔は、見せない人だから。
あれから、数日が経った。私は新たに届いた、私立日向学園高等部の制服に袖を通して未知花カメラマンと啓一さんカメラマンの被写体となっている。
「いや、ミチカ。そんなに撮らなくてもいいですよ。ってか、まだ、編入するのは先ですし。」
「いやいや、ゆうて、学生証用の写真も必要だし、ここにいるのは、まがいなりにもプロのカメラマンだし。」
そう言って、啓一さんの背中をバンバン叩く。や、だったら余計に、未知花が撮らなくてもいいのでは? とはまあ、聞かないでおく。これも未知花の照れ隠し。
「てかさあ、ヒナちゃんも、なんつーか、水臭いっつーか。話してくれりゃよかったのに。反対すると思った?」
未知花が続けて言った。
「いえ、隠していたわけではないんですが………。実際、学園側から、どういう反応が帰ってくるのかどうかわからなかったのと………」と、私は、啓一さんを見る。「この人がいつ帰ってくるかわからなかったので。話すなら同時に二人にと思っていたのですが、まあ、タイミングやら、私が意図したことの斜め上を行く返答が来て色々と………。」
「おーまーえーのせいかー!ケーイチ!このやろー!」
「や、俺、多分、そんな関係ない! 俺も知らなかったし! いや、そりゃ帰宅連絡はしなかったけど。」
「やっぱりケーイチのせいじゃんかよー! いらん混乱を招いたのはー!」
「ちょ、痛い痛い! ミチカさん! 大腿部の蹴りは痛い! まだあんときの痛みが取れてない! 痛っ!」
「知るかい! 酔ってたし私!」
「酔いが覚めたって言ってたじゃんよー」
「うー………忘れた!」
「ひ、ひどい! この人ひどい!」
………また、二人のじゃれ合いが始まった。まあ、いつものことだ。微笑ましく放置。
私は、かかりつけの心療内科の医者である、園山邦夫先生がおっしゃっていた、真希いろはさんと、コンタクトを取っていた。魔術工学の見地から、機人の開発に関与していたという、真希いろはさんは、現在、私立日向学園でカウンセラーをしている。
少し話でも聞けたらなあと、メールのやり取りをしていたところ、「とりあえず、資料を送るよ」と言われたので、それを待っていた。多分、魔術工学と機人に関する資料だろうと当たりをつけていた。とはいえ、表に出せる程度のものではないとは思って、期待はしていなかったのだけど………。届いたのは、そんなものではなく、〈特別編入のお誘い〉という、想像の斜め上を行くものだった。
そして、それが届いたのが、啓一さんが帰って来た日。なんやかんやと慌ただしい日に、この、面を喰らうような話である。そりゃ、私としても、こんなことになるとは思わなかったし。
とはいえ、私も、突然の知らせながら、よく、即決したものだ。しかもあんなに混乱した日の二人の前で、さらに混乱させてしまうようなことなのに。
まあ、実際、少し真面目なトーンで、緑茶を飲みながら、お互いに心を落ち着けて話した。色々、これまでにあったこと、そういう話をして、自分なりに動いていたこと。意外な反応が返ってきたのは自分も予想外だったということ。でも多分これはチャンスなんじゃないかなということ。
ーーー自分を、機人の自分が生まれ、今、精神疾患に罹患しながらも存在していることの意味を。
それに、これにはもう一つ、私の余計なお世話もあって。
啓一さんを、暫くの間、家にとどめるのは、自由人であるがゆえに、難しい。未知花は未知花で甘いので、それを赦してしまうけれども、寂しがっているのは、二人の毎度の再会の反応を見ても明らかであるし。
だったら、私が、寮生として、日向学園に転入することで、未知花をひとりぼっちにさせないために、その間は、絶対に、どこにも行かずに、未知花と一緒の時間を過ごしてほしいと、啓一さんにストレートに突きつけるためだ。
実際、啓一さんは、私の取引に乗った。というか、まあ、取引っていえるものでもないんだけれども、狼狽した未知花を見たあとなら、この人は、自発的にしばらくは未知花を寂しがらせないために、ふらふらと取材旅行に行ったりはしないだろうと踏んだ私の目論見通りだったのだけれども。
そこまで考えて、なんだか私も、だいぶ変わったと言うか、ずるくなったなあ。精神疾患のせいなのか? 薬のせいなのか? 未知花たちとの生活のおかげなのか? わからないけれども、なんだかおかしくって、フフッと、思わず笑ってしまった。
と、未知花が、
「ちょー。何笑ってんのさー。てかシャッターチャンスだ! 貴重な笑顔。守りたいこの笑顔。早く撮るぞケーイチ!」
「おおっとハニー。既に激写済みさ。」
と、啓一さんがノリ良く、深夜の海外通販番組のボイスオーバーアクターのように、オーバーアクションで答える。
どれどれと、三人で、デジタルカメラのパネルを覗き込む。
そこには、私の知らない私。今までにない笑顔の私が写っていた。
素敵な門出に、うってつけの写真。
不安もあるけど、私の新しい一歩が、今、始まる。
糊でまだピンシャンとしている制服と同じく、私は新しい自分を見つけるのだ。
了