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機人さんと心療内科  作者: がらんどう
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ルーム・1

     ルーム・1



 ーーー退役と引き換えに得たものは、生体組織の肉体と、精神疾患だった。


 今日も月一回の心療内科の時間が終った。私は、処方箋を受け取り、自立支援医療精神通院制度指定の薬局に行き、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 と、「ヒナさん。」と自分の名前が呼ばれた。私はいつもどおり何一つ変わらぬ動作で薬剤師の待つカウンターへ移動した。

 機人の私には、苗字というものがない。そもそも、そんな家族的なモノとしてつくりだされた存在ではないからだ。

 私に最初に与えられた名前、いや、個体番号はHー7だった。そこから単なる語呂合わせによって、退役後に、身元引受人である御堂未知花によって、雛と名付けられた。安直だけども、まあ………悪くはない響きだ。

「ヒナさん。加減はどうですか?よく眠れていますか?」

「ええまあ、なんとか。眠剤を飲めば。」

「まあ、昔より寛解してきているから、徐々に減薬できるといいですね。」

「ええまあ。」

 そんな、当り障りのない会話をして、私は、薬と、機人身分証明手帳と機人保険証を受け取り、薬局を後にした。

 もうこんな生活を繰り返して三年が経つ。以前の私は、こんな精神疾患、うつ病とは無縁な存在だった。私の昔の仕事ーーーいや、機人に昔も何もない。あるのはその作り出された理由のみだ。私がこの世に作り出された理由は、〈戦闘機械〉として戦場で戦うこと。それだけだった。


 戦場に居た頃の私は、単なる殺戮機械だった。

 人工機械義肢を備えた人型歩兵として人間と一緒に作戦行動に従事していたこともあるし、局地戦に特化した機甲部隊のメインウェポンである巨大人型兵器〈ティターン〉、通称〈鋼鉄の猟衣〉のコ・コンピュータとして演算を担当していたこともある。

 なんにせよ、ある程度人型を保ち、なおかつ、人間の感情や行動様式をエミュレートし、経験を積むことで、より人間らしい・近い思考回路を形成してきたのは事実だ。それが、人間と機械をプログラムのやり取りではなく、直接的なカンバセーション等によって繋げる事に肝要なことだったからだ。


 ーーー人間の戦闘兵器制御補助システムとしての私達、〈機人〉。


 そのためには、私たちは人を真似て作られる必要があったのだ。

 私達機人の最初のロットには、〈Aオッドナンバーズ〉という者たちが居る。

 Aオッドナンバーズの頃の私達、機人というAIは、本当に、人間の機械操作における補助的な役割をするだけの、いわばアシスト機能だけを備えたものであった。けれども、ロットがA、B、Cと進む内に、それらはどんどん人間の代替物としての存在に変わっていった。

 私達が人型を取り始めたのは、Cロットになってからだった。Cロットは、初めての人型自律機械、つまりは、〈機人〉という名前が与えられたロットだった。

 チタン製の骨格に、機械電脳、もしくは、生体脳とCPUチップを搭載した、しかし、見た目は人間そっくりのものとして作られた。Cロット以前のロットも、徐々にバージョンアップし、そう言った外観と素体を手にしていったけれども、Cロットは特別だったし、エポックメイキングな存在だと思う。

 人間と対等に会話をし、時には喧嘩もし、意見を違え、かと思えば、戦友として絆を築くなど、私達機人が、単なる戦闘兵器ではなく、一人の人間のように扱われた初めての例が生まれたロットだったように思える。 

 今、私が語っていることは、私が製造される前のことだけれども、私は、機人の間で構築されている情報共有、メモリのバックアップ、演算補佐を兼ねたネットワークである〈アマテラス〉のアーカイブから引き出した情報で、情報アップロード者と、編集権限保持者に何かしらの悪意なりがない限りは、本当のことだと思う。

 私のようなHロットからすれば、まだ機人が機人と呼ばれる前の時代、ただの大型人型兵器のアシスト用のAIとして生み出された頃の話や感情、そして、その後、機械と人工生体組織の身体を与えられて、歩兵として運用された黎明期のことは実感を伴わないものなのだけれども、共有メモリによって、ある程度は理解できていると思う。

 そんな私であるHロットの機人は、Cロットの機人が、機人の歴史におけるエポックメイキングになったのと同じくらい、エポックメイキングな現象をもたらした。


 ーーーそれは〈機人初のPTSD発症〉だった。


     ◆


 〈機人権〉というものがある。機人という存在を、単なる人間に従事する物ではなく、一つの人格・存在を認めることで、人間社会において、対等な権利を(勿論それに伴う義務もあるのだけども)主張したものだ。

 これは、私の先輩に当たるCロットのオッドナンバーズが、銃後の公的機関、例えば大きな地方自治体に払い下げられた際に、人間社会にうまく溶け込めない機人が多数発生したことに端を発する。

 (私からすれば)奇特な人間がそれを問題視し、機人に対し、何らかの救済制度を作るべきだという主張をしはじめ、結果として、機人権なるものが提唱された。そして、運動は次第に活発に成り、ついには国を動かし、機人権は、国に認められることとなった。


 今のところは、日本でしか機人権は認められてないのだけれども、それでも大きな一歩だ。機人の私がこうして公的扶助を得ながら心療内科に通う事ができるのも、ひとえに、その権利故だ。(奇特な人間とは言ったが、その実、感謝はしている。)

 ちょうど、その機人権獲得のための運動がピークになってきた頃だったろうか? 日本防衛軍は、一度退役させ、自治体に払い下げた機人をもう一度戦場に引き上げる計画を立てていた。その大きな理由には、戦力の不足というものがあったのだけれども、その中でも一番問題になったのが、私達Hロットの、それも特に雌型のオッドナンバーの精神疾患だった。


 私達Hロット・オッドナンバーズは、それ以前の機人のロット、ナンバーズと違い、この世に作り出された時から生体組織の比率を高くした状態で組み上げられていた。なおかつ、AIの緩やかで柔軟な成長を観察するという研究目的も組み込まれていたので、私達Hロット・オッドナンバーズは、一年間、普通の人間と同じように(少なくとも科学者達が考える範囲では)扱われ、育てられてきた。

 これは今までの機人にはない要素だった。私達は戦闘機械なのだ。故に、即戦力としての能力が求められる。だから、Hロット以前の機人は、作り出されてからの習熟期間をわずか数週間のみ与えられただけで、戦闘用プログラムを円滑に操作し、人間を補佐するという仕事に従事してきた。

 しかし、私達Hロット・オッドナンバーズは違った。一年間の、それも中高等学校程度の教育機関にその身を預けられ、所謂〈日常〉を過ごすことで、人間により近い経験値を得るということを研究の獲得目標にされていた。

 そして、私達はその一年間という長いようで短い習熟期間を経て、戦場に赴いた。


 結果は、様々だった。今までの機人のように、可もなく不可もなく自らの仕事をこなす者、それ以前のものよりハイコンテクストなコミュニケーションを人間と交わすことで、より効率化した戦闘行動を可能にした者。そして………


    私のように、精神疾患を発症し、落伍した者。


 そう、戦闘機械として作り出された身の上であるのに、その存在理由を根底から覆す、〈役立たずの機人〉として、私は認定されてしまったのだった。そして、人間からエミュレートしなくてもいいはずの〈精神疾患〉を患っていることを、軍医から告げられ、私は退役し、戦線を離れ、この刈羽市市役所に払い下げられてきた。


 ーーー何の役にもたたないのに

 そして、あれからもう三年が経つ。長いようで短い? どうだろうか?


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