異世界の住人はアニメ好きだった
「あー、喉が渇いた」
俺は思わず声に出していた。
俺の名前は石宮大河。
帰宅部に所属している高校一年である。
今日は真夏の炎天下。蝉は絶え間なく泣きつづけ、アスファルトの地面は熱され、ただ歩くだけで汗が吹き出てきた。
当然のごとく、喉も渇いた。
そして、俺は自動販売機の前にいるというわけである。まぁ、当然の流れであろう。
自動販売機にはいろはすやジョージアなど定番のドリンクが揃っていた。
俺は120円を入れ、アメリカ文化の象徴の一つでもある『コカコーラ』を選択した。
ガタンっと音を立てて缶が落ちてきた。それを手に取った。
いやぁ、ひんやりしていて気持ちいい。
早速、缶を開けると、シュワっと音を立てた。
よし! 飲むぞ! そう思った瞬間、信じられないことが起きた。
「いやったぁ! 外に出られた!」
「……」
なんと、缶からまるでモンスターボールからポケモンが飛び出してきたかのように美少女が飛び出してきた。
左目は黄色、右目は赤色のオッドアイ、髪は肩まで長く、黄色であった。服装はというと黒色のゴスロリというのだろうか。そういった類に見える服装をしていた。
「あ、あなたは誰ですか?」
「ん? お前か。私を外に出してくれたのは。私の名はメイシス・ヴィ・カタラーナ。勇者と戦っていたのだが、勇者に封印されてしまったのだ」
「は? 缶コーラに?」
「ああ。その赤い物体には見覚えがある。勇者のやろうはそのまま私をこの異世界へと転送しやがったのだ。ところでお前の方こそ誰だ」
いまいち信じられない話だが、現実に缶から美少女が飛び出してきたのだ。
「俺は石宮大河です。えーと、それじゃ、メイシスさん? あなたは魔王か何かだったんですか?」
「いや、私は魔王ではない。しかし、魔族である。人間を恐怖に陥れる恐るべき魔族であるぞ。」
俺は何気にやばいことをしてしまったのではないだろうか。
「えーと、メイシスさんはこれからどうするつもりなんですか?」
「とりあえずはこの異世界を征服して、元の世界に戻ろうかな」
やっべぇ! こいつ、やっぱりあかんやつだった。
なんとか世界征服とかいう野望を食い止めないと。
「メイシスさん。世界征服なんてしなくてもこの世界はメイシスさんにとって楽しいことばかりですよ。」
「ほう? 例えばどういう楽しみがあるのだ?」
疑惑の目で俺を見つめてきた。これは中途半端な答えをしたら、容赦なく消し飛ばすぞと脅している気がする。
「えっと……この世界には『2次元』という素晴らしい世界がありまして」
「ほう、2次元とな。一体それはどういうものだ?」
「い、いわゆる可愛いキャラやかっこいいキャラを鑑賞して楽しむみたいなやつです。」
我ながら説明が下手である。
「ふむ。それは興味深い。私も是非、見てみたいものだ」
以外にもメイシスは食いついた。
「そ、それじゃ一緒にアニメでも見てみます?」
「うむ。」
うちの両親は共働きで夜遅くまでは帰ってこない。夜まではメイシスを家にあげても大丈夫だろう。
そして、俺とメイシスは自宅のテレビの前に座った。
「それじゃ、早速視聴しますか。」
俺は昨日、録画した、可愛らしい女子高生が一緒にキャンプするというアニメを再生した。
早速、アニメが始まった。冒頭、主人公がキャンプ場に向かってからのアニメのOPがスタートした。
「ほう、三角の物体が中を浮いているではないか! これはなかなか興味深いな」
「いや、実際は浮かないんですけどね」
テントが宙に浮かぶなど実査にはあり得ないことである。その後もメイシスは真剣な眼差しでアニメを視聴した。
「いやぁ、中々面白かった。キャンプとかいうやつ、か弱く下等な人間だからこそ楽しめるものなのだな。高等な私には無意味なものだが、しかし、アニメというのは純粋に面白かった」
「そうでしょう。この世界も捨てたもんじゃないと思いますよ」
「さて、次のアニメを見るとしよう。なにか適当にアニメを見せてくれ」
いきなりそう言われてもなぁ。
仕方ない、あのアニメにするか……?
いや、初心者にはレベルが高い気がするが。まぁいいか。
「分かりました。それじゃ、再生しますね」
テレビの画面に映し出されたのは二頭身のキャラクターだった。
「ふぅん。随分とさっきまでのキャラクターとサイズが違うな」
訝しげな目で見ていたメイシスだったが、視聴の途中で小さい声でこう呟いた。
「今日も1日がんばるぞい」
「え?」
俺は自分の耳を疑った。
「大河、今日も1日がんばるぞい! とはどういう意味なのだ?」
「今日も1日頑張っていこうって意味だよ。」
「な、なるほど」
よく分からないがメイシスは納得したようである。
そして、アニメのAパートが終了した。
「どういうことだ! これ、また始まったぞ!」
今見ているアニメは他のアニメとは違い、同じ話を細かい演出、そして声優だけ変えて(通称:声優リセマラ)再放送するのである。
これぞまさに手の込んだ手抜き。
「これはそういうアニメなんですよ。違いもありますから、よく見ていてください」
「こ、声が変わっている」
メイシスはアニメに釘付けになっている。
初見では何が起こるか分からないワクワク感があると個人的には思っている。
「バラバラにされたいやつから一人残らずかかってきなさいか。いいセリフだ。私も使おう」
どうやらアニメのセリフをパクるつもりらしい。
とつぜん、ピンポーンと、玄関の方から音が聞こえた。
宅配便だろうか。
「ちょっと、俺行ってきますね」
「ああ、なるべく早く戻ってきてな」
玄関の方に向かい、扉を開けると黒いマントを身にまとった青年が立っていた。
鋭い目つき、精悍な顔付き、背が高くやや筋肉質の体つきをしていた。
「おい、貴様の家に魔族がいるな」
何者なんだ。こいつ。
「さぁ、何のことかわかりません」
とりあえず白をきることにした。
「隠していても無駄だ。この家には魔族の気配がする。これ以上隠すようなら容赦なく貴様も切るぞ!」
マントの青年は銀のソードを取り出した。
刃先が研磨されていて、見るからに切れ味が良さそうである。
「おい、大河どうしたんだ……お前、勇者か」
「メイシスか。貴様は封印したはずだが。なるほど、この男が封印を解いたわけか。仕方ない。お前ら二人ともぶっ倒す」
「上等だ。かかってこい、勇者。あの時の雪辱、今晴らす!」
バチバイという二人の殺気が自分の肌に感じられた。
やばい、これは荒れる。
世界を揺るがすほどの戦闘が巻き起こりそうだ。
一番の問題は俺の家が吹き飛びそうということなのだが。
冗談じゃない! 絶対に食い止めてやる!
「ふ、二人とも面白いアニメがあるんですけど見ませんか?」
すると、真っ先に勇者が食いついた。
「どんなアニメだ?」
さっきまでの険しい顔が嘘のように純粋な顔で訊いてきた。
この勇者さん、まさかオタクなのか?
「大河、私も見たい」
メイシスも賛同したので、リビングに戻った。
そして、今度は三人でアニメを視聴することにした。
今見るアニメはラーメンが大好きな美少女女子校生徒とその周囲が巻き起こすコメディアニメである。
基本的には女性のキャラクターしか出てこない。
アニメを再生すると、メイシスと勇者ははしゃぎながら視聴した。
「うわぁ、このラーメンうまそうだな!」
「おい! 大河! 後でこのラーメン屋に連れていってくれ」
「メイシス! 貴様、抜け駆けはゆるさんぞ。大河殿、私も連れて行ってくれ」
とりあえずは楽しそうに二人はアニメを視聴しているようだ。
しかし、アニメというのは異世界の住人すら沼にはめてしまうすごい効果があるんだなぁとしみじみ思った。