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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雷霆の天使

作者: 如月 恭二

この作品は、如月の黒歴史100%で構成されています。



柊「恥ずかしいと思わないのか? いい年こいて邪気眼とか、馬鹿じゃないの?」


如月「堕天使という言葉にロマンを感じるのは、今も昔も変わらんッ!」


柊(ダメだコイツ……早く何とかしないと!)

 かつて、シエル王国の北に面した平野で竜が出た、という話があった。

 獰猛かつ食に貪欲な個体で、多数の犠牲者が出たという報せがあり、村や集落がいくつも滅びた。

 竜という生物は、後方に伸びた鋭角な角と頑強な鱗や甲殻、そして何よりも蝙蝠じみた翼が特徴だ。上肢はないが、翼に備わる鉤爪は並みの剣より鋭く、触れたものを無慈悲に引き裂く。

 そればかりではなく、息吹(ブレス)として火を吐くなどの特異な個体が存在するとも伝わる。今回北に出没したそれは、まさにそれであった。

 片翼を失い、手負いのそれが王都に迫るのも時間の問題かに見えた。兵達は、恐れ戦きながらも戦の支度を整えた。

 やがて来るだろう自身の破滅に、胸を掻き抱きながら──。


 ──しかし、幾日もしない内に噂が潰える。


 竜に関する情報は、ありとあらゆる組織が欲しがったものだ。だというのに、出没の報せからほんの五日の後、竜は消えたという報告があがるばかりだった。

 付近を避難の為に通過していた人物によると、五日前にそこでは、雨天でもないのに雷鳴が轟いていたという話だ。

 かくて、この奇妙な事態はひとまずの収束を見せた。

 強いて言うなれば、その情報が噂となり独り歩きを始め、酒場での笑い話になったことくらいだろうか。

 しかし、そんな賑わいに一役買った話題も、僅か半月しか語られず、人々の記憶から薄れていった。







 ──五日前。シエル王国北方の国境付近。


 村の家々が煌々と燃え盛り、目に痛いほどの朱が逆巻いて天上を焦がしていた。

 人は死に絶え、竜に貪られたとおぼしき遺骸がそこかしこに散乱しており、肥沃な大地が赤一色に染まる。それには、老若男女の区別はない。略奪と暴行の行く末にも似ていた。炎が全てを舐めあげるように蹂躙する様はまさしく地獄である。

 竜の咆哮の遠雷が響く──生命(いのち)あるものに恐怖の念を植え付けるかのように。

 教会の鐘楼よりも頭ひとつ分高いほどの巨躯。それに近い場所に居る小鳥達がショック死するほど強烈な怒号。


 そんな暴虐の余韻に浸る竜の目に、更なる獲物が目に映る。それは女だった。修道女が身に付けるような黒のローブを着用しているが、白の刺繍は施されていない。

 そんな貞淑かつ質素な装いに負けず劣らず、彼女の容姿は実に洗練された美しいものだ。職人が丹精込めて造り上げた人形、或いは女神もかくやと言うほどの美貌の持ち主。瑞々しい唇、整った鼻梁(びりょう)。そして、絹も顔負けの背中まで掛かる長髪。銀にも似た白髪はおろされていて、風に(なび)く様が映えている。

 腰に儀礼用とおぼしい短剣が二本差されており、さながら教会に仕える巫女のようだ。


 だが、竜の目にはそんな美しい女など取るに足りない存在だ。それの頭の中は既に、目の前の獲物をどうやって食い散らかすかに占められていた。多少の武装は焼け石に水だ。竜の鱗や甲殻は、並み大抵の武具では傷ひとつ付けられない。却って激昂させるだけだ。

 竜が唸る。武装を認めた為である。

 何も脅威として見ている訳ではない。単に煩わしいのだ。人が飛び回る蝿を鬱陶しく思うように、竜にとって人間は虫けらのような存在なのだから。


 女性の命運は尽きたかに思われた。数分後、血肉と腐敗した匂いに溺れながら、口の端から覗く乱杭歯に健康的な肢体が寸断されることだろう、と──。


 そこで、女の姿が竜の視界から消えた。想定の斜め上を行く事態に、それは一瞬呆気に取られる。だが、野生の勘が視線を下へと運ばせるに至った。

 そして女が竜の足元で剣を抜き放っていた。

 ──否、それは短刀の類だろう。

 厚い刀身、そして切先は剣のように鋭角をとっているのではなく、滑らかな弧を描き湾曲している。装飾は一切なく、捉えようによっては無骨とも見える(たたず)まい。その様子から、彼女の差す得物が儀礼用ではなく、戦闘用に拵えられたものだと分かった。

 だが、それは闇をそのまま武器にしたような、黒いものだ。神聖なものとは対極に存在するような、そんな代物である。

 それでも無骨とも、禍々しいとも取れないのは扱う者の姿と雰囲気の所為(せい)だろうか。

 

 女が裂帛(れっぱく)の気と共に肉薄。穏やかそうな外見に反し、彼女は大胆かつ繊細に得物を振るう。一度瞬きする間、実に十合も打ち込む凄まじさである。得物が短いということもあり、取り回しは良いだろうことを加味しても、驚異的な(はや)さである。刀の扱いに長ける如何な極東の剣士達でさえも、彼女の太刀筋に応じることは敵わないだろう。それほどまでに苛烈な猛攻。


 竜が()える。

 彼女の攻撃が功を奏したということではない。予想外の事態に驚き、怯んだだけである。とは言え、竜とて無傷とは言えないだろう。あらゆる剣士の攻撃をものともしない鱗と甲殻は、既に傷だらけと成り果てた。だが、逆に言えばそれだけである。人間で言うなれば、蚊に刺された程度の痛痒しか与えていない。何故なら、出血なぞしていないからだ。


 「く……硬いっ!?」


 女が驚愕に顔をひきつらせる。

 斬り付けたのは、関節の可動部である。生物は関節が(もろ)く、等しく弱点である筈だった。短刀の刃は、成る程確かに竜鱗を切り裂き、手傷を与えた事だろう。しかし、それだけでは足りない。彼女の得物はいまだ健在だが、これでは竜を打倒せしめることは不可能だ。撃退することすらもままならないだろう。


 そして、竜が動き出す。

 巨体に似合わぬ敏捷性を以て女を(ほふ)らんと暴れ狂う。

 時には腐臭のする口で、ある時は翼爪で彼女を引き裂こうと躍起になった。狡猾なことに、時として牽制(フェイント)を織り交ぜ、全力で殺しに掛かった。先の猛攻で脅威として認識されたのだろうか。

 彼女も負けじと交差方を見舞うが、決定打にはなり得なかった。結果として、徐々に防戦を強いられ、身体には生傷が増えていく。一通りの攻防が終わる頃には、ローブにはスリットが入り、肩口も露出している。他にも破れた部分があるため、扇情的ととられかねない、際どい姿だ。

 その時、突如として竜が空に舞い、口を開き彼女へと向けた。何かを溜めるかのように、口元に力が収束して行く。


 「まさか……!?」


 瞬間、彼女は理解する。

 ──息吹(ブレス)を吐くのだろう、と。

 最早、勝ち目は無いかに思われた。

 ──だが、


 「……あまり気乗りはしませんが、そちらがその気なら──」


 小さな独白にも似た呟きが、彼女の口から紡がれる。


 「──私も少々、本気を出しましょう」


 決意とも、負け惜しみとも取れる一言の後、彼女の周りに幾何学模様と文字とが浮かび上がる。それはどこの公用語にも類似しない、まったく未知のものだ。

 そして、燐光が彼女の背中で煌めき──一対の黒紅(くろべに)の翼が顕現した。それは竜のものとは違う、鳥のそれに酷似しており、身の丈を上回るほどである。

 ──天使。

 翼を備えた人形(ひとがた)は総じて、そう呼称される。宗教家達の言を借りるならば、“神の遣い”であるとされる。神聖な存在であるとされ、人間に恩寵(おんちょう)を与えるとも。


 だが、それにしては彼女の姿に違和感がある。

 天使は白い翼を備えているはずなのだ。それが、彼女のそれは黒とも紅とも見える色彩である。強いて喩えるならば、それは酸化して黒色となった血液にも似ている。

 清らかさとは縁遠い、いっそ忌まわしいとも思える姿である。


 ──アアアアアアアア‼


 異形の天使が悲哀に充ちた慟哭をあげ、激しく羽ばたき、暴風を(まと)いながら力強く飛翔する。

 竜の咆哮にも劣らぬそれは、自らが異形に堕ちたことへの哀切を物語る様ですらあった。

 これには、さしもの竜も慌てた。隙を晒すことに繋がる為だ。すぐさま息吹を吐くのを中止し、天使に向かって行く。

 天使は、小回りを活かした機動で空を舞い、竜の首筋から尻尾に至るまであらゆる箇所を攻撃する。だが、短すぎる範囲(リーチ)の為、密着した状態で得物を振るうということは、相手にも反撃の期があるということの裏返しだ。尾による攻撃で、幾度か回避を余儀なくされてしまう。一尺と八寸程度の間合いでは当然である。


 腰に短刀を納め、彼女は呟いた。


 「来たれ、(いかずち)(つるぎ)


 天使の手元に紅い雷光が走ったかと思うと、それは両刃の大剣をかたどり、実体化する。天使とは、個別に特殊な能力を有する。彼女の場合は、(いかずち)を司る能力らしい。

 紅い刀身は、火花を散らし仄かに明滅する。


 身の丈ほどもある大剣を両手で携え、接敵。

 中空で飛翔しながらの剣舞は、小気味よいものだ。巨大な武器に持ち替えたものの、彼女の剣閃は短刀の時と見劣りがしないものである。寧ろ、得物が違うことでより気魄(きはく)が感じられる。超重量の武器は、それだけで斬れ味と破壊力を増すのだから尚のことだ。細腕とは到底思えない速度で振るわれる剣は、膂力(りょりょく)とそれを可能とさせる技量の片鱗を(うかが)わせた。


 翼爪をまとめて四本斬り飛ばし、角を粉砕し、鱗を弾き飛ばす。雷の放出で、肉が焦げる匂いが立ち込め、竜の出血は著しく増えていった。


 竜は(かつ)てないほど激昂した。真の意味で脅威を認識したのか、大気を震わせる轟音で威嚇。その隙を天使は逃さない。

 赤銀の剣が、残った片翼すらも切り落とす。耳触りな高音の絶叫を伴い、巨体が墜落する。暫し自由落下した後、地上を揺らして着地する。


 それを追って、天使は飛翔した時とは対照的に、柔らかく地に降り立った。


 「はあ……危ないところでした」


 そう言って、一息付く。激戦であったこと、この個体が非常に強靭であったことから、彼女は(いささ)か以上に疲弊していた。

 ──高所からの墜落、そしてあの衝撃。もう大丈夫でしょうね。

 

 討伐は完了した。

 そう考え、彼女が竜の身体に背を向けた瞬間だ──。

 後方で、濃密な力が収束して行くのを感じる。振り返れば、竜は口元で息吹を放たんとしていた。最早、張り詰めた弓弦(ゆづる)(つがえ)られた矢のようになっている。

 瀕死で、極限状態となった集中力の為せる業か。

 死なば諸とも、という道連れ覚悟であると思われた。


 「雷霆招来(らいていしょうらい)……赤銀の霹靂(へきれき)!」


 天使が上擦った声で、力の行使を告げる。

 幾何学模様が背部で乱舞し、紅い雷光が(ほとばし)った。その余波で、草や石が灰と化す。

 そして、彼女の手には紅き雷が宿る。

 轟、と炎が猛り狂った。天使を消し飛ばさんと、尋常ならざる火力をもって大地を舐めあげる。

 迎え撃つは、紅い雷霆。まるで相克するかのように衝突し、互いを蝕み拮抗する。小規模の爆発が発生し、天使の肌を、竜鱗を熱で(さいな)む。


 ──万雷ノ軌跡。


 彼女は更に何事かを囁き、雷の放出が途絶えるが、再度雷が生じる。先程よりも数段激しい、稲妻そのものであった。

 

 「これで──」


 そして、そのまま解き放つ。

 幾条もの雷光が渦を巻き、やがて一筋の光となって息吹を呑み込む。拮抗したように映ったのはほんの一瞬だった。

 

 「──終わりです‼」


 竜が啼く。だが、死に際の断末魔すらをも消し去り、雷は地平の彼方へと吸い込まれた。強靭な竜の外殻をも灰燼(かいじん)に帰し、尚も激甚な力を残した一撃である。


 死骸も残さず消えたそれを見届け、天使は翼で自身を隠す。そこで幾何学模様が顕れたかと思うと、次の瞬間に彼女は消えた。

 焦土と化し、いっそ盛大なほどに(えぐ)れた大地が、短時間ながらも凄烈(せいれつ)な戦闘があったことを雄弁に物語っていた。

近日堂々公開‼






















……気が向いたら、ですが。

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