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6 人形遣いの矜持

 

 

 

「とにかく。ルチアちゃん、この男はなぁに? 説明しないと本当にブッ殺すわよ?」

「ただの護衛だ」


 息巻くミランにそれだけ言うと、ヴァンツァは煩わしそうに壁から離れた。

 それでも、ミランは不審そうにヴァンツァを観察する。だが、彼が腰にさげた剣を見た瞬間、青い眼を瞬かせた。


「あら、あなた……よく見たら、もしかして」

「表にロジェンヴァリ公の馬車が止まっていたが」


 ミランの言葉を遮って、ヴァンツァが表を指差した。すると、ミランはハッとなにかを思い出したように動きを止める。


「ああ、忘れてた。イグナーツ様、怒っていらっしゃるかしら」


 イグナーツ・ロジェンヴァリはミランを祭典に推薦した王族だ。

 国王の長男だが、何故か継承権は与えられていないという。愛人の子供という噂もある。

 それでも、ルチアにとっては王族であることに変わりなく、そんな人物からの推薦を受けたミランを人形遣いとして羨ましくも思った。


「じゃあね、ルチアちゃん。濃厚で甘いひとときだったわ。次も楽しみにしているからね」

「だから、誤解を生むような言い方しないでよ」


 急いで駆け出しながら、ミランは投げキスを寄越した。


「人前で不埒な……」


 ヴァンツァはミランの後ろ姿を見て、小さくつぶやいた。

 育ちが良さそうだし、意外とその辺りの羞恥心が強い男なのかもしれない。そういえば、エドが潔癖とかなんとか言っていたか。

 ミランが人目をはばからないことに関しては、全く否定出来ないのだが。


「っていうか、関係者以外立ち入り禁止なんだけど」

「あの子供は、そうは言わなかったが」


 クルトのヤツ……見習い人形遣いであり金の亡者でもある少年が逃げていく姿を思い出して、ルチアは拳を震わせた。


「人形が嫌いとか言いながら、ちゃっかり舞台まで見て。あんた……実は密かにわたしのファンなんでしょ?」

「人形頭は妄想癖まで激しいのか。エドに言われなきゃ、誰がお前みたいな小娘についているものか。座って暇を潰すには、客席がちょうどいいだけだ。興味はない」


 いちいち腹の立つ言い方だ。

 ヴァンツァは端正な顔に表情らしい表情を浮かべないまま、淡々と続けた。


「音程が何箇所か外れていたし、人形の動きも揃わない場面があった。集中していない証拠だな。人形に集中出来ないことがどんなに致命的か、人形頭にはわからないのか」

「ぐッ……それは」


 あんたが客席にいるせいで集中できなかったんじゃない!


 ルチアは叫ぼうとしたが、唇を閉ざした。

 客席に嫌な客がいるという理由で舞台に集中出来ないのは、人形遣いとして失格だ。父はどんな舞台でも最高のものに仕上げる努力をした。それが出来ないルチアは、未熟なのかもしれない。


 エドやヴァンツァに人形遣いとして認められていないのが、思いのほかショックだった。

 客席に座るヴァンツァに少しでも良く見えるように、演出を即興で変えた。結果的にその部分が上手くいかずに、失敗してしまったのだ。


 ルチアの失敗に気づいた者は少なかっただろう。けれども、現にヴァンツァは気づいているし、ルチアもそれを良いとは思っていない。

 それに、舞台の途中に集中力を欠くことは人形遣いに取って致命傷となることがある。

 もしも、「人形移り」でも起こしてしまったら、舞台は台無しになるだろう。


 人形遣いは人形に魂の一部を移しこむ。その間、集中出来なければ糸が切れてしまう。

 稀に人形の中に魂全体が引きずり込まれてしまうことがあるのだ。人形移りを起こせば、抜け殻のように身体は眠り続けてしまう。

 近くに魂の引きこまれた人形があれば問題ない。すぐに身体に戻ることが出来るので、それが原因で命を落とす人形遣いはほとんどいないだろう。ルチアも昔は練習中に人形移りを起こしたことがあった。


 だが、舞台の上では別だ。

 公演中に人形移りになれば舞台は台無しだし、人形遣いとしての腕も疑われる。故に、人形遣いにとって、集中力は生命線とも言えた。


「……あんたは気に入らないけど、指摘だけは受け取っておくわ」


 ルチアの態度に、ヴァンツァは若干目を見張って口を開く。


「意外と素直だな」

「自分の失敗を客のせいにしたら、プロ失格よ。それくらいは、わかってる」


 悔しかった。

 自分の技術には絶対の自信がある。

 しかし、それをいつでも存分に発揮することが出来ない自分が情けない。それが認められない理由なのかもしれないと思った。


「だから、近いうちに認めさせてやるわ。覚悟しなさい」


 はっきりと言うと、ルチアはまっすぐにヴァンツァを見上げた。ヴァンツァはルチアを見て漆黒の双眸を瞬かせたが、やがて重い口を開く。


「だが……この前よりは、マシだった」


 早口で告げると、ヴァンツァはルチアから視線を逸らしてしまった。あれだけ文句をつけたくせに、マシだったとはどういう意味なのか。

 ルチアは首を傾げた。まったく意味がわからない。演目が彼の好みだったのだろうか?


「あんたって、やけに人形にうるさいわよね。なんで、嫌いなんて嘘ついてるの?」


 嫌いだと言いながら、普通は客席に座ったりしない。最初から舞台裏に入るなり、外で待っていればいいのだ。暇つぶしと言っても、嫌いなものを見る必要はない。

 それに、彼の指摘はどちらかというと技術的な問題で、同業者の視点に近い。


「本当は人形遣いなんじゃない?」


 ルチアの言葉を聞いた途端、ヴァンツァは露骨に表情を歪めた。その射抜くような視線が鋭くて、ルチアは思わず口を噤んだ。


「不愉快だ。二度と口にするな」


 喉元に刃を突きつけられたような、ピリリと痛い緊張感が走る。

 ルチアはそれ以上なにも言えずに、ヴァンツァを見ていることしか出来なかった。

 ヴァンツァはルチアに背を向けると、短く「表にいる」と言って立ち去った。

 

 

 

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