26 マリオネット姫とお貴族様
舞台が終わると、祭りがはじまる。
王城の庭で振舞われる料理や酒類の数々は目移りするくらい豪華で、王都の市民たちは喜んで笑いあった。
貴族たちは屋内に用意された会場に引き払ったが、それでも、広い庭に並べられた品々や持て成しは、庶民には充分満足いくものだ。
特に人気なのは、噴水から流れるワインの泉だろう。
『ルチアの馬鹿! 人形頭! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!』
クルトがもぐもぐと口を動かしながら、乏しい語彙でカシュパーレクに文句を叫ばせる。
ルチアはそんな言葉など聞こえない振りをして、パプリカのシチューをたっぷりと絡めた小麦粉団子を口いっぱいに頬張った。もっちりとした食感と、口の中に広がる香辛料の風味が堪らなくて癖になる。
『なんで、祭典の受賞を辞退などしたのじゃ! 中央劇場の公演権じゃぞ!? 王室御用達の人形遣いじゃぞ!? そんな称号、ランゲル以外で持つ人形遣いなんぞ、そうそうおらんというのに! なによりも、ワシの懐が温まらんではないか! 優勝賞金100万コルナがぁぁぁあああ!』
十中八九、最後の一言が本音だとわかりながら、ルチアは料理をじっくりと噛んで呑み込んだ。
クルトは腹立たしそうに、豚の脛肉にかぶりついている。その横で、カシュパーレクがジタバタと地面を踏み鳴らしていた。
「だって、つまらないじゃない」
『なにがじゃ!? 面白かったぞ!?』
「いや、わたしの舞台が素晴らしいのは当然よ。天才だから」
『だったら、なんでじゃ!?』
当たり前のことを言ったつもりだが、クルトは納得がいかないらしい。
「今回はミランたちもいなかったのよ。張り合いがなさ過ぎて、全然面白くないわ。天才は誰にも文句を言わせない鮮やかさで勝つものよ」
『別に、今日の舞台に文句があった客はおらんと思うが……』
「当たり前でしょ、天才なんだから。でも、わたしが納得しないと。名誉だけ手に入れても意味ないわ。昨日の夜から決めてたの」
祭典の頂点に立つことは人形遣いにとって栄誉あることだ。
羨望の的であり、憧れを抱かれる存在になる。
けれども、ルチアは納得しなかった。舞台は確かに完璧だったかもしれない。誰もルチアが受賞を受け入れても文句は言わないはずだ。
だが、今回の舞台は完全にルチアだけのものではない。
腰にさげた人形を見下ろす。
この人形はルチアのものではない。しかし、これがなければ、ルチアは舞台に立つことすら出来なかった。
誰かに支えられているようでは、まだまだ甘い。一人で立派な舞台を演じ、ライバルたちに差をつけてこその頂点だ。それが出来なかった今回は、賞を受ける資格などない。
「よく食べる小娘だな」
声に反応して振り返ると、案の定、ヴァンツァが立っていた。
祭典の席だというのに、相変わらず、黒くて代わり映えのしない服を着ている。そういう家柄なので仕方ないが、もっとバリエーションがあってもいい気がした。
クルトは庭の向こうではじまった大道芸を見に行くと言って、席を外す。
「どう? わたしの舞台はお気に召したかしら?」
「口の中のものを呑みこんでから喋れ」
「食べてる途中に話しかけてくる方が悪いのよ」
ルチアは大して急ぎもせず、噛みごたえのある豚肉をゆっくりと喉に通した。
「お前は舞台以外の場所では、本当にただの馬鹿だな」
「あら、今日の舞台を褒めてくれてるの? ありがとう」
「……今ので、どうやって褒められていると思うんだ。思考が前向きすぎて恐ろしいぞ」
「天才だから」
「馬鹿の天才だな、よくわかった」
人のことを、よくも「馬鹿、馬鹿」と連呼出来るものだ。
ルチアは大人しくしていようと思っていたが、がまん出来ずに目くじらを立てる。
しかし、キイキイと甲高い声をあげる直前。
ヴァンツァが胸元からおもむろにハンカチを取り出し、ルチアに突きつけた。
「口が汚れている」
口いっぱいに料理を頬張ったせいだろう。
ルチアはとっさに、ヴァンツァのハンカチを受け取ろうとする。だが、それよりも速く、ヴァンツァがハンカチを軽くルチアの唇に押し当てた。
口の周りについた食べかすを丁寧に拭き取られて、ルチアはぼんやりとヴァンツァを見上げる。
「この前は嫌がってたくせに」
「……別に嫌だったわけじゃない」
ヴァンツァはやはり不機嫌そうに唇を曲げて、短くつぶやいた。
そして、後ろに隠していたものをルチアに押し付けた。
「女は花で喜ぶ単純な生き物なんだろう?」
色とりどりの大きな花束を受け取って、ルチアは目を丸める。
言い方は気に入らないが、今更だ。ルチアは花束を受け取って笑った。
「わたしに? ありがとう!」
いつも、ミランの花束を見て羨ましいと思っていた。自分も花束をもらえて、ルチアは単純に嬉しくなる。
ヴァンツァにしては気が利いている。
素直に喜びの声を上げると、ヴァンツァはばつが悪そうに顔を背け、不器用な口調で続ける。
「舞台は、よかった。恐らく、今まで見た中では一番の出来だろうな」
「そう? まあ、当然よね!」
「お前が王都の話題をさらうほどの人形遣いになれば、貴族との結婚も不自然ではないぞ。実際に気に入った人形遣いを夫人にする者も多い……その、お前の好きな贅沢品だって食べ放題だし、それなりに良い暮らしも出来る。まあ、礼儀作法や様式にはうるさくて、存外窮屈な世界だがな」
「別に、わたし食べ物のためにお金持ちに憧れるわけじゃないわよ。失礼しちゃうわね。お貴族様に気に入られて玉の輿も悪くないけど、自分の力で昇りつめてやるんだから。天才っぽく!」
食べ物で釣られるような人形遣いだと思われているなら、とても心外だと思った。
ルチアがムッと唇を尖らせて鼻を鳴らすと、ヴァンツァが言い訳しようと口を開く。
「いや、そういう意味で言ったわけじゃなくてだな……」
「もういいわよ」
こういうやり取りにも慣れた。ヴァンツァが素直じゃないこともわかっている。
要するに、「俺だけではなく、他の貴族の目に留まってもおかしくないくらい良い舞台だった」と言いたいのだと思う。
「お楽しみですか?」
そんな会話をしていると、どこかおどけたような、しかし、明るく優しい口調で話しかけられる。
「あ、エド! ……じゃなかった。王子様!」
「エドでいいよ」
人形師として変装しているのではなく、立派な正装に身を包んだ王太子の姿だ。
金髪のカツラも似合わなくはないが、短い栗色の髪の方が自然で柔らかな印象に見える。
「こんなところに降りてきて、いいのかしら」
王族は貴族たちと一緒に城内へ移ったはずだ。
不思議に思っていると、エドは優雅な動作でルチアの前に歩み寄る。
「祭典で華々しい舞台を飾った人形遣いに王族として会いに来ても、なにも不自然じゃないはずだよ?」
誰もエドが人形師だとは思わないだろうし、理由もおかしくはない。
エドはルチアの手をそっと取ると、王侯の礼式に則って指先に口づける。
こうされるのは二度目だが、一流の社交界に迷い込んだみたいで気恥ずかしくて俯いてしまった。その様をヴァンツァが見て、なにやら眉間に縦じわを深く刻んでいる。
「今日は素晴らしい舞台だったよ。よかったら、また新しい人形を作らせてくれないかな、ルチア」
エドから初めて「お嬢さん」ではなく、「ルチア」と名を呼ばれて、ルチアは顔に花を咲かせた。
「作ってくれるの?」
「もちろん。ところで、ルチアに恋人はいる?」
どうして、急にそんなことを聞くのだろう?
ルチアは当たり前のように首を横に振って否定した。
「好きな人は?」
「そんなのいないわ」
「じゃあ、安心だね。誰にも怒られないや」
どこか挑戦的な声で言うと、エドは人懐っこく笑ってルチアの顔を両手で引き寄せる。そして、柔らかで悪戯っぽい笑みを湛えた自分の唇を近づけた。
息がかかるほど近くにエドの顔が迫る。
ルチアは驚いて、いつもミランから逃げるように、身体を捻ろうとした。
「なにしてるっ!」
ヴァンツァがルチアの身体を後ろからつかんで、エドから引き離す。
見上げると、ヴァンツァは顔を赤くし、エドを睨みつけていた。どうして、ヴァンツァが必死になるのか理解出来ず、ルチアはパチパチと目を見開く。
「不埒だ!」
「なんで? 僕はルチアの人形を作るんだから、お近づきの印だよ。親交を深めたいだけ。いいじゃないか、僕とルチアは同じ身体に入った仲だよ」
「破廉恥な言い方はよせ!?」
再びルチアに触れようとするエドの手を、ヴァンツァが叩き落とす。面白がるように、エドはわざとらしく肩を竦めた。
ようやく、エドが遊んでいるのだと理解出来た。
「潔癖がマシになったと思ったけど、あんまり進歩してないね。まあ、そこが面白いんだけど。余裕がない男はかっこ悪いよ?」
「うるさい!」
強引に抱きつこうとするエドから庇って、ヴァンツァはルチアの手を引いた。
逃げるように大股で引きずられて、ルチアは戸惑いの声をあげる。
後ろの方で、エドが笑っていたが、追ってくるつもりはないらしい。
「別に逃げなくてもいいわよ。ミランで慣れてるし……あんた、今日おかしいわよ?」
「うるさい、馬鹿娘! お前がそんな風だから、エドがつけあがるんだ!」
足がもつれるくらい早足で歩かれ、ルチアは人波を避けるので精いっぱいだった。
だが、手首をつかむ力はどこか労わるように優しく、温かい気がする。ヴァンツァはときどきルチアを顧みて、ついてこれるかうかがった。
賑やかな祭りの席からひっそりと、人形遣いとお貴族様が抜け出していく。
あと1話で完結です。
夕方か夜頃に更新出来ると思います。




