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20 事故だ

 

 

 

 要するに、人形移りが重なって糸がこじれ、中身が入れ替わった状態なのか。


 ヴァンツァは全く緊張感のない態度で語るエドの話を最後まで聞かず、部屋を飛び出した。

 そのあとを、ルチアの身体に入ったエドがついてくる。


「いやあ、お嬢さんが僕の方に入っているとは限らないけど。人形になってるかもしれない。こんなことになったことないから、よくわからないんだよねぇ」

「お前の兄の方もそうだが、どうして、王族の男はそんなに楽天家なんだ? ヘラヘラ笑うな!」

「そりゃあ、小さい頃から漏れなく優秀な宰相候補が傍にいたら、のんびりしちゃうもんさ。父上とか、ほとんど君の父君に政治任せちゃってるし。陰でジェハーク陛下とか呼ばれてるんだよ? ということで、ヴァンツァにも期待しているよ。がんばってくれたまえ」

「今からサボる気満々な発言をしてくれるな、頭痛がする……」


 人形劇の先進国は傀儡王家なんて、どんな冗談だ。

 しかも、自分から丸投げしてサボるつもりの徹底ぶりが根性曲がっているとしか思えない。


 エドが人形師を続けるなら、ヴァンツァが政治の舵取りをしてやる必要があるのは確かだ。だからこそ、自分は人形遣いをあきらめた節もあるのも否定出来ない。

 王太子の間だけという約束だったが、出来れば、エドには人形師を続けさせてやりたかった。

 だから、甘えられてしまうのかもしれないが。


「女の子って、歩きにくいんだね。それに、スウスウする」


 庶民のスカートを指でつまみあげながら、エドが階段に悪戦苦闘していた。服もそうだが、身体の大きさが変わって動きにくいらしい。

 エドもそれほど大きくないが、ルチアは更に小柄である。リュントを背負っているため、余計に動きにくいようだ。


「部屋で待っていれば、ルチアを連れて戻る」

「ううん、一緒に行くよ。君は鈍いから、あの子の場所がわからないでしょ?」

「そうだが……人形移りだったわりには、平気そうだな」

「君じゃないからね。むしろ、大好きな人形の中で暮らせて本望、みたいな? いや、それは言い過ぎか。長すぎてちょっと怖かったけど、起きたら面白いことになってたからね。傑作だったよ」

「あ、あれは……まさか、中身がお前だとは思ってなくてだな……事故だ」


 人生最大級の黒歴史を掘り返されて、ヴァンツァは恥ずかしくてたまらなかった。

 そんなヴァンツァの気を理解しているくせに、エドはルチアの顔で満面の笑みを浮かべる。


「普通の女の子でも、あんなことされたら恥ずかしいよ? それこそ、不埒だね」

「うるさい、真面目に探せ」

「ごめんよ。ヴァンツァは早くあの子を戻して、ぎゅうってしたいんだよね」

「別にしたくない!」

「いいよ、その気持ちはわかるから。女の子って、可愛くて柔らかいもん。ちょうどいい機会だし、ちょっとだけ楽しんでおこうかな?」


 エドは悪戯っぽく笑うと、自分で自分の身体を触ろうとしている。

 その手がルチアの胸をつかもうとしていることに気づいて、ヴァンツァは思わず腕を伸ばした。


「おい! 流石に許容できない!」

「ダメ? あはは。ごめん、ヴァンツァ放してくれよ。冗談だって――」


 思いのほか真剣に阻まれて、エドは誤魔化しながら笑った。

 だが、その瞬間、彼は背負ったリュントを壁にぶつけ、足を滑らせてしまう。ヴァンツァはとっさに傾いたエドの身体を受け止めた。


「あ……」


 エドが短い声を上げ、視線を降ろした。ヴァンツァも嫌な予感がして、下を向く。

 細い腰を支える左手。――小振りな胸部にべったりと触れてしまった右手。


「こ、これは……そのッ」


 ヴァンツァは顔にサァッと血が昇って紅くなるのを感じる。すぐにエドから身を引き剥がし、自分の右手を凝視した。

 中身は確かにエドだが、身体はルチアだ。

 うるさい小娘とはいえ、ちゃんとした女に不埒な真似を……まだ柔らかな感覚が手に残っており、羞恥を増長させた。想像以上に小さい気もしたが、立派な女である。


「……事故だ」

「うん、わかってるよ。そんなに赤くならなくていいでしょ。本当、女の子に潔癖というか、初心なんだからぁ……だから、すぐに女の子が離れちゃうんだよ?」


 エドは楽しそうに笑いながら、ヴァンツァを見上げた。


「別に、女に囲まれたいわけでは……」

「負け惜しみだね」

「黙れ。近寄ってきた女に来やすく触れてみろ。既成事実をネタに結婚でも迫られたらどうする!」

「……頭大丈夫? ジェハークの玉の輿目当ての女の子はいても、触ったくらいで既成事実だって言い張る女の子はいないと思うよ。それに、好きなら手でも胸でも触りたくなるもんでしょ? 結局のところ、本気で恋愛したことないだけじゃないか」

「そんなことは、ない……と、思う……」


 思えば、そんな気分になったことなどあっただろうか。

 女に触りたいなど……と、考えた瞬間に、先ほどとっさにルチア(エド)に抱きついたことを思い出してしまった。

 あれは無意識の事故だ。ヴァンツァは首を横に振って否定する。


「付き合った女の子には触れないのに、人形遣いの女の子には平気で抱きつく価値観なんて、理解したくないね」

「なッ……それとこれとは、別だ!」

「別なの? じゃあ、アレはなんだったのかなぁ~? ヴァ~ンツァくぅ~ん?」

「お前には関係ない!」


 衝撃で思考停止しているところへ、更に傷口を抉られる。

 人懐っこい笑みで笑う王太子が、どんな残忍な殺戮王よりも凶悪に見えて仕方がなかった。


「まあ、君がマトモに恋する気になって、ちょっと安心したよ。このままじゃ、男色趣味(あっち系)だって噂が流れても不思議じゃなかったし」


 ヴァンツァは項垂れていたが、すぐにルチアを探すという目的を思い出す。

 いくらエドがルチアの糸の気配を探っても、限界がある。すぐに見つかる保証もなかった。


「――――?」


 ヴァンツァの目の前を、光のようなものが横切る。


 人形の糸だ。だが、どこから? 急いで周囲を見回しても、人形の姿すら見えない。


 ただ、道を示すかのように、細い糸が城の回廊をまっすぐに走っていた。

 

 

 

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