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13 小さな舞台の裏で

 

 

 


 突然、屋敷に連れ込まれたかと思えば、いきなり人形劇をしろと言われるなんて。

 ルチアは困惑しながら、案内された部屋を見回した。


 屋敷の一室を改装した小さな劇場だった。

 このような劇場を作る貴族は多い。自分だけの劇場に気に入りの人形遣いを呼んだり、趣味で操る自分の人形を披露したりするのだ。

 よく見ると音響設備は最高のもので、舞台と客席の距離が近くて一体的な空気を生みやすい構造になっている。部屋の装飾は決して華美ではないが精錬されており、繊細で好感が持てる。側面に飾られた絵画も、雰囲気によく合っていた。


 人形劇を行うには、理想的な環境だ。

 貴族が趣味で作る劇場は派手で、人形劇の美学を理解せず、趣味の域を出ないものがほとんどだ。けれども、ここは違う。本気で人形劇を行うために作られた部屋だった。


 やはり、ヴァンツァは自称人形嫌いなだけで、本当は人形が好きなのだ。そう思わずにはいられなかった。


「この部屋を使うのは、実に十年ぶりでございます」


 執事が部屋の説明をしてつぶやいた。


「以前はよく、エドムント殿下や私ども使用人を集めて、坊ちゃまご自身の舞台を披露してくださりました」

「……やっぱり、ヴァンツァは人形遣いだったのね」


 ルチアは手に持った人形を見下ろした。

 エドが作った黒い道化師。

 これは、ヴァンツァのために作ったのではないか?

 根拠はないが、確信していた。


「どうして、ヴァンツァは人形が嫌いなんて言い出したのかしら?」


 執事に問うと、彼は少し戸惑うように視線を逸らす。

 だが、やがて口を開いた。


「坊ちゃまは人形移りに遭われました。それ自体は珍しいことではないでしょう。けれども、運が悪かったのでございます……」


 馬車での移動中、ヴァンツァは人形を操る練習をしていた。

 しかし、そのときにジェハーク家の馬車を狙った盗賊に囲まれてしまったのだ。馬車が止まった衝撃で、ヴァンツァは人形移りを起こした。

 馬車にはヴァンツァの母親であるジェハーク夫人も乗っていた。


「幸い、積荷を渡せば命までは取られませんでした。しかし、盗賊どもは……人形移りしたままの坊ちゃまが入ってしまった人形も、持ち去ろうとしたのです」

「え、それって」

「奥さまは人形を取り返そうと抵抗なさいました。しかし、そのために負傷してしまいました」


 気まずくなって、ルチアはどういう表情をすればいいのかわからなくなる。


「だから、ヴァンツァは人形が嫌いなんだ……」

「ご自分が人形移りになっていなければ、あのようなことにはならなかったと、坊ちゃまはご自分を責められたのだと思います。あるいは、奥さまを守りたかったと思っていたのかもしれません。あの頃には、既に大人でも苦戦する程の剣の腕前でしたから、盗賊を相手にしても決して遅れは取らなかったでしょう。坊ちゃまは事件のことを語りたがりませんし、あれ以来、人形にも触らなくなってしまいました」


 不慮の事故かもしれない。しかし、自分を責める気持ちは理解出来る。

 人形を「くだらない」と言った理由も、なんとなくわかる気がした。


「あの方は人形を見るのも嫌だとおっしゃって、この別邸にも足を運ばなくなってしまいました……それが今日、あなたを連れて来られた。坊ちゃまは、あなたに期待していらっしゃるのかもしれませんね」


 だから、エドの人形がこんなに寂しげなのか。

 『魔法使いの息子』は悲劇だ。エドがこの作品を選び、黒い道化人形を作った意味。愛情も寂しさも、哀しみも、全てを仮面の下に包み隠した道化を作った意味。


 もう一度、人形を操れるようになってほしい?

 いや、違う。そうではない。


「……わたし、ここで公演する。ヴァンツァのために、人形劇をする」


 エドがヴァンツァのために作った人形を見下ろし、ルチアははっきりと言った。

 そうだ。ヴァンツァがルチアの舞台を「くだらない」と言ったのは、こういうことだったのだ……今なら、意味がわかる気がした。


 自分が楽しむための舞台ではなく、誰かのための舞台。

 目の前にいる客のために演じ、楽しませる舞台。そして、客が喜ぶ表情を見て、それを自分の喜びに変えてこそ、舞台に意味が生まれるのではないか。


 先ほど、ヤンが見せた嬉しそうな顔が思い出される。あんな表情を、もっと多くの人にさせたい。ヴァンツァにも、もう一度人形を好きになってもらいたい。


 父の舞台がそうだったように。ルチアは父から、人形劇の楽しさを教わった。

 そんな舞台を自分でも作りたいと、今なら思う。


 人の心を動かす舞台。

 出来るかどうかなど、関係ない。やってみせる。ルチアはヴァンツァのために、最高の舞台を作りたいと思った。

 彼が、二度と人形が嫌いなどと言わないような舞台を、作ってみせる。

 

 

 

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