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11 お貴族様の尾行

 

 

 

 と、劇場を飛びだしてきたのはいいものの。


 行くあてがなく、ルチアは困り果てていた。

 本当になにも考えずに出てきてしまった。その自覚はあるが、今更引き返すのも妙なので歩いてみる。


 市庁舎広場では歪でデコボコした石畳の上で、鳩と子供がのどかに戯れている。中央にはフランチェスク・ランゲルの彫像が立っており、楽しげに笑う子供たちを見下ろしていた。


 とりあえずは、エドの店に行ってみよう。

 店主不在で閉まっているだろうが、なにかがあるかもしれない。そんなことを、根拠もなく考えていた。


「あ……」


 何気なく覗いたつもりだった。なにかあればいいと思って、ルチアは看板が下ろされた店の中を軽く覗き込んだ。

 そしたら、殺気立った視線で睨まれて、思わず後すさりしてしまう。


「お前……」


 中にいたヴァンツァが無愛想では済まされない形相で店の外に出ると、胸倉をつかむ勢いで迫ってきた。ルチアは多少慣れたが、一般人が近づいたら泣きながら逃げだすかもしれない。


「人形遣い風情がなにをしに来た。去れと命じたはずだ」


 ヴァンツァは冷たく言うと、ルチアの肩を突き飛ばす。

 その態度が癇に障って、ルチアは思わずヴァンツァを睨み返してしまった。


「わざとらしく人形遣いを見下さないでくれるかしら。そっちは貴族のボンボン様かもしれないけれど、わたしはルチア・ゼレンカなのよ」

「引き合いに出すには、全く釣り合っていない気がするが? それとも、人形頭には歴史の勉強から叩き込む必要があるか。馬鹿馬鹿しい」

「いきなり威張ってるんじゃないわよ。あなたは独立の英雄家かもしれないけど、それがなんだって言うの。わたしだって、これから伝説になる予定の天才なんだから」


 その自信はいったい、どこからわいてくるんだ。とでも言いたげに、ヴァンツァの表情が一瞬、いつもの呆れ顔になる。

 ルチアはその隙を見逃さず、自信満々に言い放った。


「わたしもエドの人形を探す」

「関係ない小娘が首を突っ込む問題ではないと――」

「関係大ありよ! だって、エドが人形移りになったってことは、新しく出来た人形を試しに動かしてみたってことでしょ? 彼はわたしの人形を作っていたのよ。でも、作業場にそれらしい人形はなかった。だったら、盗まれたのはわたしの人形ってことでしょ。自分のものを取り返そうと思って、なにが悪いっていうのよ。あれがないと、わたし祭典に出られないの!」


 ルチアは早口でまくしたて、腰に手を当てて胸を張った。

 完全なる開き直りである。

 相手は国で一番の大貴族なのに、なにをしているのだろう。と、自分でも突っ込みたい気分だが、流れでこうなってしまったので仕方がない。

 それに、昨日まで普通に話していた相手から急に見下されると癪だ。


「エドの糸を辿るなら、わたしの方が絶対に役に立つわよ。ありがたく思いなさい!」

「ありがた迷惑どころか、ただの迷惑でしかない。その頭で人形以外のことは考えられないのか、馬鹿娘」

「人形遣いなんだから、人形のことを考えてなにが悪いのよ。それに、わたし天才だし」

「自惚れるのもいい加減にしろ」

「自惚れじゃなくて、事実ですもの。あんた、どのくらい糸が見えるのよ。人形の近くに行って、すぐに気づく? 現役の勘を舐めないでほしいわ。それに、言ったでしょ。あんたにも認めさせてやるって。このルチア・ゼレンカを侮辱したことを後悔させてやるんだから」

「その前に、俺を怒らせたことを後悔しろ」

「そんな暇ないわ。たかが大貴族ってだけで、なにもしていない男に怒鳴り散らされても困るだけよ。家柄に見合った働きをしてから威張りなさい!」


 ビシッと言ってやったのが効いたのか、呆れてものが言えないのか。ヴァンツァは難しい顔をして黙ってしまった。ルチアは自分が正しいと確信しながら、鼻を鳴らす。


「わたしは人形遣いとして、エドの人形を取り返すだけよ。そっちの事情なんて、知ったことじゃないわ。あんたがダメって言っても、自分で探してやるんだから」

「勝手にしろ……!」


 ヴァンツァは吐き捨てるように言うと、立ち塞がるルチアを押し退けて店を後にする。

 ルチアは大声で彼を呼び止めるが、綺麗に無視されてしまう。


「なんなのよ!」


 ルチアはすぐにヴァンツァを追いかけようとするが、一応、エドの店をもう一度確認することにした。

 流石にヴァンツァが鍵をかけたようで、中には入れない。

 それでも、糸の痕跡がないか意識を集中させた。けれども、一夜明けたせいか、明確な痕跡を辿ることが出来ない。


 ルチアは腰にさげた人形の一つを見下ろす。

 昨夜、店から勢いで持って帰ってしまった黒の道化人形だ。店に返せたらいいと思っていたが、外に置いておくわけにもいかないだろう。


 本当はこの人形を持ち帰ってしまってもいいのかもしれない。ルチアがちょうど欲しかった演目の人形だし、出来も最高にいい。

 なによりも、今は人形がなくては祭典に出られないのだ。

 だが、泥棒のような真似はしたくない。


 それに、この人形はルチアのために作られたわけではないと明確にわかる。

 もっと別の人間のために作られたものだ。

 この人形に、エドはどんな想いを込めたのか――寂しさと切なさ、なにかを抑え続ける痛みと苦悩。人形劇に使われる人形とは思えないほど、複雑な想いがこめられている。


 これは人形劇のために作られた人形ではない。

 なにかを願って、なにかを変えようとして作った人形。そんな気がした。

 そのような人形をルチアが持っていてもいいわけがない。エドか、この人形の持ち主に返すべきだろう。


 ルチアは無意識に持ち上げていた人形を抱いて、ヴァンツァが歩いて行った方向を見遣る。

 顔は悪くないのに、中身が最悪に嫌味なお貴族様の姿は既になく、完全に見失ってしまった。

 それでも、追えばなんとかなる気がする。

 ルチアは特になにも考えず、人形を抱えたまま石畳の上を駆けた。


 が、本当になにも考えずに走ったせいで、すぐ疲れて息を切らしてしまった。


 そもそも、リュントを背負っているのが悪い。重くて走りにくいのだ。しかも、腰からは人形を三体もさげており、今日は更にもう一体抱えている。軽く筋力鍛錬をした気分だった。

 だが、商売道具を持ち歩くのはルチアのこだわりだ。いつでも人形劇を披露出来るようにしなければならない。ルチアが勝手に抱いている信条の一つだった。


 とりあえず、王城に近づこうと、フランチェスク橋を渡ってみたものの、どうすればいいのかわからない。

 丘の上に構えられた城へ続く道は見張られていて、一介の人形遣いではとても入りこめそうになかった。城下の街も、橋の向こう側と違って貴族や金持ちの邸宅が多く、落ち着かない。


 ランゲル劇団の所有する劇場や、中央劇場がこちら側にあるので、ルチアも全く橋を渡らないわけではない。それでも、一人で歩くのはいささか気まずいと思えてしまう高級な空気が漂っている。

 いっそ、引き返してしまおうか。とも思ったが、ルチアはブンブンと首を横に振った。


「これから、ルチア・ゼレンカは歴史に名を残す超大物人形遣いになる予定の天才でしょ。そうなったら、当然、毎日のように中央劇場で公演して大きなお屋敷を買うのよ。だったら、今から歩き慣れておくべきだわ。なに気後れしてるのよ、しっかりしなさいっ」


 ルチアは自分に言い聞かせるように意気込んで、拳を握りしめる。

 そして、周囲を見回した。


 この件が王室の事情に関係しているとしたら、犯人は貴族の可能性が高い。ということは、この近くにエドの人形があるかもしれないのだ。歩いていれば、気配くらいは見つかるかもしれない。

 人形移りを起こしている間、身体と魂の糸が切れている状態にある。だが、その間もお互いに元に戻ろうと宙を糸が彷徨っていることが多い。

 それが痕跡となるのだ。糸が見える人形遣いには、容易に感じることが出来る。

 人形を近づけて、糸を繋いでやれば人形移りはすぐになおる。


 他国では、人形移りの現象を利用して他人の身体に乗り移るらしいが、チェスクでは禁止されているので使われない。

 エドの場合は人形を試しに操っている間に、集中力が途切れるなにかがあったのか。それとも、何者かが故意に人形移りを引き起こすよう細工したのか……後者の術は人形遣いなら誰でも扱える程度の技術だが、使った場合、厳罰に処せられる。


 以前に、ライバルを引きずり降ろそうと、舞台に細工した人形遣いが捕まり、公演の権利を剥奪された事件があった。夜盗を装ってライバルを襲う行為も褒められたものではないが、人形を使って人を陥れるなんて本当に許せない。

 

 

 

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