序幕 舞台の幕開け
恋愛ものだと思います。
チェスク王国の人々は、皆口をそろえてこう言う。
――人形劇はチェスクの誇りであり、宝であり、心である。
その言葉通り、操り人形を使った人形劇はチェスクの誇りであり、宝であり、心であり続けた。
† † † † † † †
滑らかで繊細なリュントの音色が鳴り響く。
十五本の弦が張られた半洋梨型の木製楽器を巧みに指で弾いているのは、一人の少女だった。
小さな劇場に座る観客たちは、軽妙だが精錬された音色に耳を傾けながら、本番のはじまりを今か今かと待ち続けた。
さて、今日も華麗に行きますか。
少女は青空色の瞳にしたたかな笑みを描き、弦を弾く指に力を込めた。
指で弦を弾くたびに一つの楽器から作り出しているとは思えないほど多彩な音が生み出されていく。
「紳士淑女の皆さま、御機嫌よう!」
舞台の袖に立つ少女が口を開いた途端、中央でなにかが立ち上がる。
木彫りの人形だ。
なんの仕掛けもないし、糸もついていない木彫りの人形。
仕掛けのないはずの人形がムクリと立ち上がり、観客に向かって深々と頭を下げた。
「我がゼレンカ劇団の公演に足をお運びくださり、ありがとうございます。そして、ルチア・ゼレンカの舞台へようこそ! 本日も皆さまに最上のひとときをお約束いたしましょう!」
ルチア・ゼレンカと名乗った少女はリュントの演奏を止め、大きな動作で一礼する。合わせて、舞台中央の人形も再び頭を下げた。
だが、人形は深く腰を折りながら足の間に頭を挟み、そのまま前方にコロンと一回転してしまう。人形はお辞儀が失敗したことを誤魔化すように頭を掻き、両手と片足を上げて間抜けな決めポーズを披露する。
「おっと失礼。今日の相棒は調子が良いようね」
ルチアが愛嬌を振りまいて笑うと、観客も同調して華やいだ。
舞台の空気を完全に掌握したことを確信すると、ルチアは亜麻色の髪を軽く払う。そして、再びリュントの弦に指を置いた。
「それでは、このルチア・ゼレンカの人形劇――とくとご賞味あれ!」
宣言した瞬間、舞台の幕が上がり、王城を模した華やかな背景が現れる。袖からは糸のついていない十体の人形が一斉に現れ、賑やかな舞踏をはじめた。
人形劇の演目として人気の高い民間伝承を元にした『エルネスティーネ姫物語』のはじまりである。