96 ベリスカス 3
そういうわけで、看板も出来て、開店!
でも、特に宣伝も何もせず、ひっそりと開店した。
うん、派手に宣伝したりはしない。あんまり大勢のお客さんが来ても困るし、別に珍しいものを売ってるわけでもないから。たまにお客さんが来る、小さなお店。それが『便利な店 ベル』なのである。
この店は、あくまでも『生計を立てるためのお金を稼いでいます』という擬装用。大金を持っていて生活には困らない、とバレたら、変なのに目を付けられるし、婚活に悪影響が出るからね。財産目当ての男は要らないよ。
それに、何もしないと、人々との交流の機会がなく、婚活が進まない。
前回の失敗は、『店を開くのだから、儲けないと!』と考えたことだ。だから、売れる商品、イコールよく効く薬、となって、ああいうことになったんだ。
婚活のためには、店で儲ける必要はない。何とか店をやりくりしているんだな、と思われるだけのお客さんが入ればいいんだ。実際には赤字……はさすがにアレなので、生活費分を引いてトントンか、少し黒字になる程度で充分だ。あまり儲け過ぎる必要はない。
あ、エド達の預かり賃も捻出できるかな。ま、そっちはアイテムボックス内の貯蓄分から出しても構わないか。
エミールとベルは、ハンターギルドへ行っている。多分、今日は顔見せの挨拶と、情報収集だけで終わるだろう。依頼を受けるのは、明日からの予定らしい。
フランセットとロランドは、2階の自室でまったりと。何かあった時には、呼び鈴を鳴らすか、大声で呼ぶか、カウンターの下にある紐を引けば、数秒で現れる。だから、フランセットものんびりと休んでいられる。前回の『路上で一日中見張っている』というのに較べれば、天地の差だ。
……いや、スマンかった。本当に、スマンかった……。
私の休憩時とかにはフランセットに店番を代わって貰うけれど、基本的には、私が店番。でないと、お店をやる意味がない。あ、勿論、レイエットちゃんも一緒だけど。
3時間ずつ、朝夕2回。合計6時間労働で、日中はフリー。夜の仕込みも、早朝の作業も無し。補充品の仕入れも、アイテムボックスに大量に保管しておけば、数日置きで充分だ。
あああ、弁当屋や、前世での社畜時代に較べると、夢のような生活が!
しかも、不摂生しようが食生活が悪かろうが、ポーションさえあれば成人病の心配はない!
これだ! 私が求めていたのは、こういう生活なんだああああぁ!
……いや、待てよ。
もし結婚とかすれば、この夢のような生活が失われて、毎日旦那様のお弁当を作ったりしなきゃならないのでは? そんな面倒事を背負い込むくらいなら、いっそのこと……。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! 考えちゃ駄目だ! 考えるな、感じるんだ!
* *
碌に宣伝をしていなくても、新しい店ができたとなると、様子見の客は来る。さすがに初日の朝の部には誰も来なかったけれど、夕方の部には、近所の人や仕事帰りの人達が、それなりに。
以後は、少数ながらも、朝夕共にぽつぽつと客がはいるようになった。
「便利な店? どこにでも売っているようなものばかりじゃねぇか……」
そう言うお客さんには、ちゃんと説明してあげる。
「確かに、他の店でも売っているものばかりです。道具屋にある水筒、刃物屋にあるナイフ、食材店にある保存食、衣類店にあるマント……。
でも、急に遠方に出発しなければならなくなった時、それら全てを買い揃えるとなったら、何軒もの店を廻らなきゃならないですよね? それに、朝一番で急いで出発したくても、全部のお店が開くのって、朝2の鐘と昼1の鐘の間くらいですよね? それが、この店に来れば、一度に全部揃いますよ? しかも、朝1の鐘と同時に。
……どうです? 『便利な店』だとは思いませんか?」
「うっ、た、確かに……」
私の説明を聞くと、大抵のお客さんは納得してくれる。商品の価格も、決して安いわけではないが、高いというわけでもない。一部の、私達の趣味の品……私が作ったクッキーとか、ベルが作った竹細工、エミールが作った木彫りの動物とかは、かなり割安だし。
斯くして、あまり流行っているというわけではないが、閑古鳥が鳴いているというわけでもない、ごく普通のお店、『便利な店 ベル』は、静かに営業を開始したのであった。
* *
「おじさん、何か変な物、入荷してない?」
「変な物、ねぇ……」
朝2の鐘(午前9時)から昼2の鐘(午後3時)までは、店は閉まっている。なので、その間は自由時間……なんだけど、夜は9時くらいから5時くらいまで、たっぷり8時間は寝ているから、二度寝や昼寝もできない。だから、仕入れ先に顔を出してみた。レイエットちゃんとフランセットを引き連れて。
ロランドは、家族に旅の無事を知らせる手紙を書くとか……、って、王様宛てかよ! それ、絶対私の動静報告だろ!!
私は別に、商品全てを能力で創っているわけじゃない。それどころか、能力を使っているのは、どうしても欲しいけれど手に入らないという品物に限定している。そう、通常の物は、普通に商店や問屋で買っているのだ。バルモア王国で稼いだお金がたっぷりあるし、あまり『世界の理』を乱したくはないから……、って、今更か。
とにかく、ここは私が雑貨を仕入れるお店のうちのひとつ。小売店ではなく、卸しの店だけど、たまに面白いものを少しだけ仕入れていたりするから、こまめに顔を出す必要があるのだ。
「これなんか、どうだい? 遠国、アリゴ帝国の特産品、『目付きの悪い御使い様人形』って言うんだけど……」
「要るかああああぁっっ!」
「6種類全部集めると、目付きの悪い御使い様の御加護が……」
「うるせえええぇ!!」
「何か、面白い話、ないですか?」
次にやってきたのは、商業ギルド。商人たるもの、常に最新情報を入手しないとね。
「カオルさん、昨日も来たじゃないですか……。普通は、毎日来たりはしませんよ。
もし急を要することや商売に大きな影響を与える情報が入ったら、伝令が加盟店舗を廻りますから……」
だって、暇なんだよ! 暇過ぎてどうしていいか分からずに、時間を持て余してるんだよ!
忙しくなければいいというもんじゃなかったか。5年近く経っても、社畜精神が身体から抜けていないのか! くそ……。
バルモア王国で、『女神の眼』のみんなと一緒に住んでいた時も、家ではゴロゴロしていたけれど、ポーションのことやアビリ商会と共同での新製品開発、アリゴ帝国への帆船の技術供与、他国からのおねだりのあしらい等で、結構忙しかったんだよね……。
そして、夕方の営業。
退屈な毎日に、ちょっと失敗したかな~、という思いが湧き上がってくる。
あれだけ、平穏無事な生活を求めていたのに、いざそれが実現されると、何だかつまらない。
婚活も、正直言って、あんまり焦って急いでいるわけじゃない。老化しないなら、しばらくは世界を廻って楽しんでもいいんじゃないだろうか。もう少し、やりたいようにやって……。
どこかに腰を落ち着けて、増殖するのは、その後でも……。
そう、ぼんやりと考えていると。
「あの、ここ、ヘモルトの種、ありませんか?」
ヘモルト? 聞いたことがないけれど、種、というからには、何かの植物なんだろう。
切羽詰まったような、でも、何か既に諦めているかのような顔の、16~17歳くらいの女の子。 ここではとっくに成人済みの大人だけど、まぁ、その女の子の顔を見て、まだ少しぼんやりしたままの頭で、何となく思ったのだ。『「便利な店」と名乗っておきながら、困っている人に商品を提供できないというのは、店の名折れ!』と。
しばらくぼんやりしていたので、まだ頭があんまり働かない。なので、とっとと商品を渡そう。
(……上下二段構造になった容器で、下に回復ポーション、上にヘモルトの種!)
カウンターの下で、手の中に出現した容器。それを、そっとカウンターの上に置いた。
「はい、ヘモルトの種」
ヘモルトという植物は知らないけれど、多分、これでいいんだろう。女神工房を信じよう。
種は、なんだか大豆にちょっと似ているけれど、勿論全然違うものなのだろうな。それが20粒くらいある。回復ポーションは渡せないので、容器を分離して上側だけを女の子に渡した。
値段、いくらにすればいいんだろうか……。
「え? えええ? ほ、本当に、ヘモルトの、……種だ……」
呆然としたような顔の、女の子。いや、それ、欲しかったんじゃないの?
「ま、まさか、本当にあるとは……」
やはり、あまり期待していなかったような感じだ。『便利な店』をあまり馬鹿にしないでよ。野菜の種ぐらい……。いや、置いてなかったけどね。
まぁ、そろそろ夜1の鐘だから、他の店はとっくに閉まっているだろうからね。今夜か明日の朝イチで田舎に帰る、農家の娘かな。
「じ、じゃ、モルトグルの実と、クルコルの葉っぱは……」
う~ん、さすがに全部をカウンターの下から出すのは不自然か。
「少々お待ち下さい」
そう言って、物置と言ってもいいくらいの、ささやかな倉庫へ入り……。
「それぞれ二段構造で、下が回復ポーション、上がモルトグルの実のやつと、クルコルの葉っぱ入りのやつ!」
あ、もしモルトグルの実とやらが、スイカや椰子の実、ドリアンの実とかみたいなサイズだったら……、って、グミの実くらいの大きさだった。セ~フ!
そして、それぞれの上側だけを外して、カウンターへ戻った。
「はい、モルトグルの実と、クルコルの葉っぱ」
あれ? 女の子が動かないぞ?