87 御使い様再び 6
「じゃ、私達はこれで。中佐さん、色々とお世話になりました」
「待て! 待て待て待て待て!!」
私の別れの挨拶に、焦って声をあげる中佐さん。
「王都に戻って貰わないと困る! それに、店はどうするんだ!」
ああ、そりゃ、逃がしたくはないだろうなぁ、女神とタメ口をきく『お友達』とかを。
それに、私自体が『普通の女の子』とは思えないだろうしなぁ。
でも、王都に戻ればどうなるかぐらいの見当はつく。だから……。
「お店の契約は、既に解約しました。荷物も引き払ったし、もう王都に戻る理由はありません。戻らない理由なら、たくさんあるんですけど……」
中佐さんが、眼を逸らした。
うん、私がこれから王都へ戻れば、どういうことになるかは分かり切っているもんね。
まず、王宮から御招待が来て、神殿から御招待が来て、有力貴族から御招待が来て、大きな商会から御招待が来て、行くと年頃の美男子達が待ち構えているんだ、きっと。
……なかなかいいじゃん!
じゃなくて!
「籠の鳥や、アリンコに集られたり、トップブリーダーの手で繁殖させられるのは御免ですよ! いや、繁殖はしたいけど、それは私の能力目当てじゃない、普通の女の子としての私を好きになってくれた人とじゃないと嫌ですから!」
「……ひとつ聞いてもいいか?」
中佐さんが、真面目な顔で聞いてきた。
「その、『普通の女の子』というのは、どこにいるんだ?」
「「「「…………」」」」
どうしてそこで、必死で笑いを噛み殺しているんだ、フラン、ロランド、エミール、そしてベル!!
「とにかく、中佐さんには私の行動を縛る権限はありませんよね。私はこの国の者じゃない、ただの旅人だし、犯罪者でも、他国の間諜でもない。それに、そこのふたりは他国の貴族ですよ? 無理に捕らえようとすれば……」
「他国の貴族以前に、女神セレスティーヌにコネのある奴に喧嘩売る馬鹿がいるか!」
あ、それもそうか。
「しかし、そうなると、軍人病治療薬はどうなるんだ? まだ完治していない者もいるんだぞ」
「え、でも、いったん治っても、どうせ再発するでしょ?」
「……」
それくらい、中佐さんも分かっているだろうに……。何とか私に罪悪感を持たせて、いったん王都に戻らせようと必死だな。でも、軍人病から解放されると喜んでいた、近衛軍の人達には悪いことをしたかな。
儀礼的な仕事が多くて、ぽりぽり掻けない近衛軍の人達だけでも、何か救済措置をしてあげればよかったかも。もう伝染しないように、とか……、って、あああああっ!
「……中佐さん……」
「ん? どうした?」
「もう、軍人病のことは心配しなくて良さそうです……」
「え?」
そう、気付いてしまったのだ。
私はあの時、あのミニ女神像を創る時、何て念じた?
【今、王都に蔓延している流行病を、僅かな量を飲んだだけで治癒し、抗体も獲得することができるポーションで、汲まれてから24時間飲まれなかった場合は効力を失うやつ、小型の女神像型無限生成・循環システム付き容器にはいって、出ろ!】
『今、王都に蔓延している流行病』
『今、王都に蔓延している流行病』……。
軍人病も、しっかりとその条件を満たしていない?
ということは、あの薬を飲んだ王都の人々は、もう二度と軍人病に罹患することがないのでは?
中佐さんにそう説明してあげると。
「え……」
他の大隊に対する切り札を失ったのは残念であるが、王都の軍人達が二度とあの忌々しい病に罹ることがなくなったのは、嬉しいのだろう。複雑な表情の、中佐さん。
「あ、まだ確実じゃないから、戻ったら確認してくださいよ。それで、もし思った通りだったら、それの手柄は中佐さんのものにしていいですよ。『御使い様から褒美を取らせると言われたので、自分のことではなく、皆のために王都からの軍人病の一掃をお願いした』とか何とか。きっと兵士達からの中佐さんへの信望が高まりますよ」
中佐さんは、苦笑いをしている。
「じゃ、そろそろ行きます。あ、追っ手を差し向けても無駄ですよ。回復薬を与えた私達の馬には追いつけないし、もし追いつけたところで、私達を引き留めることはできませんから。
もし力尽くで、とかいうことになれば、セレスがチョイと『神罰』とかを……」
「大丈夫だ、ちゃんと陛下に直接奏上する。この国にも、女神セレスティーヌが国を滅ぼした話は伝わっておる」
よし、今度は円満に出発できそうだ。
「じゃ、お元気で!」
「…………」
あれ? どうして中佐さんは不思議そうな顔で私を見ているんだろう?
「どうかしたの?」
「ここから、どこへ行くつもりだ? 道案内はひとりしかいないし、それは私が村まで案内して貰わなきゃならん。それにそもそも、お前達の馬も村に置いてあるだろうが。
馬を残して、案内も無しで山を抜けて街道を目指すつもりなのか?」
「あ……」
中佐さんが、呆れた顔で私を見ている。そして、ロランド達も……。
誰だって、失敗くらいするよ!
そして、村でエド達を回収して、私達は陽が沈み始めた中、王都の反対方向、つまり東へ向かって出発した。そしてそのまま、内陸方面へと向かう予定だ。それをわざわざ中佐さんに教えたりはしないけど、ま、普通は分かるよね。西は王都、その更に西はあのいけ好かない王子がいるブランコット王国の方角だ。北はドリスザートで、私達がそっちから来たことは、当然分かっているだろうから。南はしばらく進むと海で行き止まりだし。
中佐さんは、多分明日到着するであろう王都からの人々を村で迎えるらしい。私達と違ってケミカルライトを持たない中佐さんがひとりでトボトボと夜道を進むのは危険が大き過ぎるから、当たり前だ。私達は、王都から来る連中に会いたくないから夜間行軍をするけれど。
村が見えなくなってから、アイテムボックスから馬車を出して乗り換え。
さて、行きますかな、フランさん、ロランドさん。
「あ、あの、カオルちゃん……」
「ん? 何?」
出発しようとしたら、フランセットが何やら心配そうな顔で話し掛けてきた。
「あの、王都の小さな女神像ですけど、あのまま薬を出し続けたままで良いのでしょうか……」
あ、それか。
「大丈夫、あれには自爆……、いや、自壊機能が付けてあるから」
「自壊、機能……、ですか?」
「うん、盗まれそうになったり、役目を終えた場合には、壊れるようになってるから、問題なし!
じゃ、しゅっぱぁ~つ!」
そして私達は東へと進む。そして、大陸の内陸部へ。
……あ、内陸部だと、魚料理が食べられない? 内陸はやめて、ぐるっと大陸の沿岸部を廻った方がいいかな? どうせあてのない旅、どこへ行こうが、構わないんだから。
よし、予定変更! 南へ向かう街道に行き当たったら、まずは南下して海まで出て、東へ向かうのはそれからだ!
久し振りに、刺身を食べてやる!
病原体も毒素も寄生虫も気にしなくていいのは、何と素晴らしいことなのか!
そして、『醤油のような味の回復ポーション』や『ワサビのような味の消毒薬』が自由に作り出せるということも!
よし、行くぞ、海辺の街巡りの旅!
「ハイヨー、シルバー!」




