80 不治は日本一のやまぃ
とりあえず、行列を何とかせねば。
「皆さ~ん、今は薬はありません! まずは状況を確認して、それから何とかできないか考えますので、今日のところは、お引き取りを!」
さすがに、何日も前に廃業したところに過大な期待をするのは無理があると納得してくれたのか、列が崩れ、皆、散り始めた。
でも、うちに来ることを考えるくらい、みんなが追い詰められているのか、それともうちがそれだけ期待されていたのか……、って、十数人がまだ帰らずに並び続けている。
「あの、薬はまだ……」
「俺達は、弁当を買いに来たんだよ」
あ、そうですか……。
その人達にさっさと弁当を売って、店は再びドアと木窓、カーテンを閉じて『本日、臨時休業』の札を下げておいた。そして、みんなで会議。
メンバーは、私、薬屋の店主さん達、さすがに騒ぎに気付いて2階から下りてきたレイエットちゃんと、エミール、ベル。ふたりは今日のギルドでの依頼受注は中止、家に居て貰う。そして、いつの間にか現れた、ロランドとフランセット。オールスターキャストだ。
……あ、エド達がいないか。
「とりあえず、緊急事態の概要を教えて下さい」
私の要請に、店主さんが詳細を説明してくれた。
それによると、王都の東方にある村で病気が発生、その強い伝染性のため直ちにその村を閉鎖し人の出入りを禁止したが、数日後に王都で患者が発生、急速に拡大した、というものであった。
「最初のうちは、混乱を避けるためか、病気のことも村の閉鎖も情報が抑えられていたらしい。というか、今でも正式な発表はない。ただ、隠しきれなくなって情報がダダ漏れになって拡散したってだけだ。だから、上の方の対策と、俺達が走り回っているのは全然別件で、連携はしていない」
国は、何をやってるんだか……。こういうのは、初動が大事なのに。
「愚策だな。この国の王族は無能揃いか」
ロランドの言葉も辛辣だ。多分、同じ王族だけに、腹に据えかねたのだろう。
下手をすれば、大量の死者が出る。
でも、私達は、私が作った万能薬を飲めば病気に罹患することはないだろう。このままじっと伝染病の猛威が過ぎ去るのを待つか、さっさと他国へと移動すれば済むことだ。いつでも移動できるようにと、資金は充分あったにも拘わらず、店は買い取りではなく賃貸にしたのだから。
購入した内装品は、全てアイテムボックスに入れていけばいい。そうすれば、次の街でもすぐに店が開けるだろう。
……って、誰がうちの常連さん達を見捨てるかぁ!
身バレ? 上等だ! そうなったら、また逃げ出してやんよ!
あの日、決めたんだ。私は、この世界で好きなように生きる、って。
遠慮はするけど、我慢はしない。反省はするけど、後悔はしない!
「ごめん、みんな。また旅に出ることになりそう」
「……やっとですか。今の設定は、少々辛かったです……」
フランセットの言葉に、苦笑しているロランド。
え? そうだったの? って、そりゃそうか。ごめん、フランセット。
「「全て、御意志のままに」」
あ~、まぁ、エミールとベルは、そうだよねぇ……。
「問題ないです。どこまでもついて行きますから!」
うん、レイエットちゃんは、私が守る!
んじゃ、やるか。
「そういうわけですので、あとはお任せを」
そう言った私を見て、状況について行けず、眼を白黒させている店主さん達。
さぁ、イッツ、ショータイム! はっじまっるよ~~!!
店主さん達にはお引き取り戴いて、私はドアを開けて店の外に出た。
そしてポケットから取り出した、親指ほどの大きさの、小さな笛。
それを口に咥えて……。
ぴこぴこぴ~! ぴこぴこぴ~! ぴこぴこぴ~!
ぴこぴこぴ~!ぴこぴこぴ~!ぴこぴこぴ~!ぴこぴこぴ~!ぴこぴこぴ~!ぴこぴこぴ~!
肺活量の全てをかけて、全力で吹き鳴らし続けた。
そして、しばらく経つと、店に面した道の両側から、全力で走ってくるいくつもの人影が現れた。
「いっちば~ん! 俺が一番だ、今回の仕事は、俺のもんだ!」
「馬鹿、合図の説明、忘れたのかよ! 今回は、普通の仕事じゃねぇよ。
……だよね、カオル様」
2番目に到着した男の子に、こくりと頷いた。
説明は、みんなが揃ってからだ。
そして、続々と集まってくる、孤児院の子供や、近辺に住む浮浪児達。いや、廃屋とかに住み着いた子供達は「浮浪しているわけではない」ということで、正確には浮浪児ではなくホームレスになるらしいけれど、そんなのどうでもいい。
この子達は、私が小銭や食料を報酬として、時々使い走りや雑用を頼む子供達だ。普通は眼に付いた子に適当に頼むけれど、用がある時に近くに誰もいなかった場合には、この笛を吹けば来てくれることになっている。1回吹けばひとり、2回吹けばふたり、3回吹けば3人。早い者勝ちだ。
そして、メチャクチャに吹き続ければ。……それは、緊急呼集の合図だ。
その時には、笛の音が聞こえた者、全員に依頼する仕事があるということ。そう、緊急事態だ。
集まった孤児達は、来た順番に1列に並んでいた。順番抜かし等の不正行為は私が絶対に許さないのを知っているから、揉めることはない。私は、彼らに向かって、依頼内容を説明した。
「今、王都に流行病が蔓延しつつあることは、知ってるかな?」
何人かの、比較的年長の者達が頷いた。
「それを、消し去ります。あなた達が、王都を、この国を救うのよ」
「「「「「うおおおおおぉ! 凄えぇぇぇぇ!!」」」」」
今まで、報酬はキッチリと払ってきた。そして、それ以上の物も。
このあたりの孤児や浮浪児で、私からの依頼を断る者、そして私の言葉を疑う者など、いやしない。
私が肩に掛けたバッグから次々に取り出すポーションの瓶と銀貨を、それぞれひとつずつ受け取る子供達。明らかにバッグの大きさ的に無理があるけれど、それを気にするような者はいない。勿論、フランセット達を含めて。
そして私の指示で、皆はポーションを飲み干した。
よし、これで子供達が病気に感染する心配はなくなった。
「あなた達は、まず最初に、この人から教えられたところに行って、『レイエットのアトリエ』の店長が、朝2の鐘までに中央公園の女神像の前に来て欲しいって言っている、って伝えて頂戴。その後は、今から説明する、他の子達と同じ任務に就いてね」
私はそう言って4人の子供を指名して、ロランドの方を指差した。
「ロランド、中佐さんと中隊長の子爵さんのことと、それと以前うちに来た2家の貴族の家をこの子達に教えて。どうせ調べてるんでしょ、私にちょっかいを掛けてきた貴族のことは……」
ロランドが頭を掻いているので、どうやらその通りらしい。
「あなたは、サレバルト不動産に行って、『レイエットのアトリエは、今日で閉店します。本日をもって契約終了、前払い金はお納め下さい』って伝えてね。その後は、他のみんなと一緒」
伝言内容が他より長いので、一番年長っぽい子に頼んだ。そして……。
「みんなに依頼するのは、街中に知らせて廻ることよ。内容は、『流行病の特効薬が、無料で誰でも貰える。今日の朝2の鐘から、中央公園の女神像前で』。いい? 覚えた? よし、出撃!」
みんな、眼を輝かせて飛んでいった。
「カオルちゃん、どうしてあんなことを?」
フランセットがそう聞いてきたけど、そんなの決まってる!
「一度はお世話になった街の人達なんだから、見殺しにはできないよ」
私がそう言うと、フランセットは。
「いえ、カオルちゃんがそう言うのは、当然のことだと思います。私が分からないのは、なぜあのちょっかいを出してきた貴族なんかにわざわざ使いを出すのか、ってことです」
ああ、そっちか!
「いい意味でも悪い意味でも、一応は『知り合い』だからね。私が呼んだとなれば、頼み事か何か、つまり恩を売って取り込んで金儲けの種にできるかも、と思って、来てくれる可能性があるからね。全然知らない貴族には、声の掛けようがないでしょ。
今回は、軍や貴族にも最初から絡ませて、情報を一挙に拡散させたいの。
つまり、ただの伝令役だから、良い人でも悪い人でも関係なし、私が呼べば来てくれそうで、かつ、貴族や王宮になるべく早く話が伝わるルートに近い人、というだけのことよ」
「な、成る程!」
フランセットは、ようやく納得した様子。ロランドの方は、それくらいのことは最初から分かっていたんだろう、気にした素振りもない。さすが王兄殿下、……というより、多分、国王陛下よりスペックが高いんだろう。
さて、中央公園へ向かう前に、お店のものを全部アイテムボックスに収納するか。
看板も持って行こう。また次にも使えるだろうからね。