75 但し、責任は持たない
「この財宝、今回はどれくらい使うつもりなんですか?」
「え? あ、いや、使うつもりはないぞ?」
「え……」
聞いてみると、今回の不作は、備蓄食料の放出と子爵家の資産の換金により何とか凌ぎ、少し借金をする程度で済んだらしい。
「我が家の財宝のことは、当時、結構噂になったらしくてな。『ラルスリック領には、万一の時のための財宝がある』という話があるおかげで、うちが借金を頼むと『ああ、まだ財宝に手を付けるほどの状況ではないのだな』、『いよいよとなれば、財宝で返して貰える』という安心感で、碌な担保も取らずに融資して貰えるのだ」
なるほど、下手に金があることを知られるのはマイナス要素が大きいが、こういうメリットもあるわけか。
「だが、再び充分な蓄えができるまでにもし何かあれば、今度は些細なことでも財政が耐えきれず破綻するかも知れん。そうなれば、どこかの大きな領地の領主から金を借りてそこの属領同然の立場に甘んじるか、領地を陛下にお返しして、その後他領に併合されるか……。
どちらの場合も、向こうの元々の領民との間に税率や色々なことで扱いの差を付けられて、我が領民の益にはならぬ。我らはどうなろうと構わぬが、それだけは避けねば……。そのために、今、どうしても財宝を見つけ出す必要があったのだ」
何だよソレ! 中隊長さん、スゲェいい奴じゃん!
あ、財宝が見つかったことがバレても大丈夫なのか?
「でも、国に知られたらマズいのでは? 税とか、上納金を寄越せ、とか……」
「いや、その心配はない」
私の疑問を即座に否定する中隊長さん。
「財宝を手に入れた時、御先祖様はちゃんと国に届けを出して税を払ったそうだ。なので、うちの財宝の存在を疑う者はいないのだよ。ただの噂話だけで、無担保で大金を貸す馬鹿はおらぬよ。
それに、そもそもうちには財宝がある、ということになっているのだから、それが本当にあっても、何も問題はあるまい?」
な、なるほど……。真面目で正直な人だったんだな、御先祖様は。
まぁ、領民のために個人資産を全て吐き出した中隊長さんの御先祖様だ、多分そういう血筋なんだろう。そして私は、そういう連中は嫌いじゃない。
ここは、少しアドバイスをしとくか。責任は一切取らない、無責任な出血大サービスだ。
但し、出血するのは私ではない。鬼だな。
「……ぱーっと使っちゃいませんか、財宝」
「え?」
驚いた様子の中隊長さん。
「だから、使っちゃいましょうよ、御先祖様が残してくれた財宝!」
「な、ななな……」
うん、命とお金は、使ってナンボ、だよ。
「今まで何度か不作があったなら、これから先も、何度も不作があるでしょう? あと何回で使い果たすんですか、その財宝?」
「う……」
うん、既に過去に何度か使われているという話だったし。
「そして、不作でそれなら、もっと強烈なやつ、いわゆる『凶作』だったら? それが数年続いたら? 冷夏等の気候不順や病害虫なんか、2年以上続いても何の不思議もないでしょう? そしてその場合、よそから買う食料も暴騰、いや、いくらお金を払っても、自分のところの領民が大事なら、売って貰えないのでは……」
「う、ううう……」
何か、怖い考えになってしまったらしく、顔色が悪い中隊長さん。
「何かが起こったらその都度一時凌ぎの対応をする『対症療法』ではなく、原因そのものを根っこから何とかする『原因療法』ですよ。元を何とかしないと、いくら金を突っ込んでも、それは無駄金ですよ」
「む、むぅ……。しかし、そうは言っても、どうすれば良いというのだ? うちは、肥沃な土地はあまり無い貧乏領地だぞ……」
うん、知ってる。
というか、そうでなければ、そんなに全国的な不作というわけでもないのに何度も窮地に陥るわけがない。状況を確認しないとはっきりしたことは言えないけれど、とりあえず。
「今までの不作の原因を、自領だけでなく、同じように不作だったところと不作にはならなかったところの状況を比較して検討して下さい。そして冷夏が原因ならば北方から冷害に強い品種の種籾を入手して試験栽培してみるとか、旱魃が原因ならば深い井戸を掘るとか川から水路を引くとか。
また、リスク分散で、麦やとうもろこしだけでなく、芋をもっとたくさん栽培するとか……。芋は痩せた土地でも生育するし、早く育って栄養豊富、冷害に強いのとか旱魃に強いのとかあるし、天候の影響を受けにくいから、安全策として最適の作物ですよ。
換金用の作物としてはあまり魅力がないかも知れませんが、儲けより人命、でしょう?」
「あ……、あぁ……」
中隊長さんの歯切れは、あまり良くなかった。
そりゃ、中隊長さんも馬鹿ではないのだ、芋くらいは知っているだろう。でも、このあたりの国では、芋やとうもろこしは家畜の餌、というイメージが強く、そりゃ飢饉になれば皆何でも食べるが、普段からそれらを人間の主食用として栽培する、という認識は低かった。どうしても、人間用の作物としては麦や野菜等が中心になるし、税として納めるのは小麦が中心だ。農民は、少し荒れた土地や水不足でも割と育つライ麦とか燕麦、大麦等を食べる。
しかし、このレベルの文明では、麦の収穫効率は悪かった。1ヘクタールあたり300kgを収穫、というような、地球における中世初期ほど酷くはないが、同じ面積で3~4トンを収穫する現代地球とは比較にもならない。せいぜい500~600kgも収穫できれば上出来であった。
ちなみに、馬鈴薯の場合は現代地球で1ヘクタール当たりの収穫量は30トン前後である。
「ま、急に言われても困りますよね。そのうち、一度考えてみて下さい」
領地の運営や農業のことを何も知らない素人の小娘に突然思い付きの話をされて、ふたつ返事で承諾するような領主がいるはずがない。もしそんな領主がいたら、なるべく関わり合いにならない方がいいだろう。失敗の責任を被せられそうだ。
私は、内政チートを手伝ったりはしない。そんなの、私にとってはリスクがメチャクチャ高くて、メリットが殆どない。しかも、数年単位の話になるし。
そう、乗りかかった船なので簡単なアドバイスはしても、責任は持たない。小金貨1枚分の仕事は、とっくに終わっている。
「じゃあ、私達はこれで……」
出番のないレイエットちゃんが、退屈してしまっている。貴族の屋敷は居心地悪そうだし。そろそろ引き揚げて、御機嫌を取らねば。昼食の時間も迫っているし。
そう思って、お暇しようとしたら。
「いや、これだけ世話になっておきながら、そのまま帰すわけにはいかん! 昼食の用意をさせるので、是非食べていってくれ」
「「はい!」」
レイエットちゃんとハモった。
うん、貴族家の食事の御相伴にあずかる機会なんか、滅多にない。
まぁ、私はロランドかフランセットに奢らせれば『貴族の食事の御相伴』になるかも知れないけど、それはちょっと違う。そしてレイエットちゃんにとっては、それこそ10回生まれ変わってもあり得ない、というような奇跡の出来事である。
これがもう少し年上ならば、マナーが分からないとか、畏れ多いとかで物怖じするかも知れないけれど、6歳のレイエットちゃんにとっては、「美味しいものが食べられる」、これが全てであった。
……いや、私も、人の事は言えないが。
「本日は、世話になった。ラルスリック家、いや、我がラルスリック領の領民全てに代わって、礼を言う」
食堂で、テーブルに並べられた料理を前にして中隊長さんがそう言って、改めて挨拶をしてくれた。
そして席に着いているのは、私とレイエットちゃん、中隊長さんの奥さん、二十歳過ぎくらいの娘さんふたり、そして16歳くらいと18歳くらいの息子さん達。
子爵家とはいえ、さすが貴族だけあって、皆さん美形揃い。先祖代々のお人好しの血を引いているのか、優しそうな眼をしている。息子さん達は、歳を重ねれば、中隊長さんみたいな渋い男性になりそうで、期待できるなぁ。
……しかし、どうしてオールスターキャスト? 息子さん達の服、それって軍服だよね? 何か、ふたりはかなり違う感じの制服だけど……。それに今日は、別に休養日ってわけじゃないよね?
そして、普通であれば、ゆっくりと食事をしながら歓談が始まるはずなのに、なぜかナイフとフォークを手にすることもなく、何やら頬を赤らめて熱っぽい眼で私を見つめる兄弟。
……もしかして、惚れられた?
いや、これもアリか?
小さな貧乏子爵家に嫁いで、治水や農業改革に勤しんで財政を立て直し、舅や姑に大事にして貰って、子供を産んで、領民達と共に豊かで幸せな人生を……。
生活に困ることもなく、割と自由に好きなことができそうだ。人間関係や上下関係に気を使うこともあまり無さそうだし、中隊長さんも、領民を大事にする、いい人みたいだし。
うん、割といいかも知れない。
もし、お付き合いの申し込みがあったら……。
そう考えていたら、兄弟の片方が切羽詰まったような顔で私に話し掛けてきた。
「カオルさん、実はお願いがあるのですが……」
キ、キタ~!!
「いや、待ってくれ兄さん、俺が先だ!」
うぉう、何と、ここで弟さんが突然の割り込み! モテ期、来たあぁ~~!!
「いや、私が先だ!」
「いや、俺だ!」
そして結局、ふたり揃って私の方に向かって叫んだ。
「「軍人病治療薬、分けて下さいっっ!」」
ですよね~。
……うん、知ってた。
コンチキショーめ!!