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67 貴族再び

 ようやく、軍人病治療薬以外の物も売れ始めた。

 シャンプーと基礎化粧品? いや、それは売れていない。……なぜなのか!

 でも、その代わりに売れ始めたのが、モノの良さがひと目で判る、ガラス製品や陶磁器類だ。

 ガラスは、かなり透明度を落としているものの、この時代の普通のガラス製品と較べると出来の良さがはっきりと判る、クリスタルガラス製。そして陶磁器は、大谷焼やマヨリカ焼きといった陶器類や、伊万里焼や九谷焼等の磁器類……の、なんちゃって品。


 いや、焼き物は好きだったから、素材の土や釉薬、焼成温度とかは知っているし、実物も展示会とかでよく見たし、触ったりもした。だから、自分で焼けと言われたら困るけど、女神様印の製造工場に「発注する」だけなら、大丈夫だ。

 絵画とかの一品モノの芸術品をパクるのは罪悪感があるが、〇〇焼き、というようなジャンルを模倣するだけならば、そう気がとがめることもない。決してオリジナルの名をおとしめることのないよう、細心の注意を払ってはいるが。


 ……で、ちょっと気になっているのが、どうも、転売されているんじゃないか、という疑惑。

 いや、安く仕入れて、高く売る。それは商売の基本だ。買う者は、自分の力では見つけることができず、本来ならば出会えることのなかったはずの品に、仲介者のおかげで出会え、そして自分が納得する金額で購入する。作り手、売り手、買い手、皆が幸せになれる、正当な経済活動である。


 ……死ねや!


 いや、私は、転売屋が大嫌いなのである。

 タッチの差でコンサートのチケットを取り損ね、それが5倍の価格でネットで転売されているのを見た、あの日から!

 何とか、転売屋を退治する方法はないものか……。


 ちりりん

「ふむ、ここがその物件か……」

 色々と考え事をしていたら、何やら胡散臭うさんくさい連中が……。

 貴族1、執事っぽいの1、護衛3、そしてこの店の貸し主である、不動産屋1。

 あああ、また面倒事の予感……。


「いらっしゃいませ!」

「いららっちゃいまちぇ!」

 うん、もはや『繰り返しギャグ』、『お約束ギャグ』と化した、レイエットちゃんのスーパー噛み噛み噛んで。もう、義務感でやってるでしょ、あんた……。そのうち、ニュートリノを観測することに成功するんじゃなかろうか。

 しかし、今回もレイエットちゃんを2階へと逃がすタイミングを失した。何か、いい方法を考えなきゃならないかなぁ。ボタンひとつで脱出できる、射出座席とか……、って、天井に頭ぶつけて首の骨が折れるか。


「客ではない。私は、この店の持ち主、オラム伯爵である」

「え?」

 ここは、不動産屋の仲介で借りた元雑貨店で、お子さんが跡を継がなかったため老夫婦が店じまいして貸店舗化、その家賃で隠居生活にはいるつもりと聞いている。決して、貴族の持ち物ではないはず。そもそも、貴族絡みの物件ならば最初から借りていない。

 不動産屋の方を窺うと、なにやら済まなそうな顔……。


「心配するな、別に追い出そうというのではない。ただ、持ち主が変わったので前の持ち主との契約は無効、私と新しく契約を結び直す必要があるため、わざわざ出向いてやった次第だ。

 おい、契約書を」

「はっ!」

 横に控えていた執事さんらしき人が、革のかばんから何やら書類を取り出して、私に差し出した。それを受け取って目を通してみると……。


 以下、借り主を甲、貸し主を乙と呼称する。

 ひとつ、甲は乙に対し、店舗の賃借料として、この店の売上金の5割を支払うものとする。

 ひとつ、甲はこの店の商品の価格に関して、乙の指示に従うものとする。

 ひとつ、甲はこの店の商品の売り先に関して、乙の指示に従うものとする。

 ひとつ、甲は乙に対しこの店の商品の仕入れ先、製造方法等に関する全ての情報を開示するものとする。

 ひとつ、~~


 はは。

 ははははは。

 あはははははは!

 ……舐めてんの?


「あのぉ、素材の仕入れ値が6割、うちでの加工経費が2割、利益が2割だとすると、この条件だと、売れば売るほど赤字になっちゃうんですけど……」

「売り値を上げれば済むことだろう。価格を2倍にすれば今まで通り、3倍にすれば更に数倍の利益になるであろう。少しは頭を使え!」

 が~~ん! 寄りによって、こんなヤツに「頭を使え」とか言われるとは!


 ……そうか。

 頭を使え、ってか。

 よぉ~く分かったよ。


「分かりました。では、それで契約を。契約書は、もちろん2部ありますよね?」

「あ、ああ、勿論だ……」

 私があまりにも簡単に契約に同意したからか、少し肩すかしを食らったかのようなオラム伯爵。そして不動産屋も、驚いたような顔をしていた。

 まぁ、普通は同意しないよねぇ、こんな馬鹿げた契約。

 でも、小娘が貴族に逆らってもどうにもならないと思い諦めた、とでも考えたのか、不動産屋は気の毒そうな、そして申し訳無さそうな顔で俯いた。


 そしてしばしの間、契約書の作成、その他の事項の確認等を行った後、伯爵一行はホクホク顔で帰っていった。おそらく、ただ単にこの店の収益の5割が目当てなのではなく、軍人病治療薬や、最近人気になりつつあるガラス製品や陶磁器の独占と、それを利用した様々な利権や、取引材料としての利用を目論もくろんでいるのだろう。

 伯爵であれば、中佐さんの実家と同じ爵位だし、中佐さんはただの3男で爵位を継承する確率は低いけど、こちらは当主様御本人だ。貴族としての立場では負けていないし、軍人ではないなら王都軍の中佐の指示に従う必要もない。

 逆に、軍人が貴族に命令したりすれば大事だ。いくら軍人側も貴族とはいえ、当主と3男では格下だし、軍人としての命令ならば、それは貴族籍とは関係ない。

 なので、うちのことを知って、利権目当てに食い付いたのだろう。

 軍人ではない貴族ならば、使用人に足を洗わせたり香油を塗らしたりして手入れしているだろうから、自分が軍人病に罹っているとは思えない。


 とにかく、「やってくれちゃったね?」である。

 うん、私、悪意ある敵対者には厳しいよ?

「で、御説明をお願いします」

 そして、伯爵一行が帰った後、説明と謝罪のために残っていた不動産屋にそう告げた。


「すみません……。と言っても、別に私共の方に落ち度があったわけではございませんので、その点は御承知下さい」

 そう前置きをして、不動産屋が説明してくれた内容は。


 昨日、突然不動産屋に現れた「伯爵家の使い」という者が、この店舗を買い取ったので賃借者と新たな契約を結びたい、なので仲介役を務めて欲しい、と言ってきたとのことであった。

 寝耳に水の不動産屋が慌てて店舗の持ち主である老夫婦を訪ねて確認したところ、貴族様の使いが突然やってきて、相場よりかなり高くで店舗を売るよう求められ、貴族様を敵に回せば大変なことになりそうだし、提示された条件は決して悪くはなかったため、言われるままに売却に同意した、とのことであった。

 そういう事情なので、持ち主が変わった以上、持ち主から提示された新たな貸借条件による契約にせざるを得ない、ということであった。


「そういうわけで、私共には如何いかんともし難く……。

 前の契約の途中での条件変更で申し訳ないのですが、御不服であれば、契約を解除して戴くしか。

 と申しますか、そうなさると思っておりましたが……」

 うん、私があの条件での契約を受けたのが余程不思議だったのだろう。

 そりゃ、今から別の貸店舗を探して、売り場を改装して、引っ越しして、となると、時間も手間もお金もかかるし、当分の間は休業しなければならない。……普通であれば。

 でも、あんな無茶苦茶な条件を呑むくらいなら、普通はそっちを選ぶだろう。……うん、普通ならば。

 しかし、そうしてやっと再開業した途端、またあの貴族が現れる可能性はある。「この物件の持ち主だ」とか言って……。


 そして私は、さすがに少し申し訳無さそうな顔をしている不動産屋に話を持ち掛けた。

「あの、ちょっと御相談、と言いますか、お願いがあるんですけど……」

 そう、女と商売人は、舐められたらやっていけないんだ。

 長瀬一族の怒りを見よ!

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[一言] 商品を売らない運動でもするのかな
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