60 レイエットのアトリエ
「『レイエットのアトリエ』? 何かの工房か?」
いつの間にか開店していた、閉店した雑貨店の店舗に入居した新しい店。改装工事をした様子もないことから、俗にいうところの『居抜き』というやつだろう。
居抜きとは、前のテナントの内装や設備などがそのまま残されている物件のことであり、全てを新調するより早く、安く開店できる反面、全てが中古品であるというデメリットもある。まぁ、その選択は経営者次第なので、客にとっては関係ない。
そして僅か数日でいきなり開店したことにも驚いたが、店の中を覗いた人々は、更に驚いた。
「……店員が、子供と幼女しかいねぇ……」
身長157センチというのは、アメリカ人であれば、12歳の少女の平均身長である。そしてカオルは、目付きが非常に悪いものの、顔立ちとしては童顔であった。……いや、15歳の肉体とその容貌なのだから、童顔も何も、そのまま「児童」なのであるが。
そして更に、西欧系の人種にとって、アジア系の人種は元々すごく童顔に見えるのである。
店に掲げられた看板には、店名の下に、少し小さな文字で説明が書かれていた。
『各種薬品、取り揃えております。専用薬の調合も、承ります』
「マジかよ……」
どう見ても、子供と幼女である。干菓子の売り子とかならばともかく、高価かつ取り扱いが難しく、そして間違いが許されない薬品の売り子を任せられるはずがない。気休め程度の民間薬であればそれも有りかも知れないが、民間薬の中にも、いくつかは効果が強いものがあり、それは薬効だけでなく、副作用においても言えることなのである。
それに、民間薬、つまり素人にも比較的容易に採取できて使用できるものだけでは、店を維持できるだけの売り上げなど見込めないだろう。民間人が誰でも入手でき、素人判断でも比較的安全に使えるからこそ、『民間薬』なのだから。
似たようなものと思われがちであるが、民間薬は、漢方薬とか生薬と一部被る部分もあるものの、それらとは根本的な定義が違うのである。
十人近い人が集まり、ざわつく裏通りの一角。
そして遂に、そのうちのひとりが、意を決して店へと足を踏み入れた。他の者達も、それに釣られて次々と店内に入る。
かららん
ドアベルの軽やかな音が響き、それに続いて店員の少女達の声が聞こえた。
「いらっしゃいませ!」
「い、いららっしゃいましぇ!」
……噛んだ。
そして、店にはいった者達は、萌え死にしそうであった。
「「「「「…………」」」」」
幼女の愛らしさに悶えながらも、それを押し隠し、黙って商品を物色する客達。
元が雑貨屋だったので、この時代の、この種類の店としては、店内は比較的広かった。
薬といっても、個人経営の店で店頭に並べられるものなど、たかが知れている。薬と呼べるかどうか分からないような怪しげな生薬とかを含めても、大した種類があるわけではない。珍しい薬、高価な薬等は、店頭ではなく奥の金庫に入れてあったり、注文取り寄せであったりするし、そういうものの多くは貴族や王族でないと手が出ないものも多い。
「……軍人病の治療薬?」
しばらくすると、ひとりの男性が棚の薬の説明書きを見て声をあげた。
軍人病。その名を聞くと、地球の者は『在郷軍人病』を連想するであろう。そう、レジオネラ菌を原因とする、死者を出す病気である。
その他には、昔の話ではあるが、脚気とか……。
しかし、この国で『軍人病』というと。
「あの耐えがたい痒みが、マシになるのか?」
そう、『水虫』のことであった。
別に軍人に限られた病気ではないが、軍人に圧倒的に多い病気。
そして、それまで何ともなかったのに、軍人になった途端に患う者が多い病気。
自然に『軍人病』と呼ばれるようになるのも、無理のないことであった。
「あ、はい、そうです。そこにあります通り、3種類の薬がありまして、小銀貨3枚のは、1日1回塗れば痒みが抑えられ、それ以上悪化することもありません。銀貨3枚のは、痒みを抑えるのと、少しずつ治っていきます。そして小金貨3枚のものは、数日で治ります。
……まぁ、治った後で再度罹患された場合は、うちの責任外ですけど」
小銀貨3枚、日本円の感覚では300円、というのは安いように思えるが、一度使い始めれば二度と止めることができず、そして痒みは止まっても治ることはないという、麻薬並みの悪質な薬であった。痒みは止まるが悪化し続ける、ということがないよう配慮したのは良いが、永久にカネを巻き上げ続けるという、悪魔の所業である。
そして高い方の薬を買って完治しても、周囲に水虫持ちがいたり、それまで使っていた靴やマット等がそのままであれば、再発は早いであろう。
永久に売れ続け、儲かり続ける薬。金貨が湧く泉。……鬼畜であった。
「……本当に効くのか?」
不審そうな顔の男性。
そう思うのも、無理はない。小娘と幼女の店に、そんな効き目の高い薬が置いてあるわけがない。せいぜい、そのあたりで採れた雑草レベルの薬草で……。
しかし、男性は思い直した。
いくら小娘と幼女であっても、この店を借りるだけの資金が出ている以上、バックには何らかのスポンサーが付いているはずである。仕入れや色々なことを担当している者もいて、この子達は単なる店員、雇われの販売員に過ぎないのであろう、と。
ならば、収益を見込んで店を出した以上、売れる商品、つまりまともな商品を置いているはずである。
物は試しである。それに、小銀貨3枚など、朝食1回分程度の端金。効き目がなくとも、そう惜しくはない。
「これは、下痢の薬と便秘薬か……」
他の男性が、2つの薬瓶を眺めていた。
この国、特にこの王都においては肉食主体の者が多く、繊維質の野菜をあまり摂らないため、便秘気味の者が多いのである。まぁ、あまり肉を摂らないのもまた、便秘の原因になるのであるが……。そのあたりのところを、ここ数日の間に調べておいたのである。
「こっちは、傷薬と腹痛の薬、そして宿酔いの薬か……。宿酔いの薬というのは、あまり聞かないな……」
そう、この店には、あまり重篤な病気用の薬は置いていないのである。
重篤な病気用の薬は、もしそれらが効かなければ人命に拘わる大事だし、効いたら効いたで、やはり大事である。貴族、王族、大商人、ごろつき共。そういった連中が集ってくるに決まっている。そういうのは面倒だし、婚活の邪魔になる。
私は、私が造るポーション目当ての人と結婚したいわけじゃない。ポーションは、私の身の安全や幸せな生活のために、そして苦しむ人達のためにほんのちょっぴり手助けする程度に使うものだ。決して、無制限に恩恵をバラ撒いたり、権力者や金持ち達のために使うべき力ではない。
なので、このお店で売るのは、権力者達が目を付けるような派手な効果や、人命に拘わるような政治的価値があるものではなく、金持ち達がゴリ押ししてまで手に入れようとはしない、ささやかな、しかし庶民にとっては少しありがたい、という程度の薬なのである。
価格は安い。一部の高収益用のものを除いて。まぁ、原価がゼロだからね。
それと、各種ガラス瓶や陶磁器、置物型容器、そして香水や、化粧水、美容液、乳液等も置いてある。薬だけでは棚のスペースが余るし、怪我人や病人がいない時でも売れる商品があった方が心強い。
……そして、女性は美容のためならば、かなりのお金を払うものなのである。
「これを貰おう」
試しに買ってみる気になったのか、ひとりの男性が軍人病治療薬下級(小銀貨3枚)をお買い上げ。
「ありがとうございます!」
「ありりゃとうございましゅ!」
……レイエットちゃんが、また噛んだ。
萌え狙いで、わざとやってるんじゃなかろうか。
そして、会計台の前には、お客さんの列ができていた。
皆、幼い子供が働くお店の新規開店に対する御祝儀代わりなのか、それとも本当に薬の効果が気になって試したかったのかは分からないが、とにかく、開店早々に売り上げがあり、薬屋兼工房『レイエットのアトリエ』、幸先の良いスタートであった。
書籍化の御報告
この度、私の「小説家になろう」デビュー作であります2作品(同時連載でした)、『ポーション頼みで生き延びます!』と『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』が、書籍化されることが決定しました。
レーベルは、講談社様が「なろう」を中心としたweb小説を書籍化するために新たに立ち上げられた新レーベル、「Kラノベブックス」(大判)です。
『ポーション』は、その栄えある創刊タイトルとして6月2日刊行、『8万枚』は7月以降刊行予定です。
そして更に、2作品共、web漫画誌『水曜日のシリウス』にてコミカライズ連載が決定しています。
人知れず消えて行くかと思っていた、思い入れのあるデビュー作が、何と2作品共に日の目を見ることができ、感無量です。
これも全て、皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!
そして、新レーベル「Kラノベブックス」がどのような装丁か、サンプルとして、是非『ポーション』のお買い上げを!(^^)/
いや、創刊タイトルとして責任重大なので、焦りまくりなのです。
『平均値』共々、『ポーション』と『8万枚』、是非ともよろしくお願い致します!_(._.)_