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06 大脱走

 男爵に呼ばれ、リッシュという男が連れて来られた。勿論、さっきのリーダーである。


「男爵様、何の御用で…」

「黙れ! この娘から奪ったものを出せ、今すぐに!」


 せっかくの臨時収入が没収される。余計なことを喋った娘を睨みつけるが、どうしようもない。仕方無く懐から先程小娘から奪い取ったものを取り出して男爵に手渡した。


「これか! どうだ、これなのだろう!!」

 香は男爵から腕時計を受け取ると、それをじっくりと眺めてから言った。

「あ~、確かにこれなんですけど…、壊されてますねぇ」

「な、なっ………」


 赤くなっていた顔が、今度は青くなる男爵。リッシュは事情がよく分からずぽかんとしている。別にその装身具は割れたりパーツが取れたりした様子はないからだ。


 そして香は爆弾を投下した。

「よっぽど男爵様には薬を渡したくない人がいるんですかねぇ、これを奪わせた上、念のためわざわざ壊させるなんて……。男爵様が怪我をされた時、治って貰っては困るって、どんな酷い人なんでしょう。なんか、それで得する人でもいるんでしょうか…」

 そう言うと、何気なく長男のロドルフの方にちらりと目をやる香。

 香の視線を受けたロドルフは一瞬ぽかんとしたが、すぐにその言葉の意味に気付き顔色を変える。

「な、いったい何を……」


 男爵がロドルフに目をやった時にはもうロドルフのぽかんとした表情は去っており、男爵の目にはいったのは、青い顔をして動揺する自分の長男の姿だけであった。

 まるで図星を指されて動揺するかのようなロドルフ。そう、自分が死ねば男爵位が継げる、長男のロドルフ。出来が良い次男の成長に危機感を持っているかも知れない、長男のロドルフ。来週、久し振りに狩りに行こうと誘ってきたロドルフ……。


 重苦しい静寂に包まれる室内。

 居心地悪い~、と、そうなった張本人の香は身体をもぞもぞさせていた。

 

「すみません。もう帰っていいですか?」


 香は帰して貰えるはずもなく、客室へと案内された。

 その前に、機械を修理してみるから必要な物をメイドさんに用意して貰っても良いか、と男爵に許可を得るのを忘れない。


 その後、鍵穴から覗かれないようドアノブに布をかけ、室内でのんびり。窓のカーテンは開けておく。客室は2階だし、カーテンを閉めていて隙間から覗かれるより、全開にしておいた方が窓に近寄れない。

 メイドさんに頼んで、ハサミとかヤスリとか、いくつかの道具を持って来て貰った。いや、それらしいことをしなきゃならないのと、逃げる時に貰っていって売ろうかな、と。お金無いんだよ。

 お菓子とかソーセージ等、食べ物もたくさん頼んだ。

 もうすぐ昼食ですが、と言われたが、大食いなんで少し食べておかないと男爵様の前でがっつけませんから、と言って持って来て貰った。勿論、アイテムボックスに入れるため。逃げる準備は着々と進む。

 あ、飲み物は、ポーション作成があるから問題なし。


 昼食時には少し雰囲気が戻っていた。

 まぁ、落ち着いてよく考えれば、まだ二十歳前後の息子がまさか、と思うよねぇ。長男には特に問い詰めることもなく終わった模様。残念。

 しかし兵士リーダーのリッシュさんの姿は見えなかった。軟禁されているのか、メイドさんを通じて「捻られた腕が痛い」、「また暴力を振るわれたり大事な物を取られたりしそうで怖い」、「姿を見ると身体が震えてうまく機械を修理できない」とマヤっておいたのが効いたのか。ただ単にどこかへ出掛けているだけとか、別のところにいるのかもしれないけど。

 あ、『マヤる』というのは、かの北島マヤのように演技して人を騙したり陥れたりすることね。


 食事中の会話は、当たり障りのないもの。貴族と平民なんて共通の話題があるはずもない。香には更にない。

 修理の様子はどうかと訊ねた男爵には、数日待って下さいと言っておいた。修理に熱中していれば、逃げたりしないと思って貰えるだろうし。

 しかし、夜まで長い…。朝イチで連れてきたりするから!


 そしてようやく夕食に。

 夕食も無難に終えたあと、男爵に再びのお願い。

「私と近い波長の子に少し手伝って貰いたいんですけどいいですか?」

「波長とは何かね?」

「ああ、魔力的な力の波の相性がいい、っていうような意味ですよ」


 簡単に許可された。香の見張りになるし、作業の様子をあとで報告させられるしで、男爵にとってマイナスになることはひとつもないので当たり前だ。

 香は使用人をじっくり見定めたあと、12~13歳くらいの、肩のあたりまでの金髪に緑色の眼をしたメイド見習いの少女を選んだ。香はその子が15~16歳くらいだと思っていたが。

 そして本人に、休んでいていいから後で呼んだら来て欲しい、と伝え、客室へと戻った。


 夜も更けて、屋敷の者も夜勤の者を除いて寝静まった頃。

 香が部屋のドアを開けると、警備の兵士がひとり立っていた。勿論、護衛ではなく、香が逃げないようにとの見張りである。


「あの子を呼んで下さい」

 見張りの兵士は頷き、近くの部屋で待機しているメイド見習いの少女を呼んできてくれた。


 香はしばらくの間その少女に腕時計に手を当てて念を込めさせたりと、色々な意味のないことをさせていたが、頃合いを見て、お腹が空いたからお茶と食べ物を持って来るよう頼んだ。

 少女はすぐに出て行き、20分少々経った頃に軽食と紅茶のポット、食器等を乗せた給仕台を押して戻ってきた。

 かなり早い。香が大食らいだとの噂が流れているため元々夜食の準備が出来ていたのだろうか。


 少女が室内にはいりドアを閉め、給仕台を押してテーブルに近付いた時、香は少女の手を軽く引いて給仕台から遠ざけ、ベッドの近くへと引き寄せた。

 状況が分からず、されるがままの少女の顔に、そっとハンカチが押し当てられた。


 ベッドの上に横たわるメイド見習いの少女の横で、香はどんどん収納していった。部屋中の全てのものを、アイテムボックスに。

 まず、衣装タンス。中には男爵の娘のお古と思われるドレスがいくつかあった。男爵が用意してくれたのかな。娘、昔はそう太っていなかった模様。

 次に燭台、壁にかけられた絵画、机、椅子、本棚、絨毯、戸棚の中の交換用シーツ、そしてシーツを収納したあとで気付き、戸棚そのものも収納。もちろん少女が押してきた給仕台に載ったものも。給仕台そのものは収納しない。

 夜食は、保存食料追加の意味もあったが、貴族の食器は高く売れそうな気がしたからだ。それと、もうひとつ理由があった。


 大体の収納が終わると、香は少女の服を脱がせて着替え、自分の服は収納。少女には残しておいた予備のシーツを巻き付けておいた。最後に少女をベッドから降ろすと、ベッドも収納。

 タオルを敷いて、メイドに持ってこさせて用意していたハサミで自分の髪を肩のあたりまでバッサリと切り落とした。床に倒れた少女と同じくらいに。そして切った髪とともにタオルを丸めて収納。少女から外したホワイトブリムを装着。

 そしてポーション。髪と眼の色を変える効果を持ったそのポーションを飲み、香は給仕台へと手をかけた。


 そっとドアを開けて少女が退室する。

 部屋の中に対して礼をし、少し前屈みになって給仕台を押して調理室の方へとゆっくり歩いて行く金髪のメイド見習いの少女。

 見張りの兵士は、子供には興味はない。新しくはいった雑役メイドの身体つきを思い出しながら、まだまだ長い朝までの退屈を紛らわせるのであった。


 香の『お手伝いの少女』の選択基準は次のとおりであった。

 自分と大きく異なる髪の色、自分よりかなり短く違いが明確に判る髪の長さ、自分と似た身長・体付き。

 その条件を満たしてしまった不運な少女は、絨毯すら持ち去られたむき出しの床で眠っていた。『少し吸えば即座に眠り、悪影響は残らない』という薬品を吸い込んで。



 もう深夜という時間帯のため、人の姿はない。給仕台もアイテムボックスに収納し、香は静かに男爵邸を抜け出した。たとえ誰かの眼に触れても、見習いメイドがまた客の少女になにか頼まれたか、もしくは男と逢い引きか、くらいに思って見ない振りをするだろう。

 結局、誰の眼にも触れず、香の脱走は成功した。

 あとは、逃亡であった。



 翌朝。

 男爵邸は大騒ぎであった。

 朝食を知らせに行った客室付きメイドがドアを開けると、目に入ったのは、家具も調度品も、絨毯すらない空室。床に転がる見習いメイド。重要人物だと主人に念を押されていた少女の姿はない。

 客室付きメイドはへなへなとその場にへたり込んだ。


 見張りの兵士を殴り飛ばした男爵は、香を捕まえるためすぐに追っ手を出した。しかし手の者の数は少なく、最もアテになるリッシュは怒りに任せて追い出してしまった。やむなく、男爵はハンターギルドへと向かった。


「……少女の捜索と捕縛、ですか?」

「そうだ! カネは出す、すぐに人数を揃えろ!」

 喚く男爵に、受付嬢は冷ややかに応じる。


「御存知とは思いますが、御依頼は前払いです。貴族様であろうと領主さまであろうと、ハンターギルドに特別待遇はございません。

 また、発見した者以外は無報酬、などという御依頼は受け付けられません。ひとりあたりの依頼料を御希望の人数分、お持ち下さい。捜索期間は依頼料によります。また、別途成功報酬をご用意下さい」

「分かった、とにかく早く人を出せ!」

「御入金の後、となります」

「くそ! すぐ戻る、待ってろ!」

 男爵は現金を用意するため急ぎ屋敷に駆け戻った。


 し~んとしていたギルドのメインホールに、受付嬢の声が響いた。

「お~い、天使様が逃げ出したってさぁ!」


「「「「「ぎゃはははははははは!!」」」」」


 爆笑の渦。


「誰がそんな依頼受けるかよ!」

 誰かが叫んだが、受付嬢はそれを否定する。

「ちっちっち、だからアンタは馬鹿なんだよ。受けるに決まってるだろ、みんなでさ。たっぷりお金を戴いて。

 そして、あちこちから発見報告が来たりしてね、森で見たが逃げられた、とか、崖の途中に服の切れ端が、とか。そしてもし男爵家の者に会ったら、耳寄りな情報を教えてやらないとな。

 たまには見間違いや誤情報もあるかも知れないけど、そりゃ仕方無いよねぇ」


「さすが、『地獄の受付嬢ジルダ』、容赦ねぇ!」


 男に書類挟みが命中し、ギルドの笑い声は続く。

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― 新着の感想 ―
なるほど。ちょっと前に流行った 「やられたらやり返す!倍返しだ!」 というやつですね。 (感想に返信ありがとうございました〜(*^^*)) 楽しく読ませていただいてます♪
メイドさん使って脱出するのは、まぁいいんだけど、泥棒はちょっと…。 犯罪じゃないかーー わざわざ追手がかかるようなことしなくても良かったのに…。
超利己的だな。メイドのことなんて一切考えてない。害を被ったわけでもないのに。
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