54 増殖。……って、そうじゃない!
貧民区へと向かった兵士達と入れ替わりにやって来た兵士達が連れていたのは、予想通り、連続美少女誘拐事件、そう、『美少女』誘拐事件の被害者と思われる子供達の家族だった。
「リテリサ!」
「サァル!」
「シャリーズ! シャリーズはどこ?」
「ユノザート! ユノザート!!」
「おかあさん!」
「おかあさま~!」
子を呼ぶ声は4つなのに、答える声は2つ。
そう、誘拐事件は今回が初めてというわけではないし、子供が行方不明となる理由や犯罪の種類は、他にもたくさんある。泣きながら我が子を抱き締める2組の家族と、必死で子供を捜し回り、近くに駐めてあった馬車の荷台に上がり、半狂乱で空の樽を覗いてまわる2組の家族。
その、あまりの明暗の差に、群衆達も無言で俯いていた。
特に、4組目の家族が探しているのは、名前から考えて、男の子らしかった。
今回の被害者は美少女ばかりであったが、以前は男の子も誘拐していたのかも知れない。そしてどこかに売られ、元気で暮らしているに違いない。そして、捜査の手が及んで助け出され、家族達の元へと帰れるに違いない。そう信じたかった。
「……領主様……」
「分かっておる! 分かっておる……」
私の言いたいことを察した領主様が、額にシワを寄せて、そう言ってくれた。ここは、領主様を信じよう。
しばらく経って、4組の家族は街の方へと戻っていった。笑顔と笑い声に包まれた2組の家族と、俯き、無言の2組の家族が。
そして、ぽつんと後に残された、5~6歳くらいの、ひとりの少女。
「え……?」
事情聴取の結果、レイエットちゃん6歳、は、親に売られたらしい。
田舎の農村で、5人兄弟の末っ子。よくある話らしい。
そして、売られた、とは言っても、人身売買となると大罪のため、あくまでも「長期間の年季奉公」という建前らしい。給金は親に前払いで支払われ、奉公期間は80年。待遇は一応人間扱いされるらしいが、実質、奴隷同然である。
そして商人に連れられての移動中に、誘拐されたらしいのだ。
「……こういう場合、どうなるんでしょうか?」
売られた身なのに、親元へ戻すのは問題があるだろう。
逃げたと思われたり、買った商人からクレームが付いたりするかも知れない。そして何より、子供を売るような親であるから、儲けたとばかりに、再び他の商人に売る可能性がある。
「どうなのだ?」
自分が聞いたものの、考えてみれば、領主様がそのような下賤なことを知っているはずがない。そう思ったら、領主様が配下の者に聞いてくれた。
「は、お金を受け取り、契約で手放した以上、もう両親にはその子を引き取る権利はありませんし、無償で手元に戻すと、同じように子供を手放した他の家から妬まれて揉め事になる可能性があるかと……。
また、一度子供を売った家は、再び同様のことを繰り返す傾向にあり……」
「親元に戻すのは無駄、いや、その子のためにはならんということか……」
「は。
また、その子を買った、いえ、奉公の契約をした商人ですが、このような契約は、本人の意志を無視したものであること、限りなく人身売買に近い怪しいものであること等から、自分達がそういうことをやっていることが大っぴらにされることを嫌がります。なので、被害の届けも出ておりませんし、恐らく、安値で買い叩いた幼い少女など失っても大したことではないとでも考えて、下手に騒ぐよりは、損切りと割り切り、既に街を出て次の目的地へと向かっているものと思われます。
つまり、商人を捜し出して引き渡すのも困難であり、また、その子のためにもなりません」
「では、その子供はどうなるのだ?」
領主様の問いに、配下の人は、自分が最善だと思うことを答えた。
「本人のための最良の方法は、孤児院に入れることです。スラムで暮らし早死にすることを思えば、ずっと幸せでしょう。孤児院は狭き門ですが、領主様に御指示戴けましたなら、問題なくはいれるかと……」
俯いたまま、領主様と配下の人の話を聞いているレイエットちゃん。
どうやら、話の内容をちゃんと理解しているらしい。身体がぷるぷると震えていた。
「分かった、後で一筆書こう。女神に救われた少女だ、孤児院でもちゃんと面倒をみてくれることであろう。後は……」
「待って下さい!」
気が付いた時には、言葉が口を突いて出ていた。
「その子は、私が引き取ります!」
「「「「ええええぇ~~っっ!」」」」
領主様や周りの人達も驚いてはいたが、叫び声を上げたのは、勿論、ロランドを始めとする、連れの4人であった。
「か、カオル様、そんな無茶な!」
「それは、少し無理があるのではないかな……」
フランセットとロランドはそう言って反対したが、エミールとベルは、驚きの声は上げたものの、私の決断については何も言わない。
当たり前か。ふたりにとって、私は『絶対の忠誠を捧げる、女神様』なんだから。最近、ちょっとそれが重く感じるようになってるんだよなぁ……。
「何か、問題はありますか?」
領主様と、説明してくれた配下の人の方を向いて、そう尋ねた。
身内の方は、問題ない。どうせ、私が押し切れば、最終的には折れるだろうから。
……折れなければ?
そりゃ、「じゃあ、意見が合わないようなので、ここで別れましょう。以後は別行動で」とでも言えば……。
脅迫? いやいや、ただの、私の自由意志の表明に過ぎないよ。
「……問題ないかと。誘拐されたのに届けも出さずに放置した段階で、商人は自分の支配下で働かせるという権利を放棄したものと見なせます。最低限の保護義務すら満たしていませんからね、その行為は。虐待及び義務の不履行で、契約違反です。
それを、女神の御力によるとはいえ、この者が助け出したというのであれば、最早商人には何の権利も主張できないでしょう。
後は、自由の身となった少女がどれを選ぶか、という問題に過ぎません。両親の下へ戻るか、孤児院へ行くか、スラムで暮らすか、他の生き方を選ぶか、……そして貴女方と一緒に行くかを。
私としましては、両親の下とスラムはお勧めしませんがね」
配下の人がそう説明してくれ、領主様も頷いていた。
「……どうする?」
そう尋ねた私に、少女、いや、6歳ならば幼女かな、幼女レイエットちゃんは、にぱっと笑って私の脚にしがみついた。
「一緒に行く!」
よし、幼女、ゲットだぜ!
これで、2組のカップルに見せつけられて、寂しい思いをしなくて済む!
「じゃ、そういうことで!」
「何が、そういうことで、ですか!」
フランセットの抗議は、スルー。会社で、お局様のお小言をスルーする能力を身に付けたのが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
そして、万一に備え、領主様にお願いしてレイエットちゃんの身柄を証明する書付、つまり今回の簡単な経緯と、レイエットちゃんをこの領地出身の自由な平民として認めること、そしてその身元引受人は私であることを書いた書類に、サインをして貰った。紙と筆記具は、私が提供した。
勿論、本文を書いたのは配下の人で、領主様はサインをしてくれただけ。
本当ならば、領主様がわざわざそんな書類を用意したりサインしたりしてくれるはずがない。余程レイエットちゃんを可哀想に思ったか、それとも、女神に救われた幼女を邪険に扱って万一のことがあったら、と心配したのかは分からないが……。
って、考えるまでもなく、絶対、後者だな。金貨1枚、賭けてもいい。多分、その賭けを受けてくれる人は見つからないだろうけど。
しかし、これで、もしレイエットちゃんを買った商人と出会っても、何の心配もない。
もしレイエットちゃんを引き渡すよう迫られたら、この書類を提示して、大騒ぎして官憲を呼べばいいわけだ。そして、元々の契約が人身売買ではないのか調べて貰う、と言えば、それ以上絡まれることもないだろう。
また、もしレイエットちゃんの両親に会ったとしても、レイエットちゃんが望まない限り、無理矢理連れて行かれることもない。既にお金と引き替えに手放しており、今更自分達を養えだとか稼いだお金を寄越せだとか、言えるわけもない。
逆に、こちらにはレイエットちゃんの80年分の奉公の賃金を本人に返還するよう訴える権利がある。それは本来、両親ではなくレイエットちゃん自身が受け取るべきお金なのだから。
そこを突けば、簡単に追い払えるだろう。何せ、下手をすれば人身売買の容疑で犯罪奴隷だ。官憲沙汰にされることは絶対に避けたいはずである。
……もしレイエットちゃんが両親の下へ行くことを望んだら?
その時は、本人の自由だ。誰も、他人の人生を強制するわけにはいかない。
「では、これにて失礼致します」
「ま、待て! ちょっと待ってくれ!」
用事は終わったので、さっさと出発しようとしたら、領主様に引き留められた。
まぁ、そうだろうなぁ。そりゃ、私でも引き留めるわ。
適当にあしらってこのまま出発、というのも難しいし、いくら本文は配下の人が書いたとはいえ、領主様自ら、わざわざこんな場所でレイエットちゃんの書類を作って貰った借りがあるから、そう無下にするのも申し訳ない。ここは、もう少し付き合ってあげるか……。