49 誘拐
「どうした?」
皆と一緒に夕食を摂ろうと、ロランドとフランセットが部屋から出ると、エミールとベルがカオルの部屋の前でうろうろしていた。
「あ、いえ、カオルさ……、カオルが、いくらノックしても出て来ないので……」
エミールは、他の者がいないとはいえ油断は禁物と、カオルの呼び方を慌てて訂正した。
「熟睡しているか、お手洗いにでも行っているか、それとも先に1階に降りて、既に食事を始めているか……。とりあえず、下に降りよう」
いきなり鍵を壊して乱入するわけにも行かないため、そう言ってさっさと階段に向かうロランドに、仕方なくついていく他の3人。
「連れを見なかったか?」
1階に降りたロランドが宿の者に尋ねると、受付のおばさんが即答してくれた。
「ああ、黒髪の女の子だね? 部屋を取った後、すぐに出掛けて行ったよ」
「「「「えええええ~っ!」」」」
食い意地が張っている上にお金には結構細かいカオルが、宿賃と一緒に代金を支払い済みの夕食をすっぽかすわけがない。散策に出掛けたとしても、夕食の時間までには絶対に戻る。カオルはそういう子であり、勿論みんなはそれを知っていた。
ということは、予定していた時間に帰れない、何らかの問題が発生したということであった。
「出る!」
そう言って部屋の鍵をカウンターに叩き付けるロランドと、それに続くエミール。
鍵は1つずつしか渡されていないので、女性陣はそのまま男性陣に続いて宿を飛び出した。
さて、どうしようか……。
ここは、街の貧民街の1軒の地下にある、隠し部屋らしい。
その一角が角材で仕切られて檻になっており、5~6歳から10歳くらいまでの、私を入れて4人の子供達が囚われていた。
……私はもうすぐ20歳だけど、そこは突っ込むな!
あ、私は、この世界に降り立ったあの日を「15歳の誕生日」ということにしている。ちゃんと毎年、お祝いもしてるよ。ひとりだけで。人を招くと、何歳の誕生日か聞かれるだろうから、誕生日は内緒にしている。
と、それは置いといて、とりあえずどうしようかな。
この地下の隠し部屋は、小さいながらも2部屋に別れていて、階段を降りたところが、やや大きめのテーブルひとつと椅子が5~6脚に、戸棚といくつかの木箱がある程度の小さな部屋。そしてこの部屋が、半分が木製の頑丈そうな格子で仕切られた牢……、そう、座敷牢みたいな感じのやつで、残り半分の部分に小さなテーブルと椅子が1脚。
部屋の中には、私達捕らわれ組の他に、20歳前後くらいの見張りの男がひとり、その椅子に座ってぼんやりしている。
でも、これからのことを考えるより先に。
「ううぅ……」
そう、捕らえられる時に手荒く扱われたのか、さっきから痛そうに左肩に手を当てている、この中で最年少と思われる5~6歳くらいの少女。いや、幼女、か?
可愛い女の子が苦しんでいるのは、見逃せないよ!
いや、可愛くない女の子なら見逃してもいい、ってわけじゃないけどね。いや、ホント!
で、とりあえず……。
「きゃ!」
幼女の襟首から右手を差し入れて、痛そうにしている左肩をなでなで。……掌に治癒ポーションを生成しながら。
そして左手で服の上から手を当てて、檻の外で座っている男に向けて腕を振った。
「痛いの痛いの、飛んでけ~!」
「ぎゃっ!」
そして上がる、男の悲鳴。
「飛んでけ~!」
「ぎゃあ!」
「飛んでけえぇ!」
「ぎゃああぁ!」
男は椅子から立ち上がり、血相を変えて私を怒鳴りつけた。
「て、てめぇ、何をしやがった!」
ふふ、驚いてる驚いてる。
なに、痛覚を強烈に刺激する薬品をほんの少し、体表面に生成してあげただけだ。
「え? いえ、別に何も? この子が痛がってるので、撫でてあげて、気が紛れるようにお呪いをしてあげてるだけなんですけど? ほら、こんな感じで。
痛いの痛いの、飛んでけ~!」
「ぐはぁ! や、やめろ、すぐにやめないと……」
そう言いながら、剣の柄を握る男。
そして私は、その人に優しく微笑みかけてあげた。
「あれ、いいのかなぁ? 『剣先剣先、飛んでけ~!』って呪文もあるんだけどなぁ……。そのお呪いを唱えると、剣を突き出した人自身にぐっさりと……」
「ぎ……、ぎゃああああぁ!」
あ、逃げた。
「痛くない……」
女の子が、きょとんとした顔で私の顔を見上げていた。
そして、にぱっ、と浮かんだ笑顔。
うんうん、女の子には、やっぱり笑顔が一番だね。
「何事だ!」
ドアを開けてはいってきたのは、誘拐団のリーダーらしき男。
私を誘拐した4人ではなく、ここで待機していた人。30歳前後で、割と真面目そうに見える、普通の人。
まぁ、ヤクザや暴力団でも、粗暴だったり粋がったりするのは下っ端だけで、上の方の人は一見普通に見えるらしいし、仕事以外では結構普通に振る舞うらしいからね。
まぁ、そりゃそうか。奥さんのママ友にガン付けたり、娘の友人にメンチ切ったりはしないよね、いくら暴力団でも。
ただ、目付きは鋭く、……目付きの話はやめよう。多分、私には言われたくないだろうから。くそ。
この部屋にはいってきたのは、リーダーの人、ひとりだけ。さっきの見張りの人は、怖がってついて来なかったらしい。
「え? いえ、何も? 寝ておられました見張りの人が、何やら急にビクッ、となって飛び起きて、部屋から飛び出て行かれただけですけど……」
両手を軽く握り、口の前で合わせて、そう言ってみた。いわゆる、ぶりっ娘ポーズである。一度、やってみたかったのだ。勿論、知り合いがいない時に。でないと、気味悪がられるか、笑われるから。「似合わない」、「不気味だ」って。
……うるさいわ!
「くそ、あの馬鹿、寝ぼけやがって……」
そう言って、リーダーの男性は再び部屋から出て行った。
うんうん、向こうの部屋で、勝手に揉めていてね。
「みんなは、怪我とかしてない?」
まだ私の腕の中にすっぽりと収まっている少女以外のふたりは、ふるふると首を振った。
「心配しなくても大丈夫だからね。そのうち、助けが来るから」
「……助け?」
10歳くらいの女の子が、私を見上げながら尋ねた。
「うん。まぁ、それまで、のんびり待っていようよ。
あ、何かゲームでもする? 遊び方は簡単だから、すぐ分かるよ!」
その気になれば、助けを呼ぶのはそう難しいわけじゃない。
この建物の上空で、あの戦いの時みたいに爆発を起こしたり、黄金色に輝く雲の柱を生成したりすれば、ロランドとフランセットはすぐに気付くだろう。
でも、それをやるのは、まだ早い。
なぜなら、まだ黒幕達が登場していないから。
美少女誘拐団が、……ここ、『美少女』の文字は外せないよ、とにかくその『美少女誘拐団』が、今ここにいる、比較的若い5人の男だけだとは思えない。
いや、実行犯はこの5人だけかも知れないけれど、誘拐した女の子達を輸送したり、売り先を探したり、そして城郭都市であるここ、セリナスから運び出すための伝手を確保するには、多分この連中だけでは役者不足だ。商人なり有力者なり犯罪組織なり、バックというか、黒幕がついている。それが、時代劇の定番だ。間違いないよ!