04 ポーション無双!
「あの、治癒ポーション、いかがですか? 切り傷治癒の青色ポーション銀貨1枚、内臓損傷から骨折まで幅広く、何でも御座れの黄色ポーションなら銀貨5枚です!」
香の売り込みに、助けてやろうとしているハンター達も流石に苦笑いであった。銀貨1枚だとエールが3~4杯飲める。もう1枚あれば充分な量の食事とつまみが買えるのだ。いくら助けてやる気があっても、子供がその辺で採れた雑草レベルの薬草で作った薬に銀貨は出せない。
もっと安ければ冗談半分で栄養剤代わりに買ってやっても良いのだが、それは銅貨数枚か、せいぜいが小銀貨1枚までだった。
自信のポーションが全然売れる気配が無く、香はあせっていた。どうして売れない? 見たところ、怪我をしているハンターも何人かいるのに。後で仲間に回復魔法をかけて貰うつもり? むむ、仕事中だとパーティに回復魔法の使い手がいない限りポーションに頼るしかないけど、街中ならば他パーティの回復術師に安く治癒して貰えるのかも。確かに街中ならばMPの残量もあまり気にしなくていいし、それこそお酒1杯奢るくらいの金額で治癒して貰えるのかも…。
しまった、値段設定が高すぎたか! いや、しかし仕事に持って行く分は必要なはず。あまり安くし過ぎても色々と問題が出る。どうすれば…。
悩む香に、がっしりした中年のハンターが声をかけた。
「おい、嬢ちゃん、ちょっと右足揉んでくんねぇか。今日はかなり酷使したからか、なんかさっきから攣りそうでヒクヒクしてやがんだ。攣ったら痛てぇからなぁ。駄賃は、ほれ、このソーセージ2本でどうだ?」
「その仕事、受けたあぁぁぁ!」
飛んで行く香。マッサージなら昔から父や母にお駄賃貰ってやっていたから自信がある。そのハンターの男も父とあまり変わらない年齢なので香には忌避感も全くない。父にしているのと同じ感覚だ。
本当に攣りそうだったのか、ただ単に口実を作って香に何か食べさせてやろうとしただけなのかは分からないが、喜んで一生懸命足をマッサージする香と本当に気持ちが良いのか目を細める中年ハンターを見て、他のハンターも何だかそわそわし始めた。
「次、俺! 肩揉んでくれ。鳥串2本やる」
「こっちは背中のツボ押し、ボア肉のステーキ四分の一!」
「食い物ばかりじゃ喉が詰まるだろ! 俺はぶどうジュースをジョッキで1杯だ! どうだ、料理の残り物よりずっと値が張るやつだぜ!」
「くそ、じゃあこっちは果物だ! 好きなの頼ませてやるぞ! あ、但し桃はダメだ、流石にアレは高すぎる!」
「けっ、ヘタレが! そこをやせ我慢して桃を喰わせてやるのがハンターの心意気ってもんだろうが!」
「う………」
何だか急に騒がしくなった飲食コーナーにちらりと目をやり、キツキツ受付嬢は軽く眉を上げた。口元も少し吊り上がっているように見えなくもない。
もうそれ以上は食べられそうにないですぅ、だからあとは食べ物じゃなく、出来れば銅貨でお願いしますぅ、という香の声に、ハンター達は了承した。
香が満腹となり報酬が銅貨に変わってしばらくした頃、突然ギルドのドアが荒々しく押し開けられた。
「誰か、医者のところに案内してくれ、重傷だ! すぐに治療所を開けるよう頼んでくれ!」
二十歳台半ばか後半くらいの女性ハンターが飛び込んで来るなり大声で叫んだ。
それに少し遅れて、三十歳前後の血塗れの男を背負った体格の良い中年男性と、背負われた怪我人の装備らしき剣と防具を持った二十歳前後の弓士らしい男が続けて入ってきた。
「グレイベアにやられた! 急いでくれ、頼む!!」
怪我人を背負った男が叫んだ。
緊急事態に、キツキツ受付嬢も流石に真剣な表情でカウンターから駆け出てきた。そしてその4人に対して無情の宣告が下される。
「残念ですが、医師は現在周辺の村落を巡回中でしばらく戻りません。薬師も隣町に出ており、戻るのは明日になるかそれ以降になるか不明です。ハンターの皆さんは最低限の応急処置の心得はあるはずですので、手持ちの薬草と皆さんの御協力にお縋りするしか…」
その言葉に絶望の表情を浮かべるパーティの面々。だれが見ても、素人に毛が生えた程度の者になんとか出来るような怪我ではないのは一目瞭然であった。怪我人を毛布を敷いたテーブルの上に寝かせ、ただ呆然と立ち尽くす。
「ばっ、何してるんですか! 早く治癒魔法かけないと! これだけハンターの人がいるんだから治癒魔法が使える人のひとりやふたり、居るでしょうが! それに、手持ちの上級ポーション提供して下さいよ、人命がかかってるんですから! 支払いなんか後でいいでしょうが! 何ぼーっと突っ立ってるんですか、ねぇ、ねぇってば!!」
突然怒鳴り始めた香に、人々は何を言われているのか理解出来ずにただポカンとして立ち続ける。
「えぇい、どいて! 私がやる!!」
邪魔な人を押しのけて、香は怪我人を寝かせたテーブルの前に立つ。防具は既に外されていたので、横に立っているパーティの中年男性の腰から勝手にナイフを抜き出して怪我をしている部分の衣服を切断する。露わになった傷口からは血が流れ続けていた。
「お、おい……」
戸惑う男の声は無視する。今はそんな時間はない。
「誰か、ここで一番強いお酒、瓶ごと持って来て! 急いで!」
お、おう、という声と共に何人かが飲食カウンターの方へと駆けて行き、すぐに酒瓶を持って来てくれた。香はそれを受け取ると、口で栓を抜き傷口に思い切りぶっかけた。
うあぁぁぁぁぁ~、と今まで意識を失っていた怪我人が絶叫をあげてのけぞった。そりゃ痛い。でも、死ぬよりマシでしょ!
周りの男達は誰も動けない。声すら出せずにただ眼を見開くのみ。
香はポケットから1本のポーションを取り出した。色は黄。そして女性ハンターにそれを突き出した。
「飲ませて。黄色は1本しかないの、こぼさないで!」
鬼気迫る香の表情に何かを察したのか、何でもいいから何か縋れるものが欲しかったのか、女性は黙って頷くと黄色ポーションを受け取った。そして怪我人の頭を動かして喉を真っ直ぐに伸ばすと、ポーションを自分の口に含んだ。
顎を掴んで怪我人の口を開かせると、口移しでポーションを流し込む。
んっんっんっんっんっ……
それを2回、3回と繰り返し、黄色ポーションは全て怪我人の喉へと流し込まれた。
それに並行して、香は青色ポーションを直接傷口へと注ぎかけた。先程の酒は、消毒の意味も勿論あるが、傷口の汚れと血を流してポーションが傷そのものや体内に直接かかるようにするという意味合いが大きい。
更に、傷口に青色ポーション、2本目を注ぐ。
効果は劇的なまでに現れた。黄色ポーションを飲み青色ポーション2本を傷口に注がれた今にも生命の灯火が尽きるかに見えた男性の蒼白な顔に血の気が差し、傷口が見る見るうちに盛り上がる肉芽に覆われ塞がっていく。血などとっくに止まり、呼吸も安定を取り戻している。
一撃での瀕死ではなく出血や内臓へのダメージ等による時間経過に伴う瀕死状態であったため、怪我そのものは赤でなく黄色ポーションでもある程度何とかなったのである。更に傷口に直接かけた青ポーションも効果があった。流石に完治とは行かず、失った血も戻らないが…。
そしてそれを見た誰もが理解した。ああ、助かったんだな、と。
女性ハンターは、今はもう死相の消えた怪我人に縋り付いており、中年の男性は呆然と立ち尽くしたまま。怪我人の装備を持っていた若い男性は床にへたり込んでいた。
怪我人に気を取られて気付かなかったが、中年男性も左腕にかなり深い怪我を負っていた。まだ血が流れ出している。この腕で大人ひとりを運んだのかと、香はその身体の強靱さと精神力に驚嘆した。
しかし少々血を流しすぎている。それにこの傷の深さだと完治にはかなりの時間がかかるか、もしかすると完全には治らず後遺症が残るかも知れない。これほどの男にそれは少し、いや、かなり勿体ない。渋い中年は人類の宝である。香は男に青色ポーション最後の1本を黙って差し出した。
「お、お前! こんな貴重なモン、この程度の怪我で使えるかよ!」
「うるさい。黙って飲んで!」
「…お、おぅ」
目付きの悪さでは定評のある香に本気で睨まれ、男は素直にポーションを受け取り、飲み干した。そして次の瞬間に塞がり治癒する肩の深傷。
静寂に包まれていたギルドのホールで、誰かがポツリと呟いた。
「奇跡だ……」
次の瞬間、ホールは歓声で爆発した。
「「「「「うおおおおおおおおおッ!!!」」」」」
「嬢ちゃん、嬢ちゃん、嬢ちゃんんん!!!」
「俺、足揉ませちまったよォ! なんて事を……」
「いやソレ、腹空かせてた嬢ちゃんを助けたんだから問題無いだろ!」
「馬鹿馬鹿馬鹿、なんで俺はあの薬を銀貨1枚で買わなかったんだあっ!」
力任せの乾杯で砕けるジョッキ、叫ぶ酔客、もみくちゃにされる香。
もう、阿鼻叫喚、地獄絵図である。たとえそこに天使が居ようとも。
そしてその天使は、目付きがかなり悪かった。