03 とりあえずポーションで!
一瞬フラッとしたが、足を踏ん張って耐えた。よしよし、慣れてきた慣れてきた! って、せっかく慣れてももう活用することはないが。
まぁ、何だ。いわゆるところの「異世界」だ。まぁ、ヴェルニーとかいう名前らしいが。
あの後、女神セレスことセレスティーヌに大喜びで友達認定され、しばらくの間ぎゅっとされたりすりすりされたり愚痴を聞かされたり「あのお方」へのアプローチ作戦を考えさせられたりと色々あり、ようやくのことで解放されてこの世界へと降り立ったのである。やはり少し頭が良くなっていたのはあの説明の時だけだったようだ。その後は完全にお花畑に戻ってた。
どうやらここは小高い丘の中腹らしく、周りにはまばらに木立がある程度、遠くに街らしきものが見える。別に壁に囲まれていたりはせず、普通に建物が見える。
まずは街を目指すべきだろうが、その前に身体の確認である。これから長い付き合いになるのだ、きちんと確認しておこう。瑕疵、初期不良があればセレスにクレームを出さねばならぬ。その時には文句を付けて追加サービスを要求する!
というわけで屈伸したり飛び跳ねたり、ぺたぺたと身体を触ったりと色々調べてみた結果。どうやらちゃんと15歳の頃の自分の身体になっている模様。
鏡が無いから顔の確認はできないけれど、見える範囲や触った範囲では問題無さそう。いや、あんまり正確に再現されてなくても、例えばもっと体力や筋力が増加されていても、その、胸のあたりが強化されたりしていても別に構わなかったんだよ、セレス! くそ。
身長は確か15歳の時と1センチそこそこしか変わらなかったはずだから殆ど変わった気がしない。確か157センチくらいだったかな。体重は昔の方が少し重かった。体型維持よりも部活と食い気の方が大事だったからな、当時は。ダイエットなんて考えもしなかったよ。…若かったよなぁ。(しんみり)
で、問題の胸部装甲だけど。うん、22歳の時はギリギリBと言い張れるくらいはあったんだけど、悲しいことに今では完全にAである。いや、希少価値だ! 今では地球じゃ20人にひとりというステータスものだぞ! セレスもだったけど。お揃いだよね、良かったね。だから友達になれてあんなに喜んだのか、セレス!!
あっ、姿は自由に変えられたな、そういえば。
いや待て、落ち着こう。まだ逆切れするような時間じゃない。ひっひっふー、ひっひっふー……。
一応身体の確認は終わった。次は能力チェック。とりあえず一番大事な能力、ポーション作成だ。右手を差し出して頭の中で念じてみる。
(スポーツドリンク味で体力回復薬、出ろ!)ビンはドリンク剤のものを想像してみた。
と、一瞬の後には右手に某有名ドリンク剤にそっくりなビンが収まっていた。キュッとキャップを捻り飲んでみると、まさにちょっと酸っぱいスポーツドリンクの味。別に疲れてはいなかったので回復効果は不明だけど、ここまで来て効果なしって事はないだろうと一応セレスを信用しておく。
次に確認するのは勿論アイテムボックス!
(アイテムボックス、オープン!)
心の中で念じて右手を空中に差し出す。別に念じなくてもいいらしいけど、記念すべき初アイテムボックスなので一応カッコ良くキメてみただけである。
手首の先が何もない空間にスルリと入り込み、頭の中に在庫リストが浮かび上がった。
『在庫 なし』
…うん、知ってた。
でも、別にサービスで何か入れておいてくれても良かったんだよ、セレス。いや、いいんだけどね、別に……。
いや、全然、がっかりなんかしていない。神剣とか便利道具とか色々入ってるんじゃないかとか思ってたわけじゃない。本当だ。
セレスには今度、金ピカの王様のお話とかポケットの付いた青い猫のお話とかを教えてあげようと思う。
とりあえずはこんなところか。言語の方は人間に出会わないと確認できないし。よし、まずは街を目指そう。適当に丘を下れば街道か何かにぶつかるだろう。
大きく背伸びをした香はズボンを軽くパンパンと叩くと丘の下方に向かって歩き出した。服や靴等はセレスがこの世界のものを着せてくれていた。いや、素っ裸で放り出されたら少し困るからちゃんと念を押して頼んでおいたのだ、なんか危険を感じたから。
いやホント。凄く感じたんだ。危ない、って。
歩き始めて少し経った頃、木の枝の上からリスのような小動物がこちらをじっと見ているのに気がついた。
「ねぇ、そこの木の上のキミ、人間の住む街へ行く道はこっちでいいのかな」
何気なくそう言って笑いかけると、小動物が返事した。
『うん、そう。そのまま真っ直ぐ』
「あ、どうもありがとう、助かったよ!」
『なに、いいってことよ!』
しばらく無言で歩き続けたあと、香は立ち止まり1本の木に両手をついた。そしてそのままガンガンと頭を木に打ち付けた。
「あらゆる言語の会話と読み書き。あ ら ゆ る 言語 の 会話 と 読 み 書 き!!」
セレス………、サービスのチカラ入れるところの選択がおかしいだろ!
まさかあの小動物、文字を書いたりはしないよね、と考えたところで何か怖くなってきたので香は考えるのをやめた。
陽がだいぶ傾いてきた。近くに見えた街まではまだしばらくかかりそうだ。あれからしばらくして無事街道らしきものには行き当たったのだが、それからが結構遠かった。高い場所から見た場合、近くに見えても結構距離があるものだ。知識では知っていたが、これがそれか…。
本好きの香は色々な本を読んでいたため雑学には詳しい。学校も理系を選択しており、科学が大好き、研究のためには全てを犠牲にしても後悔しないというマッドサイエンティストを深く尊敬していた。…自分がそうするつもりは更々ないが。
途中、喉が渇いたり疲れたりしたので何度か回復ポーションを出して飲んでみた。ちゃんと疲れは取れたし喉の渇きも治まった。
(…でも、飲むと疲れが吹っ飛ぶというクスリなら地球にもあったな。確か名前は、えーと、疲労がポンと飛ぶから、ヒロポ…)
なぜか怖くなってきたので、香は考えるのをやめた。
(副作用とか無いだろうなぁ!)
しかし、街の近くに降ろしてくれるなら、なぜこうも中途半端に遠いのか!
やはり物事をセレスに任せるのは危ない。悪気は無いのであろうが、判断の基準が少しおかしい。
まぁ、人間とは全ての基準のスケールが違うのだろうから仕方無いと言えば仕方無いのだろうけど。これからは全て自力で頑張ろう。
とにかく、服装を自分で指定したのは我ながら慧眼であったと胸を撫で下ろした。全く抵抗なくすとんと撫で下ろせたことになぜかムカついた。今なら、猫を悪党呼ばわりすることさえ可能かも知れない。
太陽(どうやら1個だけの模様)が沈んで少し経った頃、香はようやく街に到着した。完全に暗くなる寸前であり、本当にギリギリであった。壁も無く、当然門番等もいない。どうやら出入りは自由のようである。
まぁ、王都や大都市ではあるまいし、戦略的な価値もない小さな地方都市では全周を高い壁で囲むための建設費や維持費、門の警備に必要な人件費等の諸費用、普段の不便さ等のデメリットが大きすぎるのだろう。街への出入りに身分証明書が必要、とか言われると困るので、香にとってはありがたい。
香は街にはいる前に4本の換金用ポーションを作成した。青色を3本、黄色を1本。全て治癒用ポーションである。もう少し多く作りたかったが、香は手ぶらであり袋の1つも持っていなかった。状況も分からずにいきなりアイテムボックスを見せるのは問題があり、かと言ってポーションを手に持ったままというのは明らかに不自然である。結局、服のポケットに左右2本ずつ、合計4本が限度であった。
青色はいわゆる下級ポーションであり、切り傷、打撲等ある程度の外傷が治癒される。黄色は中級であり内臓のダメージや損傷、骨折等の治癒。上級ポーションである赤色は瀕死であっても生きてさえいれば何とか死の淵から引き戻せるというものであるが、まずは青色と黄色で様子見。赤色は状況を見てまた後日ということにした。とりあえず今日は夕食と寝床にありつけるだけのお金が手に入れば良いのだから、不要なリスクは冒す必要がない。
香は街にはいると中央通り沿いにあった宿屋で料金を確認し、ハンターに仕事を斡旋するハンターギルドの場所を聞くとすぐにギルドへと向かった。宿の料金は夕食、朝食込みで銀貨4枚であった。
(う~ん、銀貨1枚が1000円くらいかなぁ? なら、青が銀貨1枚、黄色が銀貨5枚くらいかな。ま、最低銀貨5枚あれば今夜は大丈夫か…)
目の前には、ハンターギルドと覚しき建物。如何にもな剣と槍が交差したデザインのマークとハンターギルドと文字で書かれた看板が。よし、読める読める。
陽が落ちたからか、西部劇に出てくるようなスイングドアは開けたまま固定されて普通のドアが閉められている。多分昼間は逆なんだろうな、天気の悪い日や冬場とか以外は。
う~む、入りづらい…。しかし入らないと今夜の宿と夕食が…。心を決めてドアを開ける。心の中で、たのもう!と叫び、実際には僅かに開けたドアの隙間から無言でこっそりと滑り込む。
しかし無情にもドアに取り付けられたドアベルがカランカランと大きな音を立て、部屋中の視線が入り口に集中した。
受付の繁忙時間は過ぎたのか、いくつかある窓口のほとんどは無人で、開いているのは1つだけであった。夜間窓口、かな? 誰も並んでいない。
それに対して反対側は盛況である。たくさん並べられたテーブルでは多くのハンターらしき人たちが料理やお酒を口にしながら談笑している。奥の方に料理や飲み物を提供するカウンターがあるようだ。うん、そういう造りの施設なんだ。
さっきの視線はその人達で、私をちらりと見るとみんなすぐに視線を戻して談笑に戻った。あれ、ここは「おいおい、ここは女子供が来るようなところじゃないんだぜ」とかいう場面では? もしくは「おい、ねーちゃん。こっちに来てちょいと酌でもしてくれや」とか…。あれ? 私、無視? いや、別に絡んで欲しいわけじゃないんだけど、何と言うかその、お約束と言うか、女のプライドというか、その、ゴリゴリ削られたような気がして…、いえ、何でもありません! おとなしく窓口に行きますです、ハイ!
というわけでやって来ました、夜間窓口。受付嬢はなんかツンとすましたキツそうなお姉さん。いや、「目付きがキツい」としょっちゅう言われる私には言われたくないか。でもまぁ他に開いている窓口がないので、キツそうなお姉さんに突撃。
「あの~、すみません!」
ギロリと睨まれた! しかしここで引くわけには行かない。宿と夕食がかかっているのだ。ポーションをたくさん飲んだからお腹はたぷたぷだけど、ちゃんとした固形物が食べたいのだ、私は! それとふかふかのベッドね。
「あの、ここでポーションを買い取って戴けるでしょうか…」
「ハァ?」
うひぃ!
「ポーションて何? 薬? 薬なら薬師か医者のところでしょ。どうしてハンターギルドに持って来るのよ? 馬鹿じゃないの!」
……轟沈。
そうか、ポーションはここじゃなかったか…。
しかし、ならばせめて次へのステップを!
「すみません、田舎から出てきたばかりで何も知らなくて…。これを売らないと食事も宿泊もできないんです。あの、薬師さんとお医者様はどちらに…」
「どっちもこんな時間に開いてるわけないでしょ。それにそもそも医者は周辺の村落の巡回中でしばらく不在だし、薬師は隣町に嫁いだ娘夫婦のところに行ってるよ、孫が生まれたとか何とかで。まぁこっちは明日か明後日あたりに帰ってくると思うけど」
あ、ああぁぁぁ……、終わったあぁ…
香はがっくりとその場に崩れ落ちた。夕食もふかふかベッドも夢と消えた。
大体、どうして銀貨の数枚でも用意してくれていなかったのか、セレスは!
…答えは簡単。「セレスだから」。
くそ、くそ、くそっっっ! 涙が滲む。
香のあまりの惨状に流石のキツキツ受付嬢も憐れみの心を持ったのか、助け船を出してくれた。
「しょうがないわねぇ。ま、明日の朝までここの管理は当直職員である私が任されてるから、私の権限でちょっと助けてあげるわよ。言っとくけど、今夜だけだからね! たとえ私が当直の日でも、次はないわよ!」
「は、はい! お願いしますぅ!」
溺れる者は藁をも掴む。必死の香であった。
「じゃあ、まず、寝るのは職員の緊急時仮眠用の折り畳みベッドを貸してあげる。職員専用区域に入れるわけにはいかないから、そこらの隅っこで寝なさい。敷板が固いとか毛布が薄いとか巫山戯たこと言うと叩き出すからね!」
「は、はい!」
「次に食事だけど、流石にお金を貸すつもりはないわよ。自分で何とかしなさい。特別に臨時営業を許可してあげるから、そこで飲んでるハンター連中にさっき言ってたポーションとやらを売るとか、使い走りをするとか、肩を揉むとか、酌をするとかで食事代を稼ぎなさい。直接料理を分けて貰うのも方法のひとつね。…但し!」
キツキツ受付嬢はそこでドン、とカウンターを叩きつけた。
「但し! 売春は絶対に許さないからね! そんなコトをしたら、あんたも買った男も半殺しで叩き出すからね、よぅく覚えておきな!」
ギロリとした眼で睨み付けられた。
神様やセレスには結構強気で出た香であったが、流石にここでキツキツ受付嬢に逆らうような命知らずではない。慌ててぺこぺこと頭を下げてお礼を言うと、急いで酔客で混み合う飲食区画へと飛んで行った。医者と薬師が不在ならばポーションが売れる見込みは充分ある。
一方飲食区画では、受付嬢の大声は丸聞こえ。多少目付きは悪かろうとも、可愛くて幼い少女の苦境とあっては何とかしてやらねばと、救済する気満々であった。
肉体年齢15歳で歳相応の香であったが、それはあくまでも「日本であれば」の話である。欧米人は12~13歳で日本人からは高校生、下手をすると大学生くらいに見えるのである。勿論その反対も成立し、日本人は成人女性でも子供に見られることが多い。欧米旅行でやたらとあちこちでお菓子やあめ玉を貰い不思議がる成人女性は未だに後を絶たないのである。
香はここで10~12歳くらいに見られていた。勿論、キツキツ受付嬢にも。もし成人である15歳だと思われていたらここまでの温情は無かったかも知れない。大人ならば自分で何とかしろ、一晩の空腹くらい我慢して軒先で寝るか朝まで起きてろ、とか言って。
結局、どこの世界でも、子供と美人はお得なのであった。