266 商会バトル 5
「潰すよ!」
「……何を?」
リトルシルバーに戻っての、私の第一声に、当然の疑問を返すレイコ。
「ローディリッヒ一味。ローディリッヒの次期後継者の目が完全になくなるくらいには」
「あ~、犯人、あの連中だったか……。嫌がらせは商人的なやり方で来ると思ってたんだけどな~。
ちょっと、買い被ってたか……」
うん、商人なら、商人らしいやり方で来るかと思ってたんだよね。何らかの圧力を掛けるとか、権力者や他の商人、商業ギルドを抱き込むとか、偽の契約書や雇用関係の証明書を作るとかして……。
法律の範囲内での嫌がらせならば、こっちも法律の範囲内での反撃。
ちょっぴりそれを超えちゃった嫌がらせなら、こっちも、ちょっぴり超えた反撃を。
その程度に考えていたんだ。あくまでも、商人として向かってくるだろうと。
……それを、まさかこんな直接的な手段に出るとは。
しかも、チンピラを雇うことすらせず、まさかの自分達の手で直接……。
まあ、チンピラを雇おうにも、この街のチンピラや犯罪組織の者達はリトルシルバーに喧嘩を売るような依頼は絶対に受けないけどね。
今までにリトルシルバーに手出しした者達がどんな結末を迎えたかはみんな知っているし、領主様や商人達と懇意だってことも、勿論知っている。
そして何よりも、うちは孤児達のために活動している組織だ。
……そう、街のチンピラや犯罪組織の者達の中にも、孤児だった者達はいる。
そして、リトルシルバーの前身であった孤児院のお世話になっていた者も……。
なのでリトルシルバーは、そういう者達にとっては、『触れてはならないもの』という扱いなのである。
だから、リトルシルバーに手出しするために人を雇うなら、少なくともこの街以外の場所、できれば他の領地か他の国で雇う必要があった。
下手にこの街で人員募集なんかすれば、前金だけ取られて、そのままリトルシルバーか領主邸か警備兵詰所に駆け込まれるのがオチだ。
とにかく、連中はそれを知ってか知らずにか、人を雇わずに自分達の手で犯行に及んだわけだ。
もしかすると、人を雇おうと試みはしたのかもしれない。それが不首尾に終わっただけで。
それとも、10歳未満の女児を攫うくらい、大人が4人もいれば簡単だとでも考えたのかな。
そして、おそらくは交渉に使うだけで危害は加えず、後で無事に帰すから大した問題にはならない、とでも考えたか……。
大商人の息子であり、この街の商店の支店長であり、そして捕らえている間は子供達に危害を加えることなくお菓子でも与えていれば、用済み後に無傷で帰してやれば何とでも言い逃れできるとでも……。
確かに、以前であればそれも何とかなったかもしれない。
ここにリトルシルバーができる前で、私達が領主様や商人達と手を組む前で、街の人達に完全に受け入れられる前であったなら。
……だけど、今はもう駄目だ。
悪徳商人あるあるの、『官憲とズブズブ』なのは、こっちだ。
てめーらは、誰にも護ってもらえない弱者の方だ。
こういう立ち位置になるために、色々と努力し、根回しをし、そして画策してきたんだ。
そして、今はこの街だけのこの立場を、国レベルで確保するのが、今やっている『出張シリーズ』なんだよねぇ……。
早く一段落させないと、出張期間が長い恭ちゃんに申し訳ないよ。
「じゃあ、警備隊に通報を?」
「ううん。どうせ否定するだろうし、証拠がないとか偽証だとか言ってゴネるに決まってるから。
しらを切るのをいちいち問い詰めたりするのは面倒だし、王都の警吏に引き渡すには、それじゃ少しインパクトが弱いよ。だから……」
「だから?」
「スッキリ明朗会計、誰が見ても文句なしの現行犯で捕まえる」
「おとりか……」
さすがレイコ、話が早い。
「でも、さすがに今度は向こうも慎重になるでしょうから、おとり捜査は子供達が危険なんじゃあ……。防犯スプレーのことも知られているし、いくら私達が陰から見守っているとはいえ、もし万一、突然殴られたり斬りつけられたりすれば……。
いくら平気そうな顔をしてはいても、10歳未満の女の子だよ。恐怖に震えて、もし心理的に悪影響が出たら……。
それに、前回子供達にあれだけボコられたのだから、さすがに次は人を雇うでしょ。
ソイツらを捕らえても、しらを切られて終わるだけなんじゃあ……」
うん、確かに、普通ならそうだろうけど……。
「誘拐されて、連中に引き渡されるまで待つから、その点は大丈夫!」
「なっ! それじゃあ、子供達の危険が! 前回の腹いせで、暴力を振るわれたらどうするのよ!」
うん、勿論それくらいのことは私も考えている。なので……。
「オトリには、絶対安心な者を使うから、問題ないよ」
「……さすがに私達じゃあ、年齢的に……」
まあ、そうだよねえ……。
でも、私達には、隠し球がいる。
10歳未満に見えて、私達と関係があり、重要人物に見える美味しい餌でありながら、絶対に安全な人物が……。
「あ!」
うんうん、レイコも気が付いたか……。
「金食い虫の、レイア!!」
「うん。毎週、金貨を吸い取られているんだ。少しは私達の役に立ってもらわないとね。
外見は8歳くらいだけど、意識体としては数万歳とか数億歳とかだろうから、子供を危険に晒すとか、虐待だとか、児童福祉法とかは関係ない。
……というか、児童どころか、人間ですらないわ!」
「…………」
うん、まあ、見た目がアレだから、ちょっと罪悪感がないわけでもないけれど、そんな時には、アレだ。
……心に棚を作れ!
そして私もレイコも、おとり捜査は違法だ、なんて言ったりはしない。
そりゃまあ、犯意誘発型……元々犯意がない者に、犯罪を誘発させる行為……は問題があるけれど、機会提供型……既に犯意を抱いている者に、その機会を提供するだけ……というのは、被害者を出さないためには必要であり、許される行為だろう。
犯人が分かっているというのにわざわざ次の犯行を待って、被害者を出してどうするよ……。
「でも、手伝ってくれるかなぁ?」
レイコが心配そうにそう言うが、いくら下等生物の些事には興味がなくとも、絶対に手伝ってくれるだろう。私には、その確信がある。
「大丈夫! 手伝ってくれなきゃ毎週支給しているお金を減らす、と言えば、絶対に手伝ってくれるよ。支給金が減ると買えるお菓子の量が激減するよ、って言えば……」
「鬼かっっ!!」
* *
「……じゃあ、そういうことで……」
こくこく
よし、レイアとの話は付いた。
……協力期間中の支給金を少しアップさせられたが、まあ、許容範囲内だ。
「じゃ、あとは『リトルシルバー』の経営者の親族の娘がひとりで宿に滞在している、という話を、支店の従業員の耳に届くようにするだけか……」
うちの従業員は危険だと分かっただろうし、ただの従業員より『高級宿に滞在している、経営者の親族の娘』の方が人質としての価値はずっと高い。それに、『お嬢様』であれば成人男性の顔を蹴りまくることはないだろうと考えるのが普通である。
……うん、レイアに『普通』を求めてはいけない……。




