263 商会バトル 2
「いったい、どういうことだ!」
王都の本店から来た、番頭のひとり。
父親から支店の様子見のために派遣された者であり、勿論次男派のひとりである。
なので、歓待して高い店で飲み食いさせてやり、良い報告をさせるためにカネも掴ませた。
なのに、ここへ来て3日目の朝、番頭が突然ローディリッヒに告げたのである。
……レリナス商会ターヴォラス支店の廃止が決定したため、支店長は全ての撤退作業を行った後、王都へ戻るように、と。
それは即ち、ローディリッヒが失敗したと、それも支店を廃止しなければならないほどの大失敗をしたと判断されたということであった。
「なぜだ! お前は俺の味方だろう! なぜ俺を擁護する報告をしない!!
時間さえあれば、新しい従業員くらいすぐに雇える。何しろ、うちはレリナス商会なんだぞ、レリナス商会! こんな田舎町の奴らにとっては、憧れの勤め先だろうが!!」
しかし、番頭は冷ややかな眼でローディリッヒを眺めていた。
「どうやら、思い違いをされているようですが……。
私は、レリナス商会本店の番頭であり、商会主であるドレイン様に雇われている身です。
そして、その条件下において、ドレイン様がお望みであった、ローディリッヒ様の次期商会主就任のためのお手伝いをしておりました。
なので、ドレイン様が正確な報告をお望みであれば、その通りに御報告いたします。
あくまでも私の主は、現商会主であるドレイン様です」
「…………」
蒼白になり、凍り付いたローディリッヒ。
番頭は、ただ正直に現状を報告し、そして自分に与えられた『駄目だと判断したならば、ローディリッヒに対して即座に支店の撤収を指示し、状況を見届けてからローディリッヒ達と共に帰還せよ』という命令を遂行しようとしただけである。
しかしローディリッヒはそれを、自分が父親から見放されたと思い込んだ。ドレインはまだ、支店での失敗を挽回させるべく、次の策を考えてくれているというのに……。
それは、自分の味方であると思い込んでいた『次男派』という派閥が、長男であるラサルではなく自分を後継者にふさわしい者として選んでくれた者達の集まりではなく、ただ父親の意を汲んだ者達に過ぎなかったと知り、そしてその父親に見限られたのではないかと思い込んだのであった。
自分の実力ではなく、虎の威を借るだけの、狐。
そして、そんな狐が虎に見放されれば……。
ローディリッヒは、焦った。
次期商会主の座から、無能な妾の子への転落。
それは、ローディリッヒにとり、到底受け入れることのできないことであった。
そして、その時……。
「ローディリッヒ様、ムーノが店に戻っているようです!」
店員のひとりが、そんな報告を持ってきた。
* *
「……」
使い走りの丁稚が持ってきた文を読み、額にシワを寄せているムーノ。
その文に書かれているのは……。
『すぐに来い!』
「…………」
文を届けた丁稚は、文を渡すとすぐに、返信が書かれるのを待つどころか、返事を聞くこともなく帰っていった。
いくら下っ端の丁稚であっても、仮にもレリナス商会の支店に雇われている者である。普通であれば、そのようなことをするはずがない。
……ということは、そうするように指示されていたということであろう。
自分からの命令を拒否することなど、あり得ない。
自分の命令は、他のどんなことよりも優先される。
そう考えている者にしか思い付かないであろう指示を……。
* *
「どうしてローディリッヒ様のお呼び出しに応じない!!」
ムーノの元部下、支店に残った店員のひとりがターヴォラス商会本店に怒鳴り込んできた。
今度は、丁稚ではなく、手代の男であった。
「……え?」
ぽかんとした顔の、ムーノ。
「だから、どうしてローディリッヒ様の……」
「あ、いや、私が驚いているのは、あなたが言っていることが分からないからではなく、あなたのあまりにも馬鹿で無礼な態度に驚愕しているからですよ」
「え……」
ムーノの言葉に、固まる元部下。
「あなたは、他店の店員なのでしょう? それが、どうして他の店の商会主に対してそのような口が利けるのですか? 馬鹿なのですか?
大方、支店長の命令だから私を頭ごなしに怒鳴りつけてもいいとでも思ったのでしょうが、今の私はレリナス商会の従業員ではなく、ローディリッヒ氏の部下でも何でもありませんよ。
つまりあなたは、たかが支店の従業員の分際で、他店の商会主に対して偉そうな態度で暴言を吐いたというわけです。
あなたの上司に伝えなさい。『自分が無礼な態度で暴言を吐いたため、相手を怒らせて追い返されました』と……」
それを聞いて、蒼くなる元部下。
あのローディリッヒであれば、部下の愚かな行動による失敗を笑って許すとは思えない。それも、自分が追い詰められている状況で……。
なので、ムーノは今の言葉がそのまま伝えられることはあるまい、と思っていた。
どうせ、自分に都合の良いように……、ムーノが一方的に怒鳴りつけてきた、とでも報告するのであろう。それがまた、ますます状況を悪化させるというのに……。
そう考えるムーノであるが、それは向こうの事情であり自分には関係のないこと、と切り捨てた。
この手代の男は、ムーノが転職のお誘いをしなかった者である。それには、それだけの理由があった。
「とにかく、我が商会は商会主に無礼な態度を取る他店の店員などとは話も交渉もしません。お引き取りを」
そう言って奥へと去るムーノをどうすることもできず、仕方なく立ち去る元部下であった……。
* *
「ムーノはどこだ!」
ターヴォラス商会本店に、アポもなく突然現れた、ローディリッヒ達。
いや、30分くらい前に、先触れの者が訪問を知らせてはきた。
……しかしそれは、一方的に、勝手に通告してきただけであり、決して『アポを取った』と言えるようなものではない。
なのでそれは、ただの飛び込みに過ぎなかった。
まあ、ムーノ側が準備をするための役には立ったが……。
そして予め指示をしておいた店員がローディリッヒと連れの3人を奥へと案内し、VIP用の応接の間に通した。
そこで待っていたのは、ムーノと、王都へは行かず残留組となった腹心の部下のひとりであった。
使用人の恰好をしたカオルとレイコがムーノの席の後ろに立ったまま控えているが、このふたりは員数外である。話を直接聞くためと、もしローディリッヒ達が暴力行為に及んだ場合の、ムーノ達の護衛役でもある。
最初から強面の警備員を配置するのはさすがに無礼であるため、このような対処としたのである。
いくら身体レベルが15歳相当の少女であっても、身体を鍛えたこともない商人が相手で、しかもブレスレット型スタンガンや麻酔針を仕込んだ指輪を装備して、おまけにいざとなればレイコの魔法も、カオルのポーションもある。護衛としては充分、いや、いささか過剰な戦力であった。
何か予定外のことが起こらない限り、カオルとレイコが話に口を出す予定はない。あくまでも、状況を正確に把握するために現場に立ち会いたかったことと、ムーノ達の護衛以外の目的はなかった。
今の立場はともかく、一応は、元上司である。
なので、立ち上がってローディリッヒ達を迎え、椅子に座るよう促すムーノ。
そして、着席早々にローディリッヒが口にしたのは……。
「すぐに領主に取り次げ! そしてこの店の商品を格安価格でうちに廻せ。その後、この店はうちが吸収合併してやる。お前達はうちの店に戻って、以前と同じように働かせてやる!」
((((あ~……))))
到底、受け入れられるはずのない要求。
しかし、追い詰められて後がないローディリッヒには、それをゴリ押しすることしか頭になかったのであろう。
いくら辞めたとはいえ、元は自分の店の従業員。自分の命令には従うのが当然。
そんなことを考えて……。
既に、その『自分の命令』に従わなかったからこそのこの状況であるということを忘れたのであろうか……。




